土方×ミツバ
(沖田×神楽)



空など見えぬほど視界を埋めていく薄紅に瞼を閉じれば、鼻孔から優しく侵食して行く甘い香り。


もう何度消そうと試みたかわからぬ記憶は、今も…

いや、前にも増して鮮明に脳に刻まれていく。

まるで自分の中から消えるのを恐れるかのように…
"彼女"は、この舞い散る淡い花弁とは対照的なまでに、今なお鮮やかだった。


瞼の裏には、

花びら舞う故郷の桜並木の風景と、その下で咲き乱れる花ばなに心を奪われた様子の一人の少女の姿。

あの美しい光景を忘れることを恐れているのは、


今は亡き"彼女"だろうか…。
それとも…。



















「今年もここは見事だな…。」


感嘆の声を漏らしたのは、先を歩く近藤だった。
先程まで恋い焦がれる女の家に張り込んでいたこの男は、迎えに来た自分たちに
「桜でも見に行くか…。」
とため息混じりに呟いたのだ。
恐らくは、無人の家に寂しく思った自分を慰めるためだろうが、同行していた山崎は
「いいですね!」
とノリよくそれに答え、そこから程近い公園を通って帰ることを近藤へと提案した。



「丁度満開なのを昨日見かけたんですよ。」
得意気に話す山崎は、昨日は一日監察の仕事で出ていたはずである。


「ほぅ…余裕だなぁ、山崎ィ?」



なんて言えば首を肩を竦めてわざとらしく前を歩く近藤へと声をかけて話始めた。

それにため息を溢して目線を少し上向ければ、そこには淡い薄紅色の世界があった。

刹那に思い出した、優しい記憶もまた淡い花びらの世界。


あぁ…また思い出してしまった…。と、苦い思いを消そうと顔を俯けて、胸ポケットに常備している煙草へと手を伸ばした。


フィルターをくわえてふと先程から一言も発さない部下へと振り返ると、



咲き乱れる桜の下に






"彼女"がいた。



口からこぼれ落ちた煙草を気にも止めず一瞬見いってしまった。


いや、違う。と目頭を押さえる。


幻はやがて消え、"彼女"の面影を色濃く遺した青年が桜並木の下に立っていた。

彼の見つめる先もまた、遠い過去なのだろうか…。
聞くことなどできはしないのだが。ふと、青年の…総悟の目が、あるものに止まったように見えて、その視線の先を追う。
追って、ほんの少し胸に煙草の煙よりも苦いものが広がった。






総悟もまた、この世界と"彼女"を重ねているのだと思い至った。

視線の先にいた女性は、今彼の目には"彼女"に見えているのだろうか。
上げられた髪は、武州で共に過ごした頃の"彼女"の髪型に似ていた。




横から彼の顔を覗き込むが、その表情は彼女によく似た栗色の髪に阻まれて見ることは叶わない。

しかし少女の指の先は、総悟の髪を撫でることはなく、自分の弟の髪についた花びらを優しく払っていた。



ほんの一瞬、
突然背後から想い人を発見して走り出した近藤に目が行ってしまい、ハッとしてすぐ総悟に振り返ると、その視線はまるで誰かを探すかのようにさ迷ってから、一点へと注がれていた。




彼女によく似た琥珀の瞳の先を追えば、桜色の世界に揺れる藤色の番傘。

振り返ったその番傘の下からは、桜よりも色の濃い薄紅の髪が現れた。



(万事屋…。)



振り返った少女は、桜の花が気に入ったのか、白銀の髪をした青年へと瞳を輝かせて振り返る。



少し呆れたように、だが慈しむように男の手が少女の頭を撫でた。


途端、少年の顔は桜の花びらが埋めていく地面へとそらされる。

総悟のその表情は、自分のところからは見ることができなかったが、少女の方からは見えたのだろう。
少女の薄紅色の髪が、それを撫でる万事屋の手からするりと離れた。


目を見瞠った万事屋のことなど気にも止めず、ただ真っ直ぐに少女は総悟へと足を向ける。






また、


世界が"彼女"と重なって見えた。




あの時の彼女も、
桜の雨の中…何も言えずに立ち尽くす俺に、静かに歩み寄ってきたのだ。

そっと上げられた白く線の細い指が、俺の髪を撫で、
慈しむような指は、あまりにも優しく、
頭の中が真っ白になった俺の前で、彼女は柔らかく微笑んでいた。





そう、これはすべて過去のこと。

たとえどんなに…
今、まさに目の前で繰り広げられていく物語と重なって見えようとも…。



桜の下で向かい合っているのは、自分と"彼女"ではなく総悟と小さな少女…神楽なのだ。



けれどそれは、誰かが自分に見せつけているのでは?と思うほどにあの時と酷似していた。


花びらをつまみ上げる指も、髪をかき混ぜる総悟の顔も、向かい合うその姿はまるで、あの時の光景そのものだったから。


可笑しそうに笑った神楽の顔は、あの時の"彼女"の微笑みとはまるで違うはずなのに、
重なって見える過去に自分の置いてきたはずの感情が衝動的に沸き上がってきそうになる。



そうだ、自分はあの時、
目の前の彼のように…

手を…伸ばしたのだ。


彼女の細い肩を抱き締めようと、この武骨な手は伸びたのだ。





…けれど

自分は彼のように、目の前で笑う彼女をこの腕で抱き締めることができなかった。

一瞬交差した真っ直ぐな琥珀色の瞳は、期待しているようにも見えたけれど見なかったフリをして。


あの一時の間に近藤と語らった夢と彼女の弟の顔が頭に浮かび、
上げられた手は、情けないが彼女の肩にのる一片の花びらを掴むことしかできなかった。


この花びらのように、躊躇い無く彼女に触れることができたら…。
今押し隠した感情が堰を切って溢れ出してしまいそうだった。花びらが一枚、目の前を横切る。


静かに過去から戻り、ひとつ息を吐いてから胸ポケットを探って新しい煙草をとりだした。
口に加えて、このむせ返るような花の匂いの見せる幻を消してしまおうと愛用のライターで小さな火を…



着けるはずだった。
けれど花の甘い香りに混じって、どこかで覚えのある香りがした。


香水とも桜の花とも違う控えめで優しい香りは、酷く懐かしく切ない香りで。



(あぁ…忘れられるはずがない。)




この香りは、あの時桜の下で知ったのだから。

あの時"彼女"を抱こうとした己の手は寸前で引き戻され、自分はそのまま逃げるように"彼女"に背を向けたのだ。



けれど、か細い手は自分の着物を捕らえて、寄り添うようにこの身体にしがみついた。

柔らかな腕が震えるのを、自分の胸元で感じたことをハッキリと覚えている。

それと同時に感じた温もりに跳ね上がった脈は、自分のもの。


けれど自分には、振り返ることもその華奢な身体を抱き締め返すこともできなかった。

ふとトリップしていた記憶から戻ると、背中に温もりすら感じた。
あの香りもまた色濃く感じられて、そっと瞼を閉じた。


思い浮かんだのは、やっぱり一人。

桜の下で微笑む君だけだった。



目を開けば、今桜の下に立っているのは数人の仲間たち。


"彼女"はここにいない。なのにこの殺伐とした自分の心の中に、今も鮮やかに居続ける"彼女"。








トン…


「…!」



不意に誰かに優しく背中を押された。

…気がした。


後ろには誰もいないとわかっている。



けれど誰かの気配を…
懐かしい気配を感じた。

けれどそれと同時に誰かの声が聞こえた気がして、

自分はただそれに答えるように瞼を閉じた。



そっと愛煙している煙草に火をつけて、
肺いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出すと、それは薄紅の空間へ溶けては消えた。


一瞬、煙突から天へと昇る火葬場の煙を思い出して酷く苦くも思った。







「…そうだな。」


呟いた声は、きっと彼女に伝わっていることだろう。



後ろの気配がふっと笑ったようにも思えて、その気配に心の中で言葉を放った。




その時はよろしく。




花びらがまた一枚目の前を通り過ぎて地面へと落ちた。








(もう、振り返らなくていいの。


きっとまた会えるから。



きっとまた…この花の下で会えるから。)










動画を文にしようとしたんだけど…
いまいち満足いかないのでまた勝手に直すかもしれないです。

























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