「突然だが、俺と恋仲になってくれないか!」


突然、本当に突然のクソデカボイスで叫ぶように告白された、ある晴れた昼下がり。キンキンと痛む耳に顔をしかめつつ目の前にいる人物を見上げる。彼は普段と変わらず堂々とした様子で、私を真っ直ぐに見つめていた。何故こうなったのだろう。私は走馬灯にも似たような心地で、今朝のことを思い出した。

朝食を終えた後、いつものように同期である炭治郎と共に、日課の鍛錬に励んでいた。しばらくすると、これまた日課のように毎日稽古を付けてくれる彼が来て、昼食の時間になるまで鍛錬を続けるのがいつもの流れだった。そうだ。今日もいつも同じで、稽古が終わり炭治郎にもまた明日と軽く話をしたりなんかして、顔を洗うつもりで井戸へやって来た。冷たい水は汗をかいた肌にとても心地よかった。二、三回顔を洗って手拭いで軽く拭いて、ふと視線を上げた時だった。いつの間にか、彼が目の前にいたのだ。気配も足音もわからず、盛大にびっくりした私は息の吸い方を間違え思い切り噎せた。ゲホゴホと咳き込む私を、彼はただ黙って見つめている。い、いつ近付いて来たんだ。全然わからなかった。流石柱…。

彼────炎柱・煉獄杏寿郎は、私の呼吸が整ってきた頃、突然告白をしてきた。ここで冒頭に戻り、私の回想もぷつりと切れる。回想してはみたが、やはり今日は普段と変わらぬ一日だった。特に変わったことは、無かった筈だ。なのに何故こんなことに。何故炎柱が、私と恋仲になってくれないかなどと宣うのか。


「…だ、誰かと間違えているのでは…?」

「間違えてない!」


恐る恐る出した声は、一瞬でかき消された。しかも食い気味に。


「俺は君と恋仲になりたい!どうだろうか!」

「…ど、どう…どうって…えぇ…?」

「嫌か?俺が嫌いなのか?」


目を爛々と輝かせ、口元には軽い笑みを浮かべて、炎柱は休むことなく口を動かす。人違いではなく、炎柱は、私と恋仲になりたい、と。な…何故。どうして私と?しかしこの告白が嫌なのかと言われるとそれはまた違う話だ。私は別に嫌なのではない。柱にそんな風に想って頂いているなんて至極光栄なことであるし、むしろ有り難いことだと思う。それに私は炎柱のことはとても好きだ。だけどその『好き』は、恋とは全然別のもの。


「とても有り難いのですが、嫌なのではなく…その、困るのです」

「困る?」

「私は炎柱をお慕いしておりますが、これは尊敬の念です。なので…お気持ちは本当にとても嬉しいのですが、お応えすることは…」

「…そうか」


炎柱はすっと笑みを消し、片手で口元を隠した。な、なんてことを。畏れ多くも炎柱を振ってしまうなんて。でもここで嘘をついてしまうのはもっと失礼だし…。嫌と言うより、困るのだ。私は本当に炎柱を、異性として見たことが無い。だから気持ちは嬉しいけれど、応えることが出来ない。そしてこんな気まずい空気になるのも、ほんっとうに困る。ここで「ドッキリでした!」とでも言ってくれれば笑い話で済むけれどまさかこの炎柱がそんな下らない冗談を言うようには思えない。自分の足元を見たり炎柱を見たりと視線があっちこっちに泳ぎ回る。炎柱は少しだけ視線を下げていて何か考えているようだったが、その内容まではわかる筈もなかった。怒っている様子では無いし、悲しんでいるようにも見えない。さっきまではびっくりするくらいうるさかったのにこうも静かになられると…沈黙が苦しい…。私は半ば無理矢理口を開いた。


「どッ、どうして、私なのですか?」

「ん?」

「階級は癸だし見た目に華も無いし…炎柱には相応しくないと思うのです」


言いながら少し悲しい気持ちにはなったけれど、でもまあ本当のことだ。仕方ない。階級は一番下。日々鍛錬ばかりしているから化粧もしないし身嗜みも最低限のことしか整えられていない。例えば蟲柱や恋柱のように強く美しい女性ならばよかったと思う。私のような女は、炎柱には相応しくない。


「君が俺に相応しくないというのは、誰が決めた?」

「…え?」

「誰に言われたんだ?」

「いえ、これはその…私の考えと言うか、世間一般論と言いますか…」

「世間一般的に俺と君は恋仲になってはいけないと?」

「あ、の…えっと…」


畳み掛けるように、炎柱は口早に喋り出す。心無しか声音が低く、目付きも鋭い。もしかして怒ってしまわれたのだろうか。何と返すのが正しいのか私にはわからない。怖くなってつい視線を炎柱から外してしまった。一拍の間をおいて炎柱がフゥと息をつく。それでも私は視線を上げられなかった。


「…君は俺の気持ちより、世間体を気にするのだな」

「…え」

「困らせて済まなかった」


炎柱は炎柱らしからぬ静かな声で告げると、音もなく踵を返した。その背中を見つめて、私は何故だかいてもたってもいられないような感覚に襲われた。行ってしまう。炎柱が離れてしまう。でも私にはなんと声をかければいいのかわからない。そもそも私は今炎柱の告白を断ったのだ。そんな私が炎柱を呼び止めるなんてそれは失礼というか、可哀想というか、とにかくしてはいけないことではないだろうか。

嗚呼でも、こういうのってきっと理屈じゃない。身体が勝手に動いてしまう。気が付くと私は炎柱の羽織をぎゅうっと掴んでしまっていた。急に掴んでしまった所為か炎柱の身体はがくっと揺れ、それからゆっくりと振り返った。


「…どうした?」

「あっ…え、えっと、あの…その…!」


炎柱の大きな瞳に映る私はひどく慌てふためいていて、なんだかとても滑稽に見えた。思わず手を離す。何をしてるんだろう、私。急に喉がカラカラに渇いたみたいだった。言葉が出て来ない。口を開いて、閉じて、もう一度開いて、また強く結び付ける。耳の真横に心臓があるのかと思うくらい、自分の鼓動がうるさかった。

それでも外せない視線が、私を奮わせる。


「───とッ…友達から、始めませんか」


やっとのことで絞り出せたのは、震えに震えたそんな声。炎柱の大きな目が、キョトンと小さく揺れる。…待って。私、今、何て言った?畏れ多くも振った炎柱に向かって、友達から始めませんかなどとほざいてしまったのか?サァッと血の気が引いていくのがわかった。それから、急に恥ずかしくなって、顔が一気に熱くなる。わ、私、なんてことを。なんて馬鹿みたいなことを。何か言わなきゃ。誤魔化さなきゃ。誤魔化す?それもなんか、変じゃないか。じゃあどうする?どうしたらいいんだろう。身体中に変な汗が流れる。熱いのか寒いのかよくわからない。何か言わなきゃ。


「わ…っ、私、炎柱のこと、何も知りません。炎柱も私のこと、あまり知らないと思います…だ、だから、お互いを知り合う為に…そういう意味で友達ということで…あ、あの…!」

「…ふッ…く、ハハハハハハ!」

「?!」

「いやッ、済まな…ハッハッハ!」


しどろもどろに言葉を紡ぐ私を他所に、一体どうしたのか、突然弾けるように炎柱は笑い出した。片手に顔を伏せ、もう片手は私に向けてひらひらと振っている。肩を丸めて震わせて、可笑しくて堪らないという様子だった。ひとしきり笑った後炎柱はまた、真っ直ぐに私を見つめる。口元は緩んでいてなんとなく嬉しそう。その時に、初めて気付いた。

なんて熱を含んだ目で、私を見るんだろうか。


「…だから俺は、君に惚れたんだ」

「………へっ…?」

「では早速だが!」

「へッ、え、え!」


炎柱はその大きな手のひらで私の両手をガシッと強く掴んだ。そのままぐっと距離を詰め、すぐ真上から見つめてくる。近い。握られた手が熱い。いや、熱いのは、私の方じゃあないか。


「昼食を一緒にどうだろうか!美味い店を知っているんだ!」

「…は、はい、是非…あっ待ってください!」

「む?」

「…あ、汗をかいておりますので、身を清めてからでもよろしいですか…?」

「ああいいとも!一時間程待てばよいだろうか?」

「いえ、三十分で済ませます!」

「では、その頃に門の前で待とう」


楽しみにしている。炎柱は柔らかく微笑むとそっと踵を返して、廊下の向こうへ消えて行った。炎柱に握られていた手を、自分の胸に押し付ける。熱い。熱くて堪らない。でもほうけてる場合じゃない。急いで湯を浴びて…って、私、なんだかすごく乙女みたいなことを言ってしまったのかな。しかも門の前で待ち合わせって、なんだこれ、急に、恥ずかしくなってきた。

炎柱、すごく嬉しそうだったなぁ。

微笑む炎柱の顔を思い出しながら、私は全速力で走り出した。多分炎柱も隊服で来るだろうし私も隊服でいいとして、こういう時って薄目の紅くらいは差した方がいいんだろうか。多分持ってたと思うんだけど…人目についても困るしとにかく急ごう。頭の中で時間の配分をしながら、これって逢い引きってやつなのではと思い返すと、私はひとり赤面する羽目になった。

ちなみに人目につくことなく門に向かったはずだったのだが、冒頭の炎柱のクソデカボイスによって鬼殺隊の全員にバレており多くの隊員から見送られながら昼食を食べに行ったのはまた別の話。
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