ーはじまりー

影山は腕の中でおとなしく羽をたたむ梟に満足そうに顔を緩めながらそれを抱き締めていた。大きな梟は毛並みが良く大人しい。腕の中の温もりに犬でも猫でも、あった瞬間に逃げられる影山は無言で感動していた。
普通の鳥よりも一回りもふた回りも大きな大きい梟。人に慣れ毛並みも体格もいいとなればどこかの金持ちの家から逃げ出し運悪く密猟者に出会し矢を射られ川に落ちてここまで流されてきたのが妥当であろうと烏野の頭目である澤村は考えた。
まったく…神聖な鳥である梟を捕まえて飼ったり狩る事は当たり前の様に決められている筈であるのに。
矢が当たったのだろう胸の傷は癒え始めているし、当の梟は気を抜けば今にでも飛び立とうとするため影山を中心に注意して完全に癒えるまで飛ばない様に見張っている。
平地にある小さな村である烏野で、この様な立派な梟を見る事はまずない。そのため始めは我関せず貫いていた月島でさえ今では気が付けば影山の腕の中からそのもふもふの塊を奪い取り抱き枕としていた。
その梟も始めの頃こそ近付こうものなら羽を大きく広げ、暴れまわっていたが、もともと人懐っこいのだろう。今では我が物顔で可愛い後輩の腕の中に収まっていた。

ーとある青葉の森にて梟と猫よりー

梟谷の隣に面する音駒は少数の部族で、獣の血が混ざっている半人半獣が多い。
その中でも特に猫の血が強く引き継がれているのが族長の黒尾であり、彼の古くからの友人の最愛の部下である赤葦に依頼され人の何倍もの嗅覚でそれを見つけたのは木兎が消えとなり3日も経たない頃であった。
酸化し黒ずんで固まった血がこびりつく木と地面。無理矢理抜いたのだろう投げ捨てられた血塗れの矢。
これから見るに誰かに襲われ自分で矢を引き抜いて何処かに逃げたのだろう。下は崖となっており山の上の雪解け水が流れる川だ。きっと、下流の村にでも行き着いているだろう。生きていてもらわなくては困る。
無言でそれを拾い上げた青年ーー赤葦は何を考えている分からない無表情でその弓矢を見下ろしていた。

「おい、大丈夫か?あかあーー」

ばきり、と何かが割れる音。
咄嗟に赤葦を見れば、真っ二つに割れた矢を握り締め拳から血を流しながらも激しい怒りを抑え込めた眼差しで手の中のそれを睨みつけ顔を歪めている彼は、普段は想像ができないほどの怒りを秘めていた。

「ーーコロス」

取り敢えず御愁傷様。見も知らぬ相手に心の内で声をかけ、黒尾はニタリと暗い笑みを浮かべた。
(俺達の愛するあいつに手を出したのが悪い)
彼らの目に見えるのは青葉生い茂る遠い山に聳え立つ城。攻め込む用意はとっくの昔にできている。

ー烏野村に猫が来るー

来客が来る。その言葉に影山や日向は月島と山口の力を借り大きな梟を藁小屋に連れてきて、傷に障らないように柔らかい布で包み暴れないようにと抱きしめた。
この梟を傷付けた奴らが探しに来ているかもしれない。
そんな梟は何時ものように暴れることなく目を閉じて小さな子供の腕の中でまどろんでいた。
現れたのはにやにやと胡散臭い笑みを浮かべた変な癖のある黒髪の男と、フードを被った小柄な青年を中心とした少人数の部隊であった。
どうやら烏野の近くの青葉城西と、遠方にある梟谷という国が戦争を始めるらしい。
青葉城西と縁の深い影山が聞こえてきた声に思わず顔を上げた。ほう、と諌めるような小さな鳴き声。
身を守る様にと一通り警告をし、それじゃあと踵を返した黒尾は何かを思い出したように声を上げ足を止めた。

「なぁ、おたくら。銀に黒のメッシュが入った図体のでかい騒がしい男か、銀色に輝く翼を持ったでっかい梟見なかったか?」

その言葉に緊張が走る。思わず梟を抱き締める手に力を入れた日向に驚いたのか梟が暴れ出した。

「木兎!」

澤村や菅原の制止を振り切り現れた男は、梟を見つけ彼の名前らしきそれを呼ぶ。ばさり、と大きく羽ばたいた翼に怯んだ日向の手の中からその男が梟を奪い去る。

ー青葉と梟の戦場にてー

振り下ろした刃の前に突然大きな翼が広がった。
見慣れたそれに赤葦は咄嗟に刃を引く。そこにいたのは及川の刃を己のそれで受け止める見知らぬ青年と、その肩を陣取り片翼を広げる梟の姿。

「木兎さん!!」

感極まったような声。見知らぬ青年の肩から奪い取るように梟を腕の中に閉じ込めて、刃を引いた及川を警戒するように睨みつけ身を引いた赤葦の前に、少し遅れて黒尾が現れる。大きな梟に変化した木兎に途中まで乗ってきたがそれからはひたすら戦場を走っていた。
痛いとでもいうようにばさりと大きく広げられたその羽根に殴られながら隙をついて胸元の柔らかい羽毛に顔を埋めてふんすふんすと鼻息荒く深呼吸する赤葦は最早戦意喪失している。黒尾は人に転じて被害が及ばないような隅っこに避難し息を整えていた。
何これどういうこと!?彼らの姿に戸惑いながら刃を引き腰に戻した及川がどうやら戦の収拾がついたと気が付いて息を吐く。一時はどうなるかと思った。

ー梟の正体ー

ぶわりと風が吹き荒れその中から現れたのは、鍛え上げられた体をどこかの民族衣装なのだろう羽をふんだんに使った豪華なそれに包んだ、銀に黒のメッシュが入った髪を持つ青年であった。

「よかった、木兎さん…!」

「心配性だな、赤葦!」

感極まったように自分に抱き付いてきた赤葦をしっかりと受け止めて快活にその青年は笑う。

ー梟の怒りと許しー

ほれ、と恥ずかしがることもなく捲られた服の下には胸元に刻まれた、治りかけた傷跡。他にも細かい傷があるのを確認した赤葦は、ぎん!と戸惑う及川を睨み付ける。

「嫁入り前の木兎さんの神聖な体を傷物にするなんて!…アンタ覚悟はいいですか」

最後の一言はガチなトーンである。
銀に黒のメッシュが入った髪、琥珀色の瞳を持つ男。民族衣装の豪奢な装飾は梟谷に古くから伝わる王族のそれで、神聖な生き物であるミミズクの化身となれば思い起こすことができるのはただ一人。

「梟谷の"夜を統べるもの"…!?」

闇の化身とも呼ばれる、ある種の伝説である。
常にミミズクの姿を取り、人になった姿を見た人はこの世で一握り。月のような銀に闇の黒を溶かした髪を持つという特徴しか知られていない、夜の支配者。
まさか己の国のものが彼に対して無礼を働いてしまうなんて…。及川は絶望に身を震わせた。
彼ーー木兎は梟谷の主である。人のために命を捧げた神だと言われるモノ。それを傷付けてしまったとなればこれは及川の国が滅ぼされても文句が言えないほどの罪である。

「へぁ?あぁ、別にいーよ」

そんな及川に気が付いた木兎が呆気からんとそう言った。

「俺、死んでねーし。お前のとこのやつらだって別に俺を殺そうと思って矢を射た訳じゃねーだろ?」

だったら別にいーよ、と彼は目を細めて笑う。憤る赤葦をあしらい宣うその姿は一国の主にふさわしい。
それに。にかりと闇の化身と呼ばれているはずの彼が太陽の様な笑みを浮かべた。

「カゲヤマ!助けてくれてありがとーな!」

ばしりと力強い手で背中を叩かれてたたらを踏んだ影山が褒められ慣れていないのだろう、目を輝かせてどこか嬉しそうにむずむずと口元を動かす。

「お前が俺を助けてくれなかったら今頃俺死んでただろーし?そーしたら赤葦達は自分達が死んでもオイカワを殺して青葉城西を滅ぼしてただろうし!」

本人はなんとでもない様にそういうが、赤葦や及川にとってはたまったもんじゃない。特に赤葦のその射殺さんばかりの眼光に及川はびくびくと体を震わせている。
怖い何この人。

ー同盟ー

ふわふわもこもこである。
その羽毛の塊を膝の上に抱えながらソファにご満悦な表情で及川は梟が運んできてくれた手紙を読んでいた。
向かいには無表情でこちらを睨みつける赤葦と、羨ましそうにこっちを見る影山の姿。そして影山の膝の上を陣取りその手に撫でられながら今にも噛み付いてやろうかとでもいうようにこっちを見据えていた。

「うん、これで大丈夫かな。ぼっくん、君の寛大なるお心に感謝いたします」

毛玉を抱き込んでわしゃわしゃとその柔らかい胸元を撫でるその手つきは最早セクハラである。セクハラされている本人は気持ちよさそうに微睡んでいるが。
保護者2人の眼光がすごい。

「んー…こっちこそ、お前がこの同盟に賛同してくれてよかった!赤葦がさー、攻めた方がいいって言ってたんだけど、お前らの戦力とかスゲーしあの赤くて細長い実もうまかったから欲しいってお願いしてさぁ!やぁっと許可くれたんだよな!」


ーーー


梟谷の森
神が住むと言われ世界の半分を覆う森。
その中に人々は国や村を建てる。

梟谷
人は来れないだろう険しい谷とその周囲の森。
こっからここまでというのがない。
梟谷の住民は鳥の姿をした獣人が多い。

青葉城西
若い国。
最近王が代わり及川を城主として段々と勢いを付けている。
基本人型。人型だがたまに人に化けている獣人がいる。

烏野
澤村を頭目とした青葉城西の近くにある小さな村。
最近だんだん大きくなっている。
基本人型。

音駒
黒尾を主とした梟谷の近くにある村。
梟谷と交流が多く色々と賑わっている。
猫の姿をした獣人が多い。

獣人
獣と人のミックス。
基本獣の姿をしているが、人の姿にもなれる。
力が強ければ強いほど人間に似る。

ー登場人物ー

木兎
ミミズクの姿をした神様。
梟谷の森を見守る存在。
よく誰にも言わず梟谷から飛び出してあっち行ったりこっち行ったり怪我をして帰ったりするため梟谷の面々から怒られる。
だけど懲りない。
神様なのに末っ子気質。自分が楽しければいい。あと赤葦とか梟谷のみんなや黒尾とか音駒の奴らが幸せならいい。
だがしかし、梟谷の森は俺がまもーる!!

赤葦
フクロウの姿をした木兎の付き人。
まじ木兎さんリスペクト中。
木兎さんのためなら火の中水の中。
とにかく木兎に何かあると色々やらかすのがこいつ。
基本常識人。木兎さんは世界の真理を真顔で言う人。
策略家だと思えば木兎さんのためなら剣一本で突っ走るアグレッシブ梟。

黒尾
猫の血が流れている音駒の一番偉い人。
木兎と仲がいい。親友!悪友!心の友だから!
目と耳と鼻が人の何倍もいい。
もはや木兎の家が実家。研磨に音駒を任せ日々赤葦に引き摺られ木兎探しをしている。

澤村
すまん今回全く出なかった烏野の一番偉い人。
常識人。

菅原
すまん今回全く出なかった烏野の二番目に偉い人。
うちの子の為ならば暴走しまくる。

日向
すまん今回全く出なかった烏野のちびっ子。

影山
青葉城西から来た新人。
及川と何かあるらしい。
動物が大好き。どんぶらこっこと川を流れるミミズクを拾ったいいやつ。

月島
癒しを求めてミミズクに出会ったおっきい子。
よく影山とミミズクを奪い合っては抱き枕にしている。

山口
まじ月島リスペクト中。

及川
青葉城西の王様
よく内緒で城を出ては街を散策するのが好き。最近幼馴染の愛の拳が痛い。
気が付けば梟谷から宣戦布告を受けよくわからないまま戦争を始めたのはいいが気が付けば戦争が終わっていた今回の被害者
最近もふもふにはまっている。

岩泉
すまん今回全く出なかった青葉城西の騎士
よくいなくなる王である幼馴染に対して愛のある拳を振るうのが癖になってきている。
最近の悩みは逃げ出した及川を見つけることがうまくなったこと。

名もなき兵士という名のモブ
弓の訓練してたら偶然ミミズクを射ってしまった人達。ら



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