ジャミル成代 堕転if

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ゆっくりと足を進める。
あぁ、どうしよう。

「ここ、どこかなぁ」

意識せずにただ独り言のつもりでぼそりと呟けば、すぐさまとある小さな、だけど少し昔に現れた迷宮により栄えたオアシス都市だとの応え。
ありがとうと言えば腹減ってるならこれでも食べろと押し付けられるのは幾つかの林檎。
お腹が空いてたしありがたくいただく。
行儀悪いと思いながら服で表面を磨き、がぶりと一口。じわりと広がる甘い果汁と歯応えのあるか熱い果肉に目を細めた。

「…うん、美味いね」

そうすれば気を良くしたのかあれもこれもと腕に乗せられやっと道の外れに出れた頃には気を付けてバランスを取らないとこぼれ落ちてしまいそうな果物の山が完成した。
………。
うーん、帰ったらみんなに配るか。
ジュダルは喜んで受け取ってくれるだろうし、先生達には押し付けよう。
よっこいしょ、と近くの階段に腰を掛ける。人通りは少ないとは言えないけど、さっきの商店の近くよりはずっとましだ。

「…ジュダルかイスナーン、見付けてくれるかなぁ」

まさか道に迷うとか思ってもいなかった。
いや、うん、迷うのは確実だったんだけど。
しゃくり。もう一口。
帰ったらちゃんと謝ろう。特にイスナーンに。…だってイスナーン怖いんだもん。
煌帝国から外れの街への遠征に連れてきてもらったはいいけど、ジュダルはジュダルで他のみんなとどっか行っちゃうし、僕の教育係であるイスナーンもルフがなんたらとどっか行っちゃうしで兵達の見張りを掻い潜り散歩に出掛けたのだ。
最初は見るものすべて新鮮で楽しかったけど、気が付いたときにはもう遅かった。
いやー、ちゃんとイスナーンから地図を貰っておけばよかった。
いや、そもそも全部イスナーンが悪いんだ。彼はどうも僕を子供の様に扱う。僕はもう21だ。ちゃんとご飯を食えとかちゃんと寝ろだとかご飯を食べた後はすぐに寝るなだとか君は僕の母親かと愚痴を吐けばそれもいいかもしれないなとか言うし、外出する時には必ず手書きの地図を渡して日が暮れる前に帰って来いだとか言うし…。
きっと戻ったら戻ったでイスナーンからの説教があるんだろう…気が滅入る。
しゃくり。
もう一口。
帰りたくないなぁ。

「あー…でも、ちゃんと迎えに来てもらわなきゃなぁ」

しゃくり。

「…でも説教はやだなぁ」

しゃくり。

「イスナーンの説教、ほんっとーに長いからなぁ…」

ほっとくと丸一日話し続けるから…紅炎殿、戻ってるかなぁ…。
一度話し出したイスナーンを止められるのは紅炎殿だけだ。
ジュダルはからかってくるし、他は絶対に近付いてこない。
それにしても…どうしてジュダル達神官と紅炎殿達は仲が悪いんだろう。
芯だけになったそれを隣に置いて。もう一つ果実を取る。
それに歯を立てようとして、誰かが僕の後ろで立ち止まった気配がした。
…ん。何かあったのだろうか?
一度離したそれをもう一度口許まで持ってきて、

「…――じゃみる、さ、ま」

聞こえてきた声にまたそれを口から離すハメになった。

「お前、生きてたのか…!?」

がしりと強い力で肩を引かれる。
振り返り、そこにいたのは輝くような金の髪の青年と、鮮やかな赤い髪の少女と、晴れた青空の様な色をした少年。
何処かで見たことがあるような、それでも、見覚えがない子達。

「あー…すまないけど、その、君達は一体誰かな?」

―――――――――――――――

「――…君、は」

こくり、とぶどう酒の入ったグラスを傾けて中身を喉に流し込んだその青年が、不思議そうに首を傾けた。薄い色の瞳が俺を見る。
彼がここにいるということは、どうやら俺達の予想は当たっていたと言うことだ。
しかしアル・サーメンの姿もジュダルの姿もどこにも見えない。…好都合だと言えば好都合だ、が。

「久し振りだね、ジャミルくん」

「…あの、申し訳ないのだけれど貴方は僕を知っているの?」

「あぁ、知っているよ。…そうだ、彼女に見覚えは?」

俺の言葉におずおずと前に出るモルジアナをちらりと見たジャミルくんは、不思議そうに彼女を見て、「燃えるような赤い髪、特徴的な目元…あぁ、君はファナリスの子だね?」そう言って興味深そうに頷いて、しかし申し訳なさそうに首を振った。

「すまないね、ファナリスの知り合いはいないんだ」

「っ!」

その言葉にモルジアナがぐっ、と顔を歪めた。
ぎゅっとその体に力が入り、あ、ヤバイと思ったその時――…す、と伸びた手が両の脇に下げられたモルジアナの手を掬うように持ち上げる。
めき、と不吉な音をたてて凹んだ床を気にせずにジャミルはその手を掴んだ。

「ほら、ダメだって何度言ったらわかるんだい?お前は何時も素足なんだから。お前の綺麗な足に傷がついてしまう」

ひびのはいった床を見て、困ったようにジャミルくんが笑う。
モルジアナは目を見開いて、そしてへにゃりと笑った。いいこだ、とジャミルくんが甘い声で囁いた。
…うん?ちょっと、まて。

「今、彼女が何をしようとしたのかわかっていたのか…?」

「ぇ?…あれ、何で僕は君を止めたんだろう?」

不思議そうにジャミルくんがモルジアナを見る。…やっぱり。

「…俺達に関する記憶が消えている様だな。だが、完全には消えていない、か」

口をついて出たのは無意識だろう。だが、これで希望は持てた。
するりとモルジアナの手を解放したジャミルくんの手を取り、ひんやりと体温が低いその手を握り締める。咄嗟に手を引こうとしたのを引き留めて、驚いたように見開かれた薄い目を見据えた。

「ジャミルくん、どうか、俺達と来てくれないか。俺達は本当の君を知っている。どうして君が"そう"なったのか、君を"そう"したのは誰なのかを知っている。君のいるべき所を知っている。…君の本来の居場所は、そこではない」


意味がわからない、と紡がれたそれは音にならなかった


ただ、一滴の涙がこぼれ落ちる。




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