堕ちるのはかんたん

「っはぁ...降られちゃったねぇ」

髪の毛に染み込んだ雨がぽたり、前髪を伝って落ちた。
確かに空は暗くなってたし、その兆しはあったとはいえ、学校から寮までのこの短い距離でまさかこんな土砂降りに見舞われるとは思わなかった。ぽつんと一粒水滴が落ちてきたと思った瞬間、まるでシャワーの蛇口を一気に捻ったみたいにそれは束になってオレ達の上に降ってきて、慌てて屋根のある寂れたタバコ屋の前まで走ってきたはいいものの、今更雨宿りしても意味がないくらい既に身体中びしょびしょだ。
そしてそれはオレの隣に立つ先輩も然りである。長い黒髪が首筋に、ブルーの夏服が肌にぴったりと張り付いていて、尚且つ全力ダッシュしたせいで少し息の上がっている名前先輩の姿は正直かなりクるものがある。って何考えてんだ黒田雪成。むっつりスケベか!ドキッ!夏のハプニング集!みたいな深夜番組コソコソ見てる中坊か!

「雨すごいね、これが噂のゲリラ豪雨ってやつかな?」
「っすかね」

滝のように降り注ぐ雨を見上げる名前先輩を横目でちらちら見つつも声色は平静を装う。あ、やべ、先輩透けブラしてら。これなんのご褒美だよ、棚ボタにも程があんだろ。
突如降臨した幸運に鼻の下を伸ばしていると、先輩はぶるっと身体を震わせた。夏だとはいえ濡れれば寒い、せめて先輩だけでもどうにかしてやらねぇと。ゲリラ豪雨のラッキーに喜んでる場合じゃねーぞ!
そういえば、と鞄のジップを開けて中からスポーツタオルを一枚取り出す。使用済みの恐らく汗臭いそれを先輩に渡すのは気が引けるが、これしかないんじゃしょうがねぇ。

「先輩、良かったらこれ使って下さい」
「あ、ありがと黒田くん」

肩に掛けたタオルで先輩は濡れた髪と顔を拭う。汗臭くてスンマセンとか、髪の毛より先にその張り付いた服をどうにかしてくれとかオレの心中はやかましい。ひとまず拭き終わってくれれば長いタオルはきっと透けた胸元を隠してくれるだろう。それまでの辛抱だ。

「黒田くんは拭かないの?」
「え、あ、大丈夫すよオレは」
「...もしかしてタオルこれしかなかった?ごめんね先に使っちゃって、黒田くんも、」
「いや、気にしないで下さい。んなのほっときゃ渇きますから」
「ダメ!スポーツ選手は身体が資本なんだから!ほらもー、髪の毛びしょびしょだよ」

先輩はそう言って、タオルの端を持った手をオレの頭に伸ばした。スポーツタオルは確かに長い。けどオレと先輩の身長差とか、肩に掛けてっから長さが実質半分だとか、そういう要素が絡み合った結果、オレと先輩との距離は目と鼻の先ほどに縮まる。穏やかな表情だった先輩は一変して眉を顰めてて、これ以上の抵抗は許されそうにもない。大人しく従うが吉である。せめてもと頭を少し屈めると、先輩は満足そうに笑ってオレの髪の水分をタオルで拭き取ってった。
───近い。近過ぎんだろこれ。しかも湿った雨の匂いに混ざって何かいい香りがするし、頭撫でられてるみたいで、っつーか撫でられてんのか、お陰で変に意識しちまうし、あぁもう何だこの状況。

「雨、ほんとすごいね。向こう、全然見えないね」
「...っすね」
「ねぇ黒田くん」
「はい?」
「誰も、見てないよ」

は?それってどういう...
あえて見ないようにしてた名前先輩に視線を戻すと、意図的なんだか偶然なんだか知らねーけど先輩は上目遣いでオレを見ていた。もう少し頭を落とせば額が、その気になれば唇にだって触れられる距離に先輩がいる。時が止まったみたいにフリーズするオレの耳ん中に響く雨音と心音、ざぁざぁどこどこ、あぁ頭がおかしくなりそうだ。そんなオレの気も知らないで、いや知っててあえてなのかもしれないが、名前先輩は何も言わず静かにその瞳を閉じた。

───んなの、我慢出来るワケないじゃないすか。

残り数センチを噛み締めながら、じわりと先輩の柔らかそうなそれに唇を寄せる。軽く触れ合っただけなのに唇も顔も馬鹿みたいに熱くて沸騰しそうだった。なんなら濡れたこの身から水分が蒸発してってんじゃねーかってくらい、熱かった。
どれくらいそうしてただろうか、ゆっくり唇を離して名前先輩を見る。頬を染めた先輩は恥ずかしそうにオレから視線を逸らすとオレの肩に額を乗せた。雨音にかき消されてこの煩い心音が聞こえてなきゃいい、とか頭ん中過ぎらせながらそっと先輩の腰に腕を回す。
せめて雨が止むまではこのままで、いっそ雨よ降り続け。オレはそう願わざるにはいられなかった。

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