「可愛いな」
「あーキスしたい」
「触りてぇ」
これはもう愛情表現ではなくイジメ…とは言わないが悪ふざけであることは間違いない。
今眼前にいる恋人は私の反応を楽しそうに伺っている。負けたくなくて何でもないふりをしているが好きな人にこんなふうに言われ続けて平気なわけがない。
「あのさ雪成、いつまで続けるつもり?」
「言い出したのは誰だっけな。触るなスケベってオレのこと突き飛ばしたのは」
私だ。否定しない。
だがそれは雪成が夕飯を作っている背後から胸を触ってきたり首筋を舐めてきたりするからだ。そして私が彼に告げたのが「私がいいって言うまで触らないで」だった。
触るなとは言ったが、決してこんな恥ずかしくなる言葉を立て続けに並べろとは言っていない。
「遠征から帰ってきて楽しみにしてたのになぁ」
(何をだ…)
私はその遠征から帰ってくる雪成のために手料理を作っていたのだが、そんなものはどうでもいいということか。
文句は胸の内におさめて冷蔵庫を開ける。
「あ…」
「どうした?」
「マヨネーズ切れてた」
ポテトサラダでそれはない。
仕方なく近くのコンビニまで買いに行くことにする。
エプロンを外して財布だけ掴んで靴を履いていると背後に雪成の気配がした。
「すぐそこだから待ってて」
「オレも行く」
「……好きにしたら」
本当は少し1人になりたかったが、雪成の表情は有無を言わせないものだった。
外はまだ蒸し暑い。その中を横並びに2人で歩く。
先程とは打って変わって黙り込んだ雪成に違和感はあるものの、あまり話す気も起きずに歩き続ける。
(これってケンカかなぁ?)
そんなことをぼんやり考えているとあっという間にコンビニに到着した。
目的であるマヨネーズを持ってレジに行くとなぜか私の好きなアイスを持ってきた雪成が全て会計を済ませてしまった。そして今度は私を置いてスタスタ店を出て行ってしまう。
「待ってよ」
小走りで追いつくと眉を寄せた雪成がこちらを見た。いや切羽詰まった顔だろうか。
「悪かったよ。せっかく飯作ってくれてんのに邪魔して」
「あ…うん」
「わかってんだよ。ガッついてんのは。でも我慢できねーんだよ」
「思春期か。エロいことばかり考えてる男子中学生か」
「それよりタチ悪ィかも」
「それは…困ったね」
トンチンカンな相槌に雪成も苦笑する。
「好きなんだよ。仕方ねーだろ」
あまりに素直な告白に、それこそ中学生かとツッコミを入れそうになる。だがあまりに必死な様子に言葉を飲み込んで雪成を見上げた。
「私も好きだよ。雪成が好き」
そう言った私の頬に雪成が手を添えようとして引っ込めた。
「触るなって言われたからな」
そんな馬鹿正直に言われたことを守るなんて。黒猫ではなく犬なのかとこれまた余計なツッコミをしそうになる。
「まだ触っていいって言ってないからね」
からかって笑うと不貞腐れた雪成は再び早歩きで進んでいく。今度は軽い足取りでその背中に追いつく。
「雪成」
「んだよ」
「好き」
「オレの方が好きなんですけどー」
こんなに好きだと言ってもらえるならもう少し意地を張ってみようか。
でもやっぱり私も好きだから触れられないのは寂しい。
「手、繋いでいい?」
「初恋か。初めて彼氏ができた女子小学生か」
「こんなに好きなったのは雪成が初めてだから初恋かなー」
「おまえ…っマジあとで泣かすからな」
「その前にご飯ね」
「わかってるよ。…泣かすのはいいのか」
呆れながらも優しく手を握り返してくる。
繋いだところから気持ちが流れてくるように私の心は温かく満たされていった。