なんてすてきな同族嫌悪

洋南大学を卒業し、奇跡的に大手企業に入社できた。入社後、研修もそこそこに、実践で仕事を任された。もちろん新入社員にすべてこなせるわけがないので、先輩のフォローもついている。そんなスパルタな仕事にも慣れてきて、いよいよ社会人、2年目。
会社の方針で、2年目のオレも交代で新入社員の指導に就く。
2年目でも中だるみせずに、初心を忘れるな、新入社員を見て常に新しい考えを学べと。
それに加えて自分に与えられた仕事をこなせと。

ーーーどんなキッツいオーダーだヨ!

ーというわけでェ、オレは今、新入社員の前にいる。


***


洋南大学卒業を経て、この春、ある大手企業に就職できた。
…決して荒北さんを追っかけて、この企業を選んだわけではない。この会社に荒北さんがいるなんて、本当に知らなかったんだ。内定式の帰りに社内で荒北さんとバッタリ出くわして、驚いた。さらに、偶然は重なるもので、荒北さんと同じ部署に配属された。初日に顔を合わせた時には、互いに苦い顔をしたことも、まだ記憶に新しい。
ここまで偶然が重なると、乙女ちっくな女子ならば、これは運命だとか言いそうだ。ーー荒北さんがオレの運命の相手……嫌な想像をしてげんなりする。


同期で同じ部署に、オレの他にももう一人配属された。名前は苗字 名前。この業界での技術者としては数少ない女性社員だ。なんでも日本トップのあの大学を卒業したらしい。自己紹介の時に大学名を強調して軽く自慢された。
研修の時も何かとオレにつっかかってくる。しかもご丁寧にこちらの闘争心を煽ってきやがる。
ーーアイツになんか負けてたまるかよ。
オレはもともとポテンシャルが高いんだよ!学歴がなんだ!オレにつっかかってきたこと、後悔させてやる!


***


「「荒北さんっ!できました!!」」
「お、オゥ…」
二人に勢いよく報告され、思わずたじろぐ。
研修にまじめに取り組んでくれるのはありがてェが、ことごとく二人で張り合われると正直、面倒くセェ。

苗字さんが、ちらりと黒田の持っていた提出物の中身を見て、ハンっとバカにしたように笑う。
『黒田くんは、そんな簡単なやり方でないとできないのね』
「んだよ!基本から忠実にやったら、こうなるだろ!」
『ヤダっ!基礎しか知らないのね。応用が利かないって大変ね。洋南大学では基礎しか学べなかったのかしら?』
「そんなことねーよ!ちゃんとできてるから、いいだろ?!」

いざこざが続きそうなので、止めるためにもオレが割って入る。
「……苗字さん、オレも洋南出身なんだけドォ?」
『あっ…決して洋南大学が悪いって意味ではなくて、洋南で落ちこぼれていた黒田くんが悪いってことです!荒北さんは完璧ですっ!!』

最後、さらっと、なんか言われた気がするけど、いつものことなのでスルーしておく。黒田が苗字さんの横で、落ちこぼれてねー!とキャンキャン騒いでやがる。
「…フゥン。まぁイイけドォ。二人のヤツ確認しておくから、次コレやってネェ」
そう言って次の研修課題を渡す。
これでまたしばらくは、二人とも大人しくなるだろう。

入社してから、どうもこの二人はソリが合わないらしい。事あるごとに、つっかかってはどちらがより優れているかと競っている。
しかもその優劣の判定に、オレを巻き込みやがる。
オレからすると、飲み込みも早く、新入社員であそこまでできる、二人ともエリートとしか思えネェ。
ニオイを嗅ぐまでもなく、どう見ても似たもん同士だろォ。


***


就職して数週間。週末の今日、大学の友人数人と飲みに行く約束をしていた。女子が集まると、洋服の話に最新のスイーツの話、恋バナ、いろいろと話すネタも満載だ。
だが、今日の話題の中心は、専ら就職先での愚痴だ。

『ほんっと、黒田のヤツ、ムカつく!!』
そう言って、ジョッキのビールを飲み干す。気を利かせた友人が次の飲み物を渡してくれる。
「まぁまぁ。名前もわざわざ、その黒田くんとやらに、そんなつっかかっていかなくても……」
『私、悪くないよ!?』
「でも名前のことだから、初めに学歴ひけらかしたりしたでしょ?」
『ひけらかすまではしてないよ!……同期の男に、女だからってなめられたくないから、自己紹介の時に、ちょっと大学名は強調して言ったけど…』

全員にあ〜ぁと残念がられる。
「私たちの大学は只でさえ、コンプレックス感じる人が多いんだから気をつけなきゃ」
『……返す言葉もございません』
「でも名前相手にそこまで食らいついてくるなんて、その彼も相当できる男なんじゃないの?」
「ーーで、その黒田くんってかっこいいの?」
なんだかんだ言ってもみんな女子だ。愚痴よりもこう言った話の方が盛り上がる。

『……どうだろう?そんな風に見たことなかったから……かっこいい方に入るのかなぁ?』
脳内で覚えている限り、黒田の顔を再生する。
銀色の髪、少し眠た気だがハッキリと強い意思を持ったキリッとした目、スッと通った鼻筋、勝ち誇ったようにニヤリと笑うーー唇……!?

「!!名前ったら、顔真っ赤!もしかしてつっかかってたのも、気付かないうちに、黒田くんを好きになっていたから、なんじゃない?ほら、男子小学生が好きな女子をイジメるアレ!」
『顔が赤いのはお酒のせいだよ!
ないないない!私、そんな小学生、しかも男子みたいな恋愛しないよ!?』
「大手企業に勤めてて仕事ができて、その上イケメン!いいなぁ、そんな同期!」
『え?ちょっと聞いてよ!』
「将来、優良物件だよね〜」

話は私を置いてきぼりにして、どんどん可笑しな方へ流れている。黒田がイケメン?仕事ができる優良物件?ーーいやいやと否定してお酒を煽る。


***


〜同時刻、別の居酒屋にて〜

「クッソ!苗字のヤツ!同じ年なのに、なんであんなに仕事の知識あるんだよ!こっちは就職してからも必死で勉強もしてるのに、苗字を全然、徹底的に負かせらんねー!!」
「……ユキちゃん、愚痴というより負け犬の遠吠えみたいになってるよ。あ、ユキちゃんは黒猫だから黒猫の遠吠え?あれ?」
雪成ユキ、むしろ相手に一目置いているように聞こえるが?」

仕事の、というより苗字への憂さを晴らすために、急遽、塔一郎と拓斗を捕まえて居酒屋で飲んでいる。
「……ぶっちゃけ、トップの大学出身って聞いた時は、ただの大学のネームバリューで入った女だと思ったんだよ。でもそれだけじゃなくて、きっと大学の名に負けないくらい知識身につけたんだろうなぁ……でなきゃあんなに出来ねーよ」
「ユキちゃん、その苗字さんが好きなんだね!」
「は?拓斗、どうしてそうなるんだよ!?」
「話してる時の顔が、なんか相手のことを認めている感じだったよ」
「あ、好きってそっちか……」
「話し聞いてると、ユキちゃんと苗字さん、根本的にそっくりで、お互い自分を見ているみたいなんじゃない?えーと、こういうのなんて言うんだっけ?」
「……同族嫌悪かい?」
「そうそれ!ユキちゃんと苗字さん、似てるから惹かれるけど、お互いに似過ぎて反発しちゃうのかも。ほら、無駄にプライド高いところとか!」
「プライド高いのは認めるけど、"無駄に"は余計だよっ!」
そう言って、よく伸びる拓斗の両頬を引っ張る。痛いよぉ!と抗議するが、構うもんか。
同族嫌悪か……そうなのかもな。
認めたくないが、自分と似てるところがあるのは、なんとなく感じていた。
あれだけ知識があるのも、大学がいいとこなのも本人の努力もあってのことなんだろう。
入社して、苗字がいたから、競うようにがむしゃらに、たくさん知識を得られた。
今更だが、わざわざつっかからなくてもいいんじゃないかと思えてきた。


***


翌週の月曜日。女子会後は極力考えないように努めて休日を大人しく過ごし、今日を迎えた。
出社すれば本人に会うため、嫌でも考えてしまう。
黒田に初めにつっかかったのは、女だからって仕事でなめられないため。そうしたら黒田も私を負かそうと競ってきた。競い合いながらも、お互い認めていたところはあると思う。
荒北さんをはじめ、ほかの上司にも研修での成果も認められるている。
黒田にこれ以上、つっかかる必要はあるのか。
ーーあぁ、いつのまにか私、黒田と競って研修に取り組むのが楽しかったんだ。
そう考えていると、数日前の友人の言葉が浮かんできた。
ー好きなんじゃない?
え、嘘っ!?こんな時に自覚するのはなしでしょ!
今からどんな顔して会えばいいの?


***


月曜日、出社してみると、苗字さんも黒田もいつものバトルモードがなかった。
オッ、和解モードかァ?
今日は静かに仕事ができそうだ。
カタカタカタ…カチッ…カチッとパソコンを触る音が室内にいくつも重なる。

『荒北さん、できました』
「あ、オレもできました」
そう言って二人がオレの方へくる。
『あ、黒田、先どうぞ…』
「はぁ?いつもなら、我先にと提出するだろ?熱でもあんのか?」
『イイエ、熱はないです』
そう言って苗字さんは書類で顔を隠し、黒田の方を見ないようにしている。
アァ、黒田本人は気付いてネェが、一瞬苗字さんの顔がほんのり赤くなっていたのが見えた。そォーいうコトかァ……あんなに競っていたのに、何かしらの心境の変化があったんだナァ。
それに気付く様子もなく話している黒田。

「じゃぁ、なんで朝から何にも、つっかかってこねーんだよ?」
『私はそんな好戦的な人物ではないですぅ!黒田こそ、今日は大人しくて気持ち悪い。今更、猫被ったって遅いんだからね!』

顔を隠していた書類を取り払い、好戦的モードに入る苗字さん。
「んだと、この学歴女!」
『言ったわね!このエリートもどき!』

まァた、始まったァ……
似た者同士、お前ら、もういっそ付き合っちまえヨ!

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