3Z設定
高杉→神楽
*
何をするわけでもなくただ、学校へ通っては人のいない屋上や空き教室で過ごす毎日。
目に痛いほどの晴れ渡った空に興味など欠片程もなかった。
…はずなのに
青い空は好きですか?
今日もすることもなく、ただ屋上で一人暇をもて余していた。
さすがに肌寒い季節になってきたため、そろそろ屋上から別の居場所を探さなければなぁと溜め息を溢しながら
3年Z組の不良生徒・高杉晋助は読みかけの本を開いた。
耳に指したイヤホンからは、iPodに入った曲がガンガンと流れてくる。
自分が他クラスの生徒には恐れられているせいか、屋上にくる生徒は滅多にいない。
生徒どころか教師すら嫌煙してここには近寄らない。
何故か慕ってくるまた子や万斉は別として、たまに沖田がサボりに来たり、坂田や土方がタバコを吸いに来るぐらいだ。
女子なんて来るはずもない。
たまに血迷った女が告白をしにくるが、話をしたことのないやつに興味などわくはずもなく、話を最後まで聞かずに追い返すことが殆どだった。
「お前マジ殺すアル!!」
「!?」
突然に屋上にいる自分の耳にまでハッキリと届いた怒鳴り声に、高杉は驚いて読んでいた本から顔を上げた。
訝しげに下を見下ろすと、グラウンドで体育の授業をしている様子が見てとれた。
沖田や土方がいるのが見えたので体育をしているのは自分のクラスらしい。
しかし見えるのは沖田と妙な髪色の女が何故か傘を片手にバトルを繰り広げ、周りはそれを止めかねて呆然としているようだった。
近くに白黒のボールが2つ落ちているので、男女に別れてサッカーでもやっていたのだろう…たぶん。
暴れる二人の様子に、少しの興味が引かれ暫く戦いを繰り広げる二人を見ていた。
そしてふとあることに気づく。
(…楽しそうな顔してやがる。)
見れば、普段は見ることはない沖田の楽しそうな顔。
(青春してんだな。)
チラリと勝手に沖田の想い人だと決めつけられた女を見れば、なるほど沖田が気に入るだけあり、その動きは沖田にひけをとらない。
さらに、可愛らしい容姿とは相反してその口ぶりは乱暴だ。
(おもしれぇ。)
珍しくも、ほんの僅かに他人に興味を持った自分に少し驚く。
が…次第に見ているのに飽きてきたため、再び本へと視線を戻すのだった。
「!」
「おぅ。」
本を読むのに没頭していると、ドアの開く気配がして片耳のイヤホンを外した。するとすぐに聞いた声が、解放された耳に入る。
「早速サボりか?」
チラリと視線を向ければ、先ほどまで校庭で無益な争いを繰り広げていた者の見知った方がアイマスク片手に立っていた。
「銀八の授業はどうも受ける気がしなくてねィ。」
もう片方のイヤホンを外しながら疑問を抱く。
「銀八の?
他の教師に比べたら楽じゃねえのか?」
至極当たり前の見解と思って問うと、問われた沖田は少しの間をもって答えてきた。
「…隣のヤツが銀ちゃん銀ちゃんて煩いんでさァ。」
少し離れたところに座った沖田が頭にアイマスクをつけて横になった。
どうやら今から本格的に寝るらしい。
「そういやぁ…体育ん時オメェとやりあってた女、おもしれえな。」
からかうつもりで言ったのだが、これが思った以上に結果を出した。
「…アイツがどうかしたんですかィ?」
一旦は下げたはずのアイマスクを押し上げて、警戒するように睨まれた。
(わかりやすいヤツ)
いつもの飄々とした余裕ぶりは何処へ消えたのか。
「いや?変わった女だと思ってよ。
でも、お前があんなガキ臭い女が好きだったなんて知らなかったな。」
ニィッとからかう気満々で言ってやると、頬に一瞬にして朱を走らせた沖田が動揺を示した。
「バカ言うんじゃねィ。誰があんなゴリラ女!
俺は寝に来たんでさァ、邪魔しないで下せェ。」
そう言って赤い頬を隠すようにアイマスクを下げると、くるりと高杉に背を向けてしまった。
そんな滅多に見れないからかいがいのある沖田を見て、高杉はクツクツと喉の奥で笑うと、再びイヤホンをつけて本を読み始めるのだった。
再び本に没頭していると、大きなチャイムの音が学校中に響き、高杉は顔をあげた。
携帯を開くと、また子からのメールが数件入っていたが、それらを開くことなく携帯を閉じた。
今のチャイムは昼休みを知らせるものだったらしい。
先ほどまで近くで寝ていた沖田も、いつの間にか姿は無くなっていた。
ガヤガヤと騒がしくなる校内に、iPodの音量を上げようと手を伸ばしたときである。
バン!!!と扉の方から盛大な音がし、元気な高い声が耳に届いた。
聞き覚えのある声にそちらへ目を向けると、見たことのある奇抜な髪の毛。
セーラー服の上とスカートの下にジャージを纏った妙な女は、やはり先程見た『変な女』であった。
「いい天気ね!」
眩しそうに空を見上げていた少女は、何処か空の青にうっとりとしているように思えた。
しかし何故ここへ来たのか?
もしや自分のことをしらないのであろうか?
そうぼんやりと考えていると、空を眺めていた少女がこちらへと顔を向ける。
「おい、お前高杉アルか!?」
どうやら自分のことを知ってて来たらしいが、それにしてもおかしな口調である。
「あぁ。」
答えてやると、さっと手を出された。
「?」
「その雑誌!
読んでないなら寄越せヨ!」
「は?」
彼女が示した先には、朝にタバコを吸いに来た銀八が置いていった艶かしい美女の写真が載ったイカガワシイ雑誌が落ちていた。
その写真が目に入って、二人とも一瞬の沈黙に落ちる。
「…お前そういう趣味アルか?」
自分が言おうと思っていたことを先に言われて思いきり眉をしかめた。
どうやら彼女もなんの雑誌か言う前は見えていなかったらしい。
「ちげーよ。銀八が持ってきたやつだ。
雑誌が欲しいならこっちやるよ。」
そう言って未だにドアの前から離れずにいた彼女に投げてよこしたのは、朝に来て、そのまま忘れていった万斉の音楽雑誌。
読むわけでもなさそうだが、雑誌で一体何をするのかと思っていると、開いて頭に翳していた。
「?」
翳したあと、漸くドアから離れて、臆する事なくこちらへと歩み寄ってきた。
「アリガトヨ!
私、日の光浴びれないネ!」
にこやかに言った彼女は、自分の前に許可も無く座り込んだ。
「それで傘差してたのか。」
別に気に止めること無く言うと、「さすが私、有名人アルな?」と目の前の少女は自慢気に笑って見せた。
そんなはずないだろ。と思ったが、実際他の生徒たちがどうなのか知らないので、高杉は否定するのも面倒くさく、そこはスルーを決めた。
「病気か?」
「生まれつきの体質ネ。
だから皆が羨ましいアル。」
何故?と問えば、体育も全部出来るだロ?と返ってきた。
「さっきでけぇ声あげて体育やってたじゃねえか。」
やっていたのは授業と言うよりは授業妨害だったが。
「…サッカーはネ。
手を使わないから傘差しててもできるアル。
プールなんて傘持って入れないから夏は最悪ヨ!」
寂しそうに笑った彼女が、「だから皆が羨ましいアル。」ともう一度呟く。
それに何も返せる言葉のない自分に、高杉は自分でも理解不能な苛立ちを僅かに感じた。
「…で?太陽に嫌われたお前が何しにこんな晴れくさった日に一番日差しの強い昼に来たんだ?」
少しの悲しさが、一瞬だけその空色の瞳に広がり、言い知れない苛立ちがその体積を増した。
「お前に会いに来たネ。」
「は?何で。」
「さっきサドヤローに屋上にいる高杉には絶対近づくなってこの私に命令してきたからアル!」
先程の寂しげな笑みは何処へ行ったのか?
憤慨した様子の彼女は"サドヤロー"に腹を立てているようだった。
高杉の知る中でのサドは複数いるが、今までの流れからいって沖田であると確信した。
(報われねーなぁ。)
内心でほくそ笑んでいると、いきなり強い風が屋上を吹き抜けた。
ビュウという風が吹き抜ける音に混じって、小さな悲鳴が聞こえた。
見れば、先程渡した万斉の雑誌が風に飛ばされて階下へと落ちていくところだった。
追いかけた少女は、金網越しに落ちてゆく雑誌を見ていた。
「ごめんアル、雑誌落としちゃったネ。」
そう言いながら振り返る少女に、咄嗟に頭から着ていた学ランを被せていた。
「高杉…?」
「被ってろ。」
驚いたように黙ってこちらを見ている少女の視線を感じ、居心地の悪さを感じる。
「ありがとヨ。」
「…あぁ。」
自分でも意外だった行動に戸惑いながらも、チラリと少女の方へ向けば、影の下に白い顔がクッキリと浮かんだように見えた。
「お前…肌が随分と白いな。」
思わず伸ばしそうになった手を慌てて下ろす。「…こういう家系アル。
私の家族はみんなこうアル。」
「家系?」
「先祖代々…お日様に嫌われてるネ。」
また寂しそうに笑った彼女を見て、先程同じ言葉を口走ってしまった自分の口を、過去に戻って塞いでやりたくなった。
(…柄じゃないよな。)
「だから、
お日様に嫌われても、この蒼い空には嫌われたくないアル。」
そっと学ランの中から空を伺う青い空色の瞳を、空が嫌うようには思えなかった。
「俺は嫌いじゃねえよ。」
「え?」
彼女の瞳が見開かれて自分がまたおかしなことを口走ったことに気づく。
少なくとも、らしくはない。
目の前の少女は、照れたように深く学ランを被り直してしまった。
「おい…;?」
そしてまた、ハッとしたように顔を見せた。
見えたのは、満面の笑み。
その反応に、今度は高杉がその片方しか見えない目を見開いた。
「どうし…」
「お前、お日様の匂いがするアル!」
嬉しそうに、羨ましそうに細められた目に、高杉は知らず見とれていた。
そんな高杉に気づくことなく、少女はスックと立ち上がった。
「?」
「ありがとネ、高杉!
お腹空いたから、私教室帰るヨ!」
「あ、あぁ。」
そのまま屋上のドアの方へと走って行く少女に、慌てて声をかけた。
「お前、名前は?」
口にしてから、彼女の名を知らなかったことに気がついた。
それに振り返りながらキョトンとした少女は、ニッと笑って見せた。
「神楽アル、『神楽様』って呼べヨ!
クラスメートの名前ぐらい、教室行って覚えるヨロシ!」
それだけ言うと、開いたドアの中へと吸い込まれるように消えてしまった。
呆気に取られた高杉は、一気に静けさを取り戻した屋上で小さく笑みを漏らした。
(神楽か…おもしれぇ。)
クツクツと笑って立ち上がると、高杉は今さっき神楽が消えたドアの方へと歩み寄る。
そしてドアを開くと、学ランを取り戻すべく教室へと向かうのだった。
ついでに、今頃内心じゃ焦ってるだろう沖田もからかってやるために。
おわり
*
確か映画化記念に書いたので高杉です