きみの愛し方のお噂はかねがね

「ごめん。悪いけどオレ、一度泣かせた女しか好きになれねーんだ」

「は?何言ってるの?……黒田くんって、最っ低!それに振るんなら、そんな回りくどいこと言わないで、ハッキリ振ってよ!」

パンッ!と乾いた音が、二人しかいない教室に響いた。
オレの頬を思いっきり叩いて、教室から駆け出ていったのは隣のクラスの佐藤さん。社交的な美人で、男子の中でもダントツの人気がある。
正直、そんな有名な女子が、なんでオレに告白してきたのかわからない。友人と話している時に、何度か話したことがある程度の仲だった。

「いってぇ。まさか思いっきりビンタされるとは……」

頬を冷やすため、保健室で湿布でももらってから部活に行こうかと思ったが、時計を見ると思ったよりも時間が押してしまっていた。仕方がないから、そのまま部室へ向かう。


「ちわッス。」
挨拶もそこそこに、ロッカールームに着替えに入る。タイミングが悪いことに荒北さんもいた。勘のいい荒北さんだ。オレの腫れた頬を見て、からかわれるのがオチだろう。回避するべく、一度ロッカールームから離れようと180度向きを変えた。

「お疲れェ、黒田チャァン。人の顔を見るなり逃げるとは、いい度胸じゃネーか。やましいことでもあンのかァ?……オォ、随分男前になっちまってェ、どーしたァ?」

ーーが、後一歩遅かった。扉の前で肩をガッチリ掴まれ、今一番聞かれたくないことを聞かれる。

「あー……猫パンチくらいました」
「ハッ!それは随分とでっけェ猫だなァ。お盛ンなこって!」
「ユキちゃん、とうとうあの野良猫に嫌われちゃったの!?大丈夫?他には引っかかれてない?」

意味を素直にとった拓斗は、純粋にオレの心配をしている。実際には猫じゃなくて女にビンタされただけだから大丈夫ーーなんて言えるわけもなく、適当に、大丈夫だと拓斗に伝える。荒北さんも拓斗に毒気を抜かれたのか、その後は絡んでこなかった。

その後、サイジャに着替えて練習するも、オレの番の時にストップウォッチが壊れて、タイムは測れないわ、チェーンは外れるわ、タイヤはパンクするわで散々だった。今日はアレか?星座占いで「ごめんなさぁ〜い!」ってなぜか謝られる、ランキング最下位の日か?
今日は練習を続けても良いことがなさそうなので、部活後の自主練もやめて大人しく帰宅することにした。


翌朝、朝練を終え教室へ向かうが、途中、視線が刺さる。隣のクラスの横を通過する時に、例の佐藤さんとその取り巻きに睨まれたようだ。
確かに振りはしたけど、そこまで敵意むき出しにしなくてもいいのにな。
自分のクラスの席へ着くと、仲の良いクラスメイトが数人近づいてきた。
「おはよ、黒田。なぁ、あれ本当?隣のクラスの佐藤さんを振ったのか?」
やっぱ、その事か。昨日の今日でもう噂が出回ってるのか。人気女子が絡んだ情報網、恐ろしいな。
「……まぁ、お断りしたな」
「マジ!?あの佐藤さんだぞっ!もったいねー」
「じゃぁ、この噂も本当か?お前が、付き合う前にヤれない相手は好きになれないって…」

頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。イヤ、確かに「一度泣かせた女しか好きになれない」とは言ったが……そうかそういう風にも取れるか。だから、さっき女子にあんなに睨まれたんだな。まさか自分の回りくどい言い方に悩まされるとは。

「それで佐藤さんが諦めて、振られたって聞いたぞ」
「んなわけないだろ!そんなクズみたいなことしてねーよ!」
「だよな〜。良かった。隣のクラスの女子があまりにもしつこくお前のこと聞いてくるから、そんなヤツじゃないって否定しといた」
「サンキュー」
「だけど、あの佐藤さんの噂だから、きっと今日一日で、女子の間でお前が最低野郎だって広まるぞ」

マズイな。女子の間でってことはアイツの耳にも届くんだろうな。
そう思ったら、すぐにスマホのメール画面を開いていた。


***


休憩時間中、マナーモードにしてあったスマホが受信のため震えた。いつもはLINEばかりなのだが、画面に表示されたのは、今時珍しくメールの受信を示すものだった。メールなんて誰からだろう?広告メールかな?そう思い、ロックを解除してメールの受信画面を見ると、宛名には黒田雪成の文字があった。
ーーまだアドレス変えてなかったんだ。そういう自分も、メールが届いたと言うことは変えていない証拠だ。

数ヶ月ぶりに届いた幼馴染みからのメールは、場所と時間、会えるか?と言う、短く簡素なものだった。久しぶりのメールなんだから、元気か、とか聞いてもいいだろうに……
急に何の用だと訝しく思うも、わかったと返事を返しスマホをしまった。


***


放課後、待ち合わせの時間より早めに、自分が指定した教室へ向かう。教室へ行くと名前はまだ来ていなかった。教室へ入り適当な机の上に腰を掛ける。
こちらに近付いてくる足音が近くで一旦止んだと思ったら、名前が教室の中を伺うように覗き込む。
オレを見つけて、ほっとした顔をして教室へ入ってくる。

『ごめんね。待った?久しぶりだね。話すの……元気だった?ユキく…黒田くん』

オレに近付きながら名前が言った。

「そんな呼び方すんなよ。普通に前みたいに名前で呼べよ」
たった数ヶ月会わなかっただけだが、向かいあって、直接話すのは随分久しぶりに感じる。

『…ユキくん、色々な噂が流れてるね。佐藤さんを振ったんだって?あとユキくんが「身体の関係をもってからじゃないと、相手を好きになれない」とか、「好きにはなれないけど、身体だけの関係なら平気」とかすごい噂を聞いたよ』

気不味い雰囲気にならないようにするためか、名前が一気にしゃべる。やはり名前のところにも噂は回っていたのか。しかも噂にも多少尾ひれがついているようだ。

「……名前はそんな噂、信じるのかよ」

自分が蒔いたタネだが、くだらない噂話を口にする名前に苛立ちを覚えた。

『私はユキくんがそんな人じゃないって、知ってるよ』

一緒にいなかった間に、そこまで変わるとも思えないし、と寂しそうな顔で笑う。

「ーっ良かった!名前には誤解されてなくて。だいたいから、彼女も大げさなんだよ。オレに振られたぐらいで、わざわざ周りに言いふらすんだもんな」

後悔することになるが、この時は誤解されていないとわかって安心したからか、つい余計なことまで言ってしまった。その失言に名前が反応する。

『"振られたぐらい"?彼女がどれだけ勇気を出して告白したかわかる?ユキくんは振られたことないから、わかんないだろうけど、すっごく辛いんだよ。相手のことを好きなほど、振られると深く傷付くんだよ?本当に立ち直れないくらいに……』

「名前……」

自分の気持ちも重ねているのか、表情が曇る。

『噂を流したのも、きっと本人じゃなくて周りの子だと思うよ。大事な友達が振られて、ユキくんが許せなかったんだと思う。でも噂を流して貶めるのもどうかとは思うけど……
それで、私を呼び出して何の用だったの?』

淡々と述べる名前に口を挟むことができなかった。

「…噂が流れてるって聞いて、真っ先に名前に誤解されねーか不安になったんだ」

『ただの"幼馴染み"なのに?』

名前は、トゲのある言い方で幼馴染みを強調した。

「あの時は悪かったと思ってる。お前がオレに好きだって伝えてくれたのに、幼馴染みとしてしか見れないって言ったこと…」

『うん。痛いほどわかってる。ユキくんの好きと私の好きは違うこと。だから私は一緒にいるのが辛くて、側にいるのをやめたんだもん……せっかく忘れようとしていたのに、なんで蒸し返すの?』

今更、オレの気持ちを伝えても何もかわらないかもしれない。だけど、伝えなければ何も始まらない。

「今更、本当に遅いと思うけど、名前、お前を泣かせちまって、離れてから名前の大切さに気付いたんだ…」

『……私を泣かせたことを謝って、元の幼馴染みに戻りたいってこと?それならもう無理だよ。私がユキくんに好きって気持ちを伝えた時点で、もう元には戻れないよ』

オレが名前を傷つけてしまったのは変わらないが、きちんと気持ちを伝えたい。

「ちゃんと話は最後まで聞けって。……お前がオレの側からいなくなって、オレもやっと自分の気持ちに気付いたんだ。ほんと、遅すぎるよな。幼馴染みとしか見れないって思ったけど、それはずっとこの先も名前がオレの側にいるのが当たり前だと思っていたからだ。ーー本当はずっとオレの方が名前のこと好きだったんだ」

『嘘……』

「嘘じゃない。本当だ。
佐藤さんを振った時、オレは「一度泣かせた女しか好きにならない」って言ったんだ。まさかあんな風に捉えられるとは思ってなかったけど……オレが泣かせた女はお前くらいだろ?」

『ずるいよ……今更……側にいられなくなるなら、好きって気持ちも伝えなければ良かったって後悔していたのに……まだユキくんのこと好きでいていいの?』

瞳に涙を浮かべながら、名前が言う。どうやら名前もまだオレのことを好きでいてくれたようだ。

「もちろん。もっと好きになってくれよ。ーーこれからはオレの彼女として側にいてくれねーか?」

オレがそういうと、名前が泣き出してしまった。また泣かせちまったな。でもきっと悲しい涙じゃないから、許してくれるだろう。

そう思い、そっと名前を抱きしめた。

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