高校時代に同じクラスだった松野カラ松と再び出会ったのはきっと偶然。公園ですれ違った時の横顔に見覚えがあって、思わずあたしが「あ!」と大きな声を出してしまったのだ。向こうは驚いた様子も無く振り向き、しばらく固まってから、何故だか意味深に笑った。そして「俺の放つオーラに惹き寄せられたのかい、可愛い仔猫ちゃん」とか気持ち悪いことを言い出したもんだから鳥肌が立ってしまった。ああそうだった、この男はこういう男だった。キザくてナルシストでイタイ性格。高校を卒業してお互い成人式も済ませた筈だが何も変わっていないのか。しかも見た目も、というか、髪型もほぼ変わっていない。背が伸びた以外変わっていないのではないか。上から下までジロジロと見回しているあたしに対してカラ松は未だにフフンと笑っている。あたしは髪も染めたし化粧も覚えたし、外見だけではわからないのかも知れない。高校の時同じクラスだったんだけど覚えてない?と言うとカラ松はム、と口をへの字に曲げた。そして少し間を開けてから右の拳を左の掌に落とした。どうやら思い出したらしい。

それからはどうだったっけ。確か、ふたりでカフェに入ったんだったか。そしたらカラ松はニートでお金を持ってなくて、あたしが奢ってやったのをよく覚えてる。その時に連絡先を交換して、時々会うようになった。高校時代の話をするのが楽しかったのもあるし、カラ松は聞き上手だったから、仕事の相談だとか愚痴だとかを話しやすかったのだ。ふたりでプチ同窓会だと称して飲むことも増えていった。


「あの時のお金ってお母さんのだったんでしょ?カラ松ほんとクズニートだねえ」

「否定はしないな」

「今日のお金もお母さん?」

「今日は弟だ」

「借りてばっかはよくないよ〜」

「…いまはそんな話は、どうでもいいだろう」


バスローブに身を包んだカラ松の声は、少しだけ震えていたような気がする。まあ確かに、どうでもいい話だ。どうでもいい話を何故いまするのか。それはだって、緊張しているから。あたし達はいまホテルにいる。ビジネスホテルではなく、恋人同士で来るような、そういうホテルだ。

そう。あたし達は、恋人同士なのだ。

プチ同窓会だと称して会うようになるうちに段々カラ松と一緒にいるのが楽しくなってきて、とうとう3ヶ月程前に恋人になった。告白してきたのはカラ松の方で、奴は真っ赤な顔で真っ赤な薔薇の花束を両手に抱えて「付き合ってください!」なんて言ってきた。キザくてナルシストでイタイ性格だけど、でもそんなひとと話して癒されていたのも事実。断る理由は、勿論無かった。

さて。カラ松とあたしはいまひとつのベッドの上にいる。体操座りをするあたしの横に、カラ松は正座をしていた。俯いてしまっていて顔は見えない。後にシャワーを浴びたのはあたしなのに、カラ松の髪はまだ濡れていてぼさっとしている。ドライヤー、使えばよかったのに。寒くないのだろうか。ねぇ、と言うとカラ松はびくっと肩を揺らした。


「なっ、なンだ!?」

「あはは、声裏返ってるよ。緊張しすぎ」

「そんなことな、くはない、が…」


普段はあたしが黙っていてもひとりでペラペラ喋ってるのにこういう時はそうもいかないらしい。あたしだって緊張しているのに、そこまで緊張してますオーラを出されるとなんだか笑えてくる。


「もしかしてチェリーなの気にしてるの?」

「…そりゃあ、まあ、気にする」


そう。松野カラ松はいままで女性とそういう経験が無く、あたしと出会わなければ妖精さんになっていたと言うのだ。因みにホテルも初めて。女の風呂上りを見るのもきっと初めてなんだろう。ここに来る前に少し飲んで来たのだがすっかり酔いも覚めてしまったようで、目がギラギラしていた。いくらチェリーでも興味はあるよねえ。初めてがあたしなんかでいいんだろうか。くだらないことを考えていたら、不意に手を握られた。顔を上げると当然だけどカラ松がいる。眉間に皺が寄っていて、ちょっと怖い顔をしていた。一度口を開いて、閉じて。また開いて、閉じて。こっちまで聞こえそうなくらい大きく唾を飲み込み、また口を開いた。


「は、初めてで、おぼつかず、不格好なところを見せるかも知れない…情けないけど、お前に教えて貰うこともあるかも知れない。でも、あの、お、俺、頑張る、から」


途切れ途切れにこぼれた言葉は、男が言うにはなかなか恥ずかしく、情けない、でも、正直な気持ちだった。普通こんなことって言えないのではなかろうか。こういうのってかっこつけてしまうものだ。それにそんなの、言わなければバレないかも知れないのに。いつもクールぶってるクセに、なんでこういう時はクールに出来ないんだろう。カラ松の目が左右に泳いでいる。耳の先まで真っ赤っ赤。額には汗までかいてしまっている。

それがなんだかとても可笑しくて、あたしはつい吹き出してしまった。


「な、なんで笑うんだ!」

「いや笑うでしょ!顔真っ赤だよ!」

「それより、どうなんだ!そろそろ…」

「そろそろ、何?始める?」

「…始め、たい、です…」


なんだそれ。あたしはまた笑ってしまった。あたしの手を握るカラ松の手を見つめる。カラ松の手はこんなに大きかったか。カラ松も男なんだなあ。

カラ松の手を取り、自分の右の胸に押し当てた。突然の行動に驚いたらしい、カラ松が「わァ!?」と間抜けに叫んだ。


「なんっ、なんだ!?」

「カラ松、何か勘違いしてるっぽいから言うけどね」

「か、勘違い?」

「あたしも初めてだから」

「…………え」


カラ松の手を握る手が、どうしようもなく震えてしまう。カラ松は目を見開いてあたしを凝視していた。真っ赤な顔だなあ、なんて。あたしだってきっと真っ赤だ。だってほら、こんなに心臓がうるさいでしょう。カラ松の手が微かに震え出す。カラ松の心臓もあたしみたいにうるさいのだろうか。でもあたしだって何もかも初めてで、ものすごく緊張しているのだ。


「だからその…よろしくお願いします?」

「…あぁ」


よろしくお願いします、と。カラ松はなんだか安心したようにふふっと笑った。

どちらからともなく寄せた唇はお互い震えていて、とても熱かった。唇を離して目をあわせると恥ずかしくなって、またふたりして笑いあったのだった。





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