3Z設定
銀八×神楽
*
何時も入れない境界線を引かれるこの空間が嫌い。
先生と生徒とか
そういうこと気にするタイプじゃないでしょ?
ねぇ銀ちゃん
国語研究室の境界線
「銀ちゃん!」
朝一番に会えたことが嬉しくて、その銀髪の後頭部を見つけた途端廊下を走り抜けてその背中に飛び付いた。
「神楽ー、"銀ちゃん"じゃなくて"先生"だろー?」頭上から降ってきた大きな手がワシャワシャと杏色の髪を撫でる。
「銀ちゃん、オハヨーアル!」
銀八の言うこともお構い無しで満面の笑みを返す神楽に、銀八は溜め息を溢して癖っ毛の頭をかいた。
「お前なぁ…。
まぁ俺はいいけど校長がうるせーんだよ。」
銀八は頭に紫色の顔をして額に妙な触角を持つ人物が思い浮かび、面倒くさそうに顔をしかめる。
そのまま離れようとしない神楽を引きずりながらも、銀八は『3年Z組』と書かれたプレートの下がる教室へと入った。
神楽は中国からここ日本へ留学してきて以来、なにかと世話を焼いてくれたり面倒を見てくれる担任の銀八が好きになっていた。
しかし銀八にはその気がないのかいつも先生としてコドモの神楽を可愛がっているようだった。
「今日の日直ー、これ運んどけよー。」
かったるそうな声が教室に響くと、授業を終えた銀八は教室からさっさと出ていった。
ハイ、と一応返事をした新八がもう一人の日直の自分に声をかける。
「僕持ってくね。」
その言葉に、今まで銀八に見とれて呆けていた頭が覚醒する。
「わ、私が行くアル!」
咄嗟に立ち上がりながら言った自分に一瞬目を見張った新八だったが、「ハイハイ。」と笑って皆から集めたノートを神楽に手渡した。
パタパタと廊下を少し走ると、前方に銀色のフワフワした髪が見え、神楽の口元が綻ぶ。
「銀ちゃん!待ってヨー!」呼ばれた銀八は振り向きながら少し驚いた様子で神楽の到着を待ってやった。
「日直志村弟じゃねぇのか?」
予想していた日直でなかったことに驚いたらしい。
「私も今日日直アル!
返事し忘れたネ。」
へへっと悪びれることもなく隣を歩く神楽は側にいれるだけで嬉しかった。
横を歩く銀八は、何も言わず神楽の手から半分以上のノートを取り上げる。
「銀ちゃん、私怪力アル!
このぐらい平気ヨ?」
見上げた先の銀八は別に気にするわけでもなく、「何となくな」と言いながらも研究室まで運んでくれた。
めんどくさがりでいい加減なくせに、たまに自分を女の子扱いしてくれる優しい銀八を見上げ、神楽は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「ん、ごくろーさん。」
研究室前まで来て、銀八は神楽の手から残りのノートを奪った。
「中まで持ってくヨ!」
「ここまででいいよ。
サンキュー、昼飯行っていいぞ。」
神楽の言葉に間髪入れずに答えた銀八が、ポンと神楽の頭をひとつ叩くと、さっさと中に入ってドアを閉めた。
「銀ちゃ…」
呼び止めようとした声も、閉じられたドアに虚しく跳ね返される。
いつもそこで待ったをかけられていた。
この学校へ編入したばかりの頃は拒むことなく迎え入れてくれていたのに…。
今はもう、入る前に閉め出されるのだ。
そっと…きっちりと閉じられた戸に額を寄せる。
境界線の上に存在するこの戸が、酷く厚く感じて口惜しい。
(なんで入れてくれないネ…?)
別に鍵を閉められた訳ではない。
今自分の手を伸ばせば、簡単にこの扉は開く。
けれど…それをこの部屋の使用者が望まないとわかっているから
神楽には入ることが出来なかった。
「お帰り、神楽ちゃん。
ノートありがとうね。」
教室に戻ると、姉の妙と弁当を広げていた新八が笑顔で神楽を出迎えていた。
「神楽ちゃんも食べましょ。」
広げられている弁当は美味しそうなものばかりなので、今日作ったのは弟の新八なのだとわかった。
二人のその穏やかな雰囲気に神楽の少しささくれた気持ちが和らぐ。
お陰で自然な笑みが作れた。
「ごめんヨ、今日は他のクラスの子と食べる約束しちゃったアル〜。
また明日誘って欲しいネ、アネゴ!」
僕は無視か!?と叫ぶメガネの少年を無視して弁当箱をひっつかむと、残念そうにしている妙に手を振って廊下を出た。
そのまま向かったのは日の照った屋上。
丁度出来る日陰からは、国語研究室の中が見えた。
他のクラスの人間と昼食の約束をしたことなど一度もない。
ただたまにこうして屋上からひっそりと階下に見える研究室の中の銀八をひっそりと眺めているのだ。
恋しいと思う想い人は、研究室で一人寂しくカップ麺をすすっていた。
そんな姿を眺めながら小さく溜め息をついて弁当を広げる。
素直に思ったことを言えたらいいのだが、それができたら今頃こんなとこにはいないだろう。
(これじゃまるで…)
「ストーカーかィ?」
「!!!!?」
予想もしてなかった声が聞こえ横を見れば、手すりに寄りかかったクラスメートの一人が、今の今まで神楽が見ていた国語研究室を眺めていた。
「へー、ここから見ると銀八が丸見えじゃねぇか。」
「お、お前いつの間にいたネ;!?
いつからそこにいたアル!?」
「さぁねィ…。」
手すりに凭れたままの沖田が、ニヤリとこちらに視線を向けた。
それに顔をしかめて立ち上がる。
「お前いい加減に…」
「見なせェ。
銀八のヤローモテモテだねィ。」
「え…?」
沖田が指を指した方向を目で追うと、銀八の座る席の横に数人の女子の姿。
自分は入れないその場所に自分とおんなじはずの女の子。
見ていれば女子生徒が銀八に好意を寄せていることがわかる。
「なんでアルか…?」
ポツリと漏れた声が、横に立つ宿敵に聞こえたかはわからない。
そんなことはどうだってよかった。
自分と彼女らの間にどんな違いがあるのだろう?
どうすれば、銀八は自分をあの空間へ入れてくれるのか?
よく回らない自分の頭では到底思いつかない。
それが悲しかった。
「ほら、出ていっちまったぜィ?
テメェもあいつんとこ押し掛けてこいよ。」
からかい混じりの声が、苛立ちを生むだけ。
でも悔しいことに言い返すことができなかった。
再び何事もなかったかのようにカップ麺をすすりだした銀八の姿が滲んで見える。
「…泣くんじゃねェ。」柄にもなく気を使うやつの声を、笑い飛ばしたいのに、出てくるのは息を上手く吐けず、喉で詰まるような気持ち悪さ。
呆れたような、つまらなそうな溜め息が横から聞こえる。
(どっかいけヨ。)
手すりに顔を埋めると、腕に温かい湿り気を感じる。
「チャイナ。」
「っ!」
無理矢理なそれに、咄嗟に身を離して今何が起きたか思い出す。
奪われた唇に、何か意味があったのだろうか?
けれどもこんなときでもコイツは自分をからかうのかと腹が立って、思いきり拳をその頬へ打ち付けた。
それだけの報復はさせてもらう。
これだけじゃ足らないが、得意の毒舌は今は使えそうもないのでそのまま屋上を走り去った。
別に逃げた訳じゃないけど。
がむしゃらに走ってたどり着いた場所に、自分でも情けなくて自嘲の笑みが漏れた。
別にすがりたいわけでも、今さっき奪われたファーストキスを帳消しにしてほしかったわけでもない
…と思うけど。
彼が何かしてくれるわけでもないし、今起きた悲劇を話したいわけでもない。言ったら…慰めてくれるだけだと思うから。
コンコン…
ノックをしてみたけれど、声は返ってこない。
先ほどまでは確かにいたはずなのに、すれ違ってしまったのであろうか?
カタン…
「!」
諦めかけた時に室内から物音が聞こえ、下ろしかけた手をまた上げて二回ほどノックをする。
しかし返ってくるのは沈黙だけ。
「銀ちゃ…っ」
名前を呼んでみるが、また涙が出てきて声が詰まった。
「ぎ…んちゃ…」
バンッ!!!
「!?」
勢いよく開いた扉に目を見張る。
目の前には、冷たい目をした銀八がいて、神楽は思わず身をすくませた。
それに構わず、銀八は神楽の細い腕を掴んで国語研究室の中へ引きずり込んだ。
バタンッ!!!!
勢いよく閉まった戸に、ビクリと肩を震わせる。
思いがけずあの境界線を越え、彼の手によって引き入れられた空間に、神楽は困惑をしていた。
見回せば、最後に入った時と何ら変わらない空間。
古い書物の懐かしい匂いに、また涙が出そうになった。
「私がここに入っても…いいアルか?」
向けられた白衣の背中が、何処か苛立ちを含んでいるようで、少し声をかけるのが躊躇われた。
「…銀ちゃん?」
沈黙に堪えかねて神楽が声をかけると、バッと振り返った銀八がその腕の中に神楽の小さな身体を閉じ込める。
一瞬見えた銀八の顔が、怒ってるように見えた気がした。
「銀ちゃ…;///」
「…んでこのタイミングで来るかねぇ?」
「え」
来たことを責められているのかと顔を上げようとすれば、後頭部を押さえつけられてそれもできない。
「せっかく今までお前がここに入らねーようにしてたのによぉ。
がんばって押さえてたんだぞ?先生は。」
「銀ちゃ…」
「だいたい…沖田くんとはどんなカンケーですか、コノヤロー。」
銀八がイライラしたように言うのは何故だろう。
「アイツは…ライバルネ。
…なんでそんなこと聞くアルか?」
抱きしめてくる腕は強いのに、ちっとも苦しくないのは何故だろう?
「ライバルってキスとかすんのか?」
「み、見てたアルか;!?」
「丸見えだよ、目の前でやられてこっちはビックリだよ!お前らがそんな関係だなん…」
「違うネ!アイツが無理矢理してきたのヨ!」
「くっそ、あのサドヤロー…」
(あれ…?)
それは自分が想像していたのとは違う姿。
いつもの銀八なら、励ましたり慰めたりしてくれるだけじゃないだろうか?
しかし今目の前の銀八は…
「どうしてそんなに怒ってるアルか…?」
「当たり前だろ!
俺だっていくら我慢して先生でいねーとって思ってても、あんなの見せられたらなぁ…
あ;」
自分の冷静を欠いた発言に漸く気づいたのか、銀八は間抜けな顔をして固まった。
「何アルか!?
見せられたら何ヨ?」
顔の見えない状態のまま、銀八の白衣を握りしめて問いただす。
「いや、やだなぁ…神楽ちゃんたらここに入ってきちゃ困るんだよなぁ;」
急に自分のしていることに気がついた銀八が身を離して背を向ける。
自分から招き入れておいてそんなことを言う銀八に、彼がかなり動揺していることがわかった。
「はぐらかすなヨ!
見せられたら?何アルか!?」
食い下がる神楽に、銀八は普段使ってなさそうな頭を働かせているようだった。
「!」
背中に抱きついた神楽に、銀八の身体が固くなった。
「銀ちゃん…」
涙声の神楽の声に、はぁ…と息を吐き出すと銀八は漸く観念したように呟いた。
「…お前が悪いんだからな。」
「え?」
何が?と言おうとするが、瞬間的に唇を奪われる。
それは少しの躊躇いもなく、
ただ込められた感情がわかるほどに激しく奪われた唇。
先程沖田に奪われたファーストキスは、ほんの一瞬触れるだけのキスだった。
「ぎ…んっちゃ…ふぅ///」
何度も何度も接吻けられ、神楽の息が苦しげに乱れる。
遂には力が抜けて銀八の腕に凭れることによって何とか立っている状態だった。
降り続いたキスがやむと、キュッと抱き締められた。
静かにその腕に抱き締められながら、神楽は乱れる呼吸を調えた。
「はぁ…銀ちゃん…?///」
潤んだ瞳で見上げたところで、頭を押さえられた自分から見えるのは銀八の口元までだった。
「あんなん見せられて…
平静でなんて…いれるかよ。」
「え?」
苛立つ声には、いつもの適当さも緩慢さもない。
大人の余裕など何処へ消えたのか?
「ったく…お前は自覚無さすぎなんだよ。
簡単に触られやがって。」
「へ?自覚?」
「…まぁわかっちゃいたけどよ。
いい、こっちの話。」
ひとつ息をついて、漸く身体を離した銀八の顔は何時ものように笑って見せるが、神楽は不思議そうにまだ潤んだままの蒼い瞳をクリクリとするばかり。
けれども彼女の身を守るため、自分の意外に弱い教師としての責任感を保つためにも、彼女には自分の持つ魅力を自覚して貰いたい。
そんなことを一人悶々と考えていると、袖を引く小さな手。
「銀ちゃん!」
「ん?」
ポンと頭を撫でてやると、ニコッと可愛らしく笑う少女。
「銀ちゃん大好きアル!」
ヘへ…と照れくさそうに笑ってから、恥ずかしそうに胸に顔を埋める神楽。
言葉も失ってポカンとした銀八だったが、自分の頭をガシガシと掻いたあと、再び胸にすがる小さな身体を抱き締めた。
(この年で青春か…///
ジャンプ読んでるだけあるよな。)
(…顔見れないヨ///)
おわり
おまけ→