沖田×神楽
*
襖の戸から漏れる細い光を感じ、長い睫毛が震えた。
台所の方から忙しなくトントンと包丁がまな板を打つ音が聞こえ、神楽は目を開いた。
寝床の押し入れから足を下ろして、味噌汁のいい匂いのする台所へ行くと、新八が背を向けたまま「おはよう。」と言った。
それになんだか懐かしさとくすぐったさを覚えながら「おはよう。」と返して、神楽は洗面所へと向かった。
顔を洗うと早速、新八に朝帰りをしてきた銀時を起こすよう仰せつかり、襖戸をスパーンと開いて布団にくるまったままの銀時の上に飛び乗った。
蛙を原チャで引いたような呻き声をあげた銀時に、神楽は容赦なく追い討ちをかける。
「起きるアルー!
起きるアルー!」
「うっぷ…あの、今日も元気な神楽ちゃん…?
ぐはっ…
ぎ、銀さん二日酔いで苦しいの。気持ち悪いの。頭痛いのーうぅえ。
だから寝かせ…ちょ、まっ、いだ;!いだだ!
わかった、起きる!
起きるから!お父さんを労りなさい!
あれ?俺お父さんんん!?」
ぐったりした銀時が漸く朝食の席につくと、神楽は定春に朝ごはんをあげて席についた。
3人揃っていただきます。をして、ご飯を食べ終えたらご馳走様をした。
神楽がこれが今も少しこそばゆいと思うのは、本当の家族としたのがもうずっと昔のことだったからだ。
昼を越え、再び眠ってしまった定春を置いて神楽は愛用の番傘を手に持った。
「行ってきますアルー!」
元気にそう言って戸を開けば、中の方から新八の「行ってらっしゃい、神楽ちゃん。」という優しい声と、銀時の「門限までには帰ってこいよー。」というだるそうな声が聞こえた。
それにひとつ笑みを浮かべて空を見れば、気持ちのいいお天気。
番傘をささなくてはいけないことがもどかしくなるくらいの澄みわたった蒼。
いつものようにお妙のいる道場へ寄ってお喋りを楽しんだあと、いつも遊んでいる公園へ向かう。
公園にはいつも一緒に遊ぶよっちゃんたちや、他の子は来ていなかった。
仕方なく神楽は適当なベンチへ腰掛ける。
「定春もいないからつまんないネ。」
はぁ…と溜め息をついて空を見上げると、丁度そのベンチは木陰にあるらしく、昼下がりの眩しい太陽の光は見えなかった。
少しくらいならいいかな、と藤色の番傘を閉じた。
思いの外神楽の頭上を覆う木の葉は厚く、漏れ落ちる陽光は少ない。
この場所なら傘がなくても平気そうだと安心すると、神楽はそのままベンチに寝転んだ。
「いい場所見つけたアル。」
メインの通りから離れているせいか、あまり人がこなかった。
遠くに見える空はやはりどこまでも蒼く、本当にいい天気だと思った。
「気持ちいいアル。」
そよそよと吹く風に木の葉が揺れ、濃い葉の間から漏れ落ちる僅かな木漏れ日がキラキラと輝き、その柔らかな光に目を細めていると、数分後には自然と穏やかな寝息をたてていた。
「…んなとこで何してんでぃ。」
人が苦労して漸く土方コノヤローを撒いて仕事をサボろうとしたのに、自分が毎日昼寝に愛用しているベストポジションには見知った先客がおり、沖田は頭を掻いた。
とりあえず神楽の頭上の空いているスペースに腰を下ろして頬をつついて見るが、起きる気配はない。
その代わり指に残る柔らかい感触に、つい沖田は触れた指を離せなくなってしまった。
(…襲っちまいますぜぃ?)
無防備に眠る少女に、心の中で呟く。
もちろん返事など返ってくるはずがない。
起きる気配がないとわかり、今度はそっとその滑らかな頬を撫でてみる。
「!!」
思いもしなかった反応に沖田の身体が硬直した。
眠っている神楽が、その撫でる手にすりより、沖田が見たこともない柔らかい笑みを浮かべたからだ。
途端、ポーカーフェイスが少し崩れて頬に熱が集中する。
「んー…」
その幸せそうな寝顔に、はぁ…と深く息を吐き出すと苦笑を溢した。
「まったく…
…チャイナが悪いんですぜィ。」
そう眠る少女に囁くと、そっともう片方の手で髪を撫で、柔らかそうな唇へ自分のそれを下ろしてゆく。
しかしあと数センチのところで、僅かに身動ぎ何事か呟く彼女に沖田は動きを止めた。
「…?」
「…ん
……ちゃん。」
「!」
それを呟いた途端に頬を流れた滴に、沖田は目を見張る。
その唇から漏れたのは誰かのことのようだった。
(チャイナが"ちゃん"づけで呼んでんのは…。)
そこまで考えて一番に思い浮かんだのは、同居している天然パーマのぐうたらマダオ。
その顔を思い浮かべて自分の胸の中で真っ黒いものがブワリと広がる。
「…旦那と何かあったんですかィ?」
その柔らかい桃色の髪を撫でてやると、またひとつ頬をつたう涙。
「…めて…
やめて…ヨ、兄ちゃん。」
(!!…兄ちゃん?)
兄がいることなど今まで一度も聞いたことが無かったため、沖田は眉を潜めた。
「もう…誰も…傷つけないで…」
ポロポロと零れる涙と寝言にいたたまれなくなってその髪に口づけて額を寄せる。
そうしてまた優しく頭を撫でてやる。
普段自分はこんなことをしないため、緊張してしまうのか、その手つきはぎこちない。
けれども、目の前で眠る少女の顔がやや穏やかになり、新たな涙が流れることもなくなった。
(…初めて見たぜ…コイツが泣くの。)
その表情が安らかに微笑むのを見て、沖田はほんの少しホッとした。…のもつかの間。
眠っていた神楽が僅かに身動ぎ、長い睫毛が小さく震えた。
「ん…?」
パチパチと何度か瞬きを繰り返し、ハタと青いその瞳を見開いた。
「…サド?」
「起きたかィ?」
ニッといつものように笑って見せた沖田に、神楽は思いきり眉をしかめた。
「…何してるネ?」
見ればいつだって顔を会わせればケンカを吹っ掛けてくるヤツが、優しく自分の頭を撫でている。
「ぐずるガキをあやしてたんでさぁ。」
その言葉に、神楽は自分の頬が涙で濡れていることに気づいた。
今の今まで見ていた夢を思い出し、神楽は一気に自分の頬に熱が集中するのを感じ、勢いよく起き上がって乱暴に自分の袖へ顔を押し付けた。
「な、何しに来たネ?
いつものバトルしに来たカ!?」
ベンチに腰を下ろしたままファイティングポーズをとる神楽に、スッと沖田の手が伸びる。
「;!!?」
もともと間合いなど無いほど近くにいたため、神楽は咄嗟にギュッと目を瞑るしかできなかった。
ポンポン
「っ;!?」
想像していた衝撃もなく、殺気のこもらない温かい手が頭に乗せられ、神楽は目を見張って沖田を見上げた。
「今日はこれから見廻りなんで、バトルはまた今度しやしょうや。」
そう言う沖田の目はいつもと違って優しい。
それは、万事屋の二人のそれにどこか似ているが、けれども何かが少し違うもの。
「…おととい来やがれアル。」
ほんのり頬を染めて目を反らす神楽に、いつものようにまたニッと笑うと沖田は勢いよく立ち上がった。
「せいぜい言ってなせェ。
泣き虫のガキんちょに負ける気なんてしないんでねィ。」
いつもの悪巧みをするときのような笑み浮かべ、そのまま背を向けて去っていく沖田を、何故か神楽は何も言えずに見送った。
遠くで土方が沖田を見つけて怒鳴る声が聞こえても、神楽は動けずに
ただあの見たこともない優しい笑みをした沖田の顔を思い出していた。
クシャリと撫でられた髪を掴むと、不意に触れた自分の頬の熱さに気づいた。
ハッとして首をフルフルと振って、横に乱雑に放置されていた番傘を掴む。
スッくと立ち上がって番傘を開くと、直ぐ様その赤くなった顔を隠した。
「…きっ気の迷いアル。
太陽浴びすぎただけヨ//」
誰に聞かせるでもなく小さく呟くと、二人が待っているであろう万事屋へと向かって歩き出す。
今日の夕飯はなんだろうかと考えながら、明日もまた公園に来てみようと思うのだった。
おわり
*
初銀魂…ひどい(笑)