「それって真面目に婚活する気あるんですか?」
天井からぶら下がる無駄に豪華な照明が、目の前の男の人の眼鏡を反射させたせいで目の奥までは見えなかった
「えっと、あの……」
何と答えて良いのか うろたえる私を尻目にして
「こちらも時間がないのでこういう場所に赴いているわけですから、そういう態度では困るんです」
「すみません……」
謝りながら自分の情けなさに泣きそうになっていれば、買ったばかりのお気に入りの靴が目に入る。
初めて婚活パーティーに出るからと、意気込んでボーナス一括で買った靴。真面目でないつもりはなかったのだけれど、周りが必死に異性とコンタクトをとるのを見ていれば、自分は気構えが足りなかったのかと気付かされた。
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ふらふらしながら会場の隅に辿り着いて、用意されていた椅子に腰掛けながら他の人たちが立食パーティーと交流を楽しむ中 隅で縮こまっている私は何とも滑稽なんだろう。
婚活パーティーに来たきっかけは、友達の結婚ラッシュと仕事が不調なこと
それと、お隣のユキちゃんから「お前何年彼氏いねえんだよ」と核心を突かれたことだった。
そんなことを聞いてくるくらいだから、ユキちゃんにはお付き合いをしている人がいるんだろうか。
ユキちゃんの彼女さんたちは、きっと大切にしてもらえるんだろうなあ。だってユキちゃんは小さい頃からよく私の面倒をみてくれて「とろい」とか「バカか」と言いながらも、私を見放すことはなかった。ただの幼馴染の私にだってそうなんだから、お付き合いをした人を大切にしないわけがない。
そんなことを考えながら、じゃあ私はどうしようかと一人で焦って、気付けばネットで婚活サイトに登録していて プランナーさんに言われるがままにパーティーに参加していた。
いい靴は素敵な場所へ連れてってくれる という諺を信じながら購入した靴とお気に入りのワンピースで武装してきたはずだったんだけど、そんな甘い鎧は一瞬で砕かれることになった。
「名前さんの結婚相手に求めるものを教えていただいても良いですか?」
「はい、一緒に出掛けたり美味しいもの食べたり、たくさん笑えたらなって思います」
「……は?」
「あとはそうですね、笑顔で仲良く暮らしたいです!」
「そういうことではなく、年収職業両親との関係を伺いたいのですが」
「あ、え、まだ、そこまでは……」
そんな曖昧な回答をしたが最後 冒頭の台詞が突き刺さった。
そうか、私が中途半端な気持ちで参加したのが悪かったのか ここに居る人たちは皆本気で……あれ、じゃあ私はなんだ?
周りみたいになれない私はどうなるんだろう、この靴は私をどこへ連れて行ってくれるのだろう
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当たり前だけど、結局収穫もないまま帰路につく
電車に乗ってる間も気持ちが重くて仕方なくて、乗り換えを無視して最寄駅まで歩くことにした。何キロあるか分からないけど小一時間も歩けば自宅に着くだろう。
歩いている間も重い頭の中身は落ちてくれなくて、足取りもどんどん重くなっていく……いや、ちがう頭の中のせいだけじゃない。履き慣れない靴のせいで足が悲鳴を上げていた。
「痛っ……」
やっと最寄駅に着いたところで、駅の前にあるベンチに座ってヒールを脱げば爪先がじんじんと脈を打つ
圧迫されていた指が痛い。爪の間にストッキングの縫い目が食い込んで酷く不快だ。
少し休んだからすぐに歩こう、とは思い立てず 口を開けば溜息がどんどん零れ落ちていく。どうしたものかと思った矢先にバッグの中で携帯が震える音がした
「ユキちゃん?」
液晶に表示されていたのは、私が婚活パーティーに行くきっかけの一つをくれた彼
話した方が早い距離に住んでいるものだから昔からあまり電話をしたことはなかったのに、どうしたんだろう
「もしもし?」
『おー、お前まだ終わんねえの?』
「終わったよ、帰ってる途中。だけど靴が痛くて休憩してた」
『今どこだよ』
「もう最寄りまで帰ってきたよ。乗り換えないで歩いてきたの」
『は?バカかお前は!』
「バカだよねえ、そうだ、バカだ……」
言われた言葉に反論ができない。そうだ、今日オシャレをしていけばきっと素敵な人に出会えるんだと思うくらいには馬鹿だ。
『そのまま待ってろ』
「え?」
私が聞き返すのが先か、切られたのが先か
耳に残るのは通話終了の電子音だけで、どうしたものかと思いながらも大人しくそのまま待つことにした。
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「名前」
「ユキちゃん!」
それから10分足らずでユキちゃんがやって来た。車を近くの駐車場に停めて走って来たというユキちゃんは、靴を半分脱いだ私を見て呆れた表情を浮かべる。
「バーカ、お前みたいなのが婚活パーティーに行ったとこでお門違いだろ」
「うん、そうだった」
いつもならユキちゃんからの嫌味にはすぐに反応して喚く私だけど、今日は申し開きもない状態で そんな私の様子を見たユキちゃんは、いろいろと察してくれたようだった。
「んだよ、上手くいかなかったのか?」
「真面目にやってないって、言われてしまって……でも、本当のことだなって」
ぽつりぽつりと話す私を急かすことも否定することもせず、ユキちゃんは黙って聞いてくれる。
さっきまで重たくて仕方なかった頭の中身が、私の言葉になって外にぽろぽろと出て行くような気がした。
「私って、なんなんだろって思って……なんか、もう」
「名前」
「帰り道、たくさん考えたの」
「ん」
「すぐに結婚したいんじゃなくて、誰か、私のこと必要としてくれる人がほしいよ」
勝手なのは分かってる。だけど、私だって誰かを大切に思いたい。誰かに大切に思われたい。夢見がちだって言われたって、シンデレラシンドロームだと言われたっていい
「私のこと理解してくれて、大切に思ってくれる人がほしい」
そこまで言い切ったと同時に両目からぼろぼろと涙が出てきた。あまりに大粒の涙だったせいで 重力に逆らえなくなった雫が、握りしめた手の甲に落下する
ユキちゃんが溜息を吐いたのが聞こえて、とうとう本当に愛想を尽かされたのかと焦った時だった
「いんだろここに」
「……え?」
「だから、お前のこと理解して大切に思うヤツだよ」
「なに、言って……」
唐突な言葉に理解が追いつかない私と、それを分かっていた様子のユキちゃんはベンチに座る私の前にしゃがむ。
「ユキちゃん?」
「靴、痛えって言ってたろ」
ガサガサという音と共に、ユキちゃんが持っていた袋から私のスニーカーを出してきた
どうやらあの電話の後、私の家に靴を取りに行ってから来てくれたらしい。
「ユキちゃ、」
「……ったく、いつになったら俺のこと見んだよ」
「ユキちゃんが、彼氏いないって聞いてくるから、私、焦って……」
「どんだけ動揺してんだお前は、んなもん詮索してたに決まってんだろ」
「ユキちゃん、私のこと好きなの?」
「は!?この流れで聞くかよフツー!」
「だって、分かんな」
さっきまで頭がいっぱいで足が痛かった私にはあまりに寝耳に水な話だ。処理が追いつかないのは許してもらいたい
混乱する私をまるで慣れっこだとでも言うように、ユキちゃんは気にせず私の靴を回収して手慣れたようにスニーカーを履かせてれる。
凄い、傍から見たら男の人が膝をついて靴を履かせてくれているこの光景
私は酷い彼女かはたまたお嬢様かお姫様に見えるんじゃないだろうか(あ、でも履かせてもらってるのスニーカーだった)
「名前」
「な、なに?」
「お前がわめいても落ちついて接して、お前が夜に足痛えって言ったらスニーカー持って来る男なんてそうそういねえぞ」
「う、うん……」
「きっと今お前が考えているであろう馬鹿なことを聞いても引かねえ男もそうそういねえ」
「馬鹿なことって!?」
「どうせお前のことだからお姫様みたいだとか考えてんだろ」
「うっ……」
「図星かよ」
「だって、だって……」
「だからそゆことだよ、いい加減俺にしとけ」
目をぱちくりさせながら、ユキちゃんが私の靴を袋にしまっていくのを遠くの出来事のように見てしまう。ユキちゃんがわざわざ履かせてくれたスニーカーは、私をどこか素敵なところへ連れて行ってくれるのだろうか。
履きなれたはずのそれなのに、胸を高鳴らせる自分がいた。