トリコローレ・ステップ

春から地元の大学に通うことが決まった。
高校時代はそこそこの進学校に通っており、バイト禁止でバイトができなかった。
大学へ入るのを期に、人生初のバイトを始めることにした。無料のバイト情報紙とにらめっこして、どのバイトにするかを悩みに悩んだ。これだ!ーと思って応募した、オシャレなカフェの募集はすぐに埋まってしまったらしい。他にもいくつか電話したが、私が選んだお店はどこもすでに新人が決まって、空きがなかった。バイト探しに出遅れた結果、無難にコンビニに決まった。


コンビニのバイトを始めてわかったのは、みんながみんな優しいお客様ではないということ。
レジはとにかくスピードを求められるし、箸などの入れ忘れのミスも許されない。(たまにお客様からクレームがくるのだ……)
慣れるしかないと、バイトの先輩には言われた。
うちのお店は時給は良いものの、やることも多すぎる。品出しに、揚げ物やフードの調理、宅配便の受け取り手続きなどなど…バイトするまで、思いつかなかったことまで、コンビニ店員さんはこなしていたのだ。
私がコンビニを利用する時には、少しでも店員さんに優しい客になろうと心に決めた。

あぁ、今日もバイトだ、頑張ろう〜。


***


ロードバイクに乗る者としてコンビニの存在は、非常にありがたい。食料や水分の補給はもちろん、休憩の場所としても重宝する。

外練の途中で、うちの部が良く寄らせてもらっているコンビニがある。
そこは駐車場も広いので、ある程度の人数が同時に休憩に寄っても、スペースに余裕がある。

今日は部活は休みだが、自主練で校外を走る途中、そのコンビニへ立ち寄る予定だった。ーーが、そのコンビニに着く前に自分のロードバイクのパンクに気付いた。一緒に走っていた塔一郎と拓斗に声をかける。
「塔一郎!拓斗!さっき小石を跳ね上げちまったが、その時に運悪く、パンクしちまったみたいだ。
チューブ替えてから追いつくから、先に行っててくれ!」
「大丈夫かい?雪成ユキ。ーわかった、先に行っておくよ!」
「ユキちゃん、大丈夫?気を付けて来てね!」
「おう!」

そう言うと、アブアブ言いながら、あっという間に見えなくなる塔一郎。それを追う拓斗。
塔一郎、平坦、はえーよ!……それにしても、ついてねーな。
今日は遠征するつもりだったから、スペアチューブを持ってて良かった。
とりあえず、ロードを降りる。まずはパンクの具合を確認するために広い場所はないかと、塔一郎たちが過ぎていった前方を見るが、前方には道が続くのみ。自分たちが通ってきた後方を振り返ると、少し戻ったところにコンビニが一軒。
よっしゃ!ついてる!あそこのコンビニの駐車場で作業させてもらおう。
そう思い、来た道をロードを押しながら引き返す。

パンク修理後、喉の渇きに気付いたが、ボトルの中身はほぼ空に近い。
そういえば、いつものコンビニで飲み物買う予定だったな。……駐車場も借りたし、ここで飲み物買うか。
そう思い、コンビニに入る。

「いらっしゃいませー」

入るとすぐに、コンビニ特有の緩い挨拶が聞こえる。

中途半端な時間なので、客もオレくらいしかいないようだ。
目当てのスポーツドリンクを冷蔵庫の扉を開けて、手に取る。
小腹が空いてきたので、手っ取り早くカロリーが摂取しやすい羊羹と、目に付いた新発売のシュークリームを取り、レジに向かう。
唐揚げも買おうかなと、考えながらレジに商品を置くと、「温めますか?」の一声。

「は?」

きっと、馬鹿にしたような声が出たと思う。だってそうだろ?どう見ても、オレが買おうとしているのは、スポドリと羊羹とシュークリーム。それをレジに置いてたのを見て、温めますかってーーー。

商品から店員の方へ目を移すと、やってしまったというような、青ざめた顔をした女子の顔が目に写った。

『あっ!間違えました!ごめんなさい!!ーー○○○円になります!』

間違えたことに気付き、誤魔化すように慌てて会計を済ませようとする店員。

「ぷっ……はははははっ」

堪えようとしたけど、ダメだ。羊羹とシュークリームを見て、温めるって何と間違えたんだよ!
それよりも想像の中で、拓斗がレンジで袋ごとシュークリームを温めて、爆発させてる絵が浮かんできた。実際に爆発するかどうかは、わからないが、想像の中の拓斗はクリームまみれだ。
ヤバイ!変なツボに入った!

目の前で、突然爆笑し始めたオレを見て、今度は店員の顔を赤くしながら、オレを軽く睨んでいる。

『そ、そんなに笑わなくても……』
「ーいや、違くて……ぷっ!シュークリーム温めるのを想像したら、拓斗がクリームまみれで……ははははっ」

『何?たくと??』

更に怪訝な顔をしてオレを見る店員。
自分の失敗でここまで笑われた上に、知らないヤツの名前まで出て来て、笑われ続けたら、わけわかんないよな。

一頻り笑って、指で涙を払いながら、あー、可笑しかったとオレが言うと、それは良かったですね、と冷たく店員から返ってきた。

「あー、ごめん。こんなに笑うつもりはなかったんだけど、思わずツボに入っちまって」

『……○○○円です』
「あ、ハイハイ。これで。あ、そのままでいいっす」

会計を済ますと、商品を手に持ち、レジの店員に例のシュークリームを渡す。
「コレ、思いっきり笑っちまったお詫びに」
『え、でも……』

有無を言わさず、渡して店を出る。
ロードの近くまで来て、とりあえず喉を潤すため、ペットボトルの蓋を開けて、スポドリを流し込む。
他に客もいなかったのか、レジの店員が追いかけてきた。やっぱ、余計なことしたかな?と思っていると、
『あの!……シュークリーム、ありがとう!』
と、すげー笑顔で言われた。……お礼を言いにきただけだったのか。

「いいよ。詫びの品だし。ーーレジ頑張れよ、研修中の苗字さん」
『!名前どうして?!』
「ネームプレート」

そう言ってオレは自分の胸の辺りを指す。彼女も自分の胸元を見る。
『あっ、そっか』
「じゃっ!またなっ!」
ビンディングに両足のクリートを固定し走り出す。

久しぶりにあんな大笑いしたな。
走り出してしばらくして、自分が彼女に「またな」と言っていたことに気が付いた。次があるのか?まぁ、あのコンビニに行けば会うこともあるかもな。そう思って、今頃山を登っているだろう、塔一郎と拓斗を追いかける。
随分離されたが、2人が下りに入る前に追いついてやるよ!


***


「じゃっ!またなっ!」
そう言って、彼は華奢な自転車に乗って去っていった。
のちに調べたが、あの自転車はロードバイクというらしい。

あのことは、今思い出すだけでも恥ずかしい。
温めますか、と言い間違えたのは自分だが、あそこまで笑うことはないだろう。途中から、なんか違う理由も混ざって笑っていた。

シュークリームを買って渡された時、正直、少女漫画みたいなことが起こっていると思った。
しかも自分の身に起こるとは、驚きだった。
王道だと、この後、また彼が私のいるコンビニに現れて、仲良くなり、遊びに誘われて恋に発展するんだろう。
あ、コンビニの前で、シフトが終わるのを待っていてくれたりする、ステキな展開もありだな!
自分の身におきた、非日常な出来事をネタに、そのまま乙女な妄想に耽る。


ーー少女漫画はやはり少女漫画だ。彼の言った「また」をちょっぴり期待していたが、あの後コンビニで彼に会うことは、一度もなかった。

正しくは「コンビニでは」だ。

実は、また一目でも彼を見れたらいいなと思い、私なりに彼を探したのだ。
ロードバイクに跨り、すごい速さで遠ざかるあの銀髪がなぜか頭から離れなかった。
この箱根でロードバイクに乗っている青年ーーー高校から仲が良く、顔が広い友人に聞くと、彼が高校生ならおそらく箱根学園の生徒ではないかと教えてくれた。
箱根学園は強豪校なので、ロードバイクに乗っている人ならきっと目指す高校だ、とも教えてくれた。
でも私が彼にあった時は、学校名の入ったジャージを来ていなかった。
彼が高校生ではなく、趣味でロードバイクに乗っていたら、当ては外れる。
だが、幸運にも、今年の夏はこの箱根で高校のロードバイクの大会、インターハイが開催されるらしい。
彼が高校生ではなくても、見に来ているかもしれない。
藁をもすがる思いで、インターハイを見に行くことにした。


事前に調べたら、コースは道路を封鎖しての広い会場。連絡もなしに、こんな広い会場で会える方が奇跡だ。わずかな奇跡を信じて会場へ向かう。
ここまできたら執念としか言いようがない。

偶然、本当に偶然、諦めて帰りかけていた時、道路を挟んで反対側にいた彼を見つけた。今日も学校名の入ったジャージは着ていなかった。だけど、箱根学園と書かれたTシャツを着た人たちと慌ただしく準備したりしていた。
あぁ、やっぱり箱根学園の生徒だったんだ。
彼のロードバイクに乗る姿が見たかったが、どうやら彼はレースに出ないらしい。

一目見れたら、今度は欲が出る。一瞬でもこっちを見てくれないかな。
いや、やめよう。一目見れただけでも十分だ。
……十分ストーカーじみてる。

帰るべく、止まっていた足を進める。
たくさん歩いて疲れたはずだが、行きよりも足取りは軽い。


***


昼休みに、塔一郎たちと昼飯を食べるため集まる。拓斗が今日はデザートも買ってあるんだ!とはしゃいでいた。なんでもちょっと前に発売されたもので、一回食べてからハマったらしい。
食後に拓斗が取り出したのは、例のシュークリーム。
予想もしていなかった共演に、飲んでいたお茶を吹き出す。
「うわ!汚いよ、ユキちゃん!まだ一口も食べてないのに!そんなことしてもあげないよ!」
「ワリィ。でもこんな事までして、もらうつもりもねーよ!」
雪成ユキ、お行儀が悪いぞ」
「ワリィ…」
またクリームまみれになった拓斗が、頭をよぎる。
「拓斗、シュークリームは袋ごとレンジで温めるなよ?」
「オレ、そんなことしないよ!」
プンプンと効果音が付きそうな顔をして、シュークリームを頬張る拓斗。一口かじると、一気に機嫌が直るのがわかった。単純だな。

あれから、何回かあのコンビニに行った。だが、店員の苗字さんとは一回も会わなかった。
ひょっとしたら、バイトが嫌になって辞めたのかもしれない。他の店員に聞けばわかるだろうが、一度話したことのある程度のヤツが、自分のことを尋ねてきたと知ったら、確実に怪しむだろう。てか、ストーカーかよ!

今年……オレは出られないが、インハイの練習がさらに強化されると、塔一郎たちとの自主練もできなくなる。あのコンビニにもしばらくは寄れなくなるだろう。

インハイ前、最後の一回、そう言い聞かせ、次の休みにあのコンビニに行くことを決心した。


***


季節は秋に変わろうとしていた。日中はまだ暑いが、朝晩は過ごしやすくなってきた。
私は変わらず、このコンビニでバイトをしている。
インターハイにまで彼を探しに行ったが、私は彼の名前すら知らない。
知っているのは銀髪とロードバイクに乗っていること。……笑った顔が、無邪気でかわいかったこと。
好きになるにはそれだけで十分らしい。
だけど、この先会えるかもわからない。もしかしたらもう会えないかも。

客の来店を告げるチャイムが鳴る。
入り口も見ずに反射で、いらっしゃいませーと声を出す。
レジコーナーの裏で揚げ物が揚がるのを待っている間に、つい考え込んでしまった。

お客様がレジに商品を置くのが見え、急いで揚げ物を取り出し、レジに向かう。
『おまたせしまし……た』

レジの向こう、トリコロールカラーが目に飛び込んできた。彼が着ていたジャージがトリコロールカラーだった。
ーートリコロールとはフランス語で三色を意味する。トリコローレはイタリア語で同様の意味を表す。ーーと、どうでもいい知識が頭の中にアナウンスされた。
前に見た時よりも少し焼けてる気がする。

「あ、羊羹とシュークリームは温めないでくださいね」
『!!』
そう言って商品を見れば、あの時と同じもの。
彼はニヤニヤしながら、会計を待つ。
動揺しながらも、レジで商品を読み取る。きっと彼は私のことなんて覚えていないだろうと思っていた。

『……○○○円です』
「ハイ、コレ。袋はいいんで、そのままで。」
ピッタリのお金を渡されて、商品を手に取り、帰ると思いきや、その場に留まる彼。
「ーあのさ、実はあのあと苗字さんに、会えるかと思って何回かコンビニに来たんだ。まぁ、結果は会えなかったんだけど。今日、数ヶ月ぶりに、やっと会えたのも何かの縁だし……客と店員からステップアップして、……友達くらいにはなれないかな?」

ボソッと、オレは友達以上からでもいいけど…と聞こえて来た。
さっきから、これは現実なのだろうか?夢で終わらないためにも、私も声を発する。
『あ、あの!私も、もっとあなたのこと知りたいです!……その、まずはお名前から……』

一連のやりとりを見ていた店長が、気を利かせて私を休憩させてくれた。

ーーー何かが始まる予感がする。

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