月夜に浮かぶ 続編

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反応さえできなかった。
壁に向かって吹き飛ばされ、ずるり、と崩れ落ちたシンドバッドの名前を叫ぶ。
チッ!何だよこの迷宮!
明らかに可笑しい。
この迷宮は確かに、ジンがいるのだろう。
しかしこの仕掛け…ジンのものだけではない。人の手が加わっている。
それも一人ではない、何人もの。

「…――ッ、親父どもか!」

だから俺にこの迷宮には近付くなと言っていたのか…。
だったら、これは罠だ。
シンドバッドを確実に殺すための罠。
ロッドを回し、シンドバッドの周りに防御壁を張り巡らせる。一時的にだが気休めにはなるだろう。ないよりはましだ。
一つ息を吐き出し、ずしりと重い音をたてて現れる奴等を見据える。
…大丈夫だ、勝てる。
俺が、守る。
守るんだ。
シンドバッド。
俺の王。
俺だけの王。

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一目見ただけで恋に落ちて、捨てられるのに恐怖したのだ。

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「――…ジュダル!!

ぱりん、と乾いた音をたててジュダルのことを護っていた防御壁が粉々に砕けた。
驚きに歪んだ目が俺を見て、そしてぶれる。
小さな体が固い岩肌に叩き付けられて、がらがらと砕けた岩と共に冷たい地面に落ちた。
投げ出された四肢に、一切の音が消える。

「ジュ、ダ、ル…!」

「ぅ…っ、し、ん…にげ、ろ」

血に染まる体を何とか引きずりよろよろと立ち上がるジュダルの名を叫ぶ。ぶわり、とジュダルの足元から吹き上がった黒いルフが俺がジュダルに近付くのを許さない。
ジュダル、ジュダル!
口の中に残った血を吐き出して、口許の血を無造作に拭ったジュダルが俺を振り返って笑う。
それがあの少女とぶれた。
まさか、そんな…。
広げられた両腕に呼応するようにジュダルを黒いルフが取り囲む。練られていくのは濃圧なマゴイ。

「俺の王には指一本触れさせてやんねぇよ、ばーか」

無邪気で、それでいて泣きそうな声。
ぱき、ん。
乾いた音。
一瞬にしてそこは氷の世界に成り果てた。
砂煙が掻き消えて、そこにいたのは輝く氷界の中に一人立つジュダルで。ぐらりと傾いたその体に咄嗟に駆け寄る。
腕に収まった温もりに安堵の白い息を吐いた。
仕方がないことだろう。
こんな高度な魔法を使ったのだ。いくらジュダルであっても疲労が大きい。
その肩を支えると、なんとか意識を繋ぎ止めたジュダルは俺を見上げる。

「逃げろって、言ったろ、バカ殿…!」

吐き出された言葉にお前を置いていけるはずないだろうだとか、何をそんなに焦っているのだとか、言いたいことは山ほどあったが。それは俺達を守るように展開された防御壁と、俺達を狙い降り注がれた雷撃に飲み込んだ。
砂煙の晴れたそこに現れたのは、

「っ――…アル・サーメン!やはり貴様等の仕業か!!」

「何故、マギがいる」

「一体何をするつもりだ!」

「何故お前がマギといる?」

「こいつがどこで何をしようとこいつがどこで誰といようが貴様等になど関係はない!」

次から次へとご苦労なことだ。
唖然とするジュダルの体を抱き寄せて叫ぶ。
渡さない。
渡すものか。
やっとこの手の内にあるのだ。
やっと、やっと。
随分と経った。
あの時から随分と…。
手の内に入れる機会など何十も、何百も、何千も、何万もあったのだ。
それを見て見ぬふりをしていたのは、誰でもない、この俺だ。
だからこそ。
ふわりと柔らかい黒髪を撫でる。
安心しろ、大丈夫だ。
赤い目が一体何を考えているのだと俺を見上げている。

「ジュダルは、渡さない」

「何をふざけたことを」

「それは我等のものだ」

「ジュダルはものではない!」

だからこそ、渡すものか。
これは俺のマギだ。俺だけのマギ。
他の誰のものでもない、俺のマギ。
ジュダルが俺を選び、俺がジュダルを選んだ。
その小さく脆い存在を抱き締めて、愛を囁く。
一緒にいよう。
もう何も問題はない。
何かあっても、俺がお前を守るから。
一緒にいてくれ。
お前がいないと狂ってしまいそうだ。
愛している。
俺のそばにいてくれ。
愛している。
寂しくない。
愛している。
お前のことを求めて求めて、いつもこの胸は張り裂けそうなんだ。
愛している。
愛している。
あいしている。

「あいしてるよ、じゅだる」

まるで暗示のように囁く。
甘い甘い蜜。
どろりとして一口、含むだけで舌を蕩けさせるそれ。

「一緒にいよう」

腕の中で、泣きそうに顔を歪めたジュダルが小さく小さく頷いた。


瞬間弾けるのは眩いばかりの雷光


その後のことは覚えていない。




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