功介×真琴→千昭

※"あなたのもとへ"続編



もうお前が居なくなって何十年と経った。
なぁ…知っているか?


何十年経とうがあいつの中のお前はあの頃のままちっとも色褪せはしないんだ。


たった数ヶ月しか共に過ごさなかったお前のことを、あいつは俺のものになっていようがまだ待っているんだよ。





この季節…イヤでも思い出すのはやや明るい髪色をした1人の少年。

杖をついて上を見上げれば、どこまでも澄んだ青とそれに重なるような入道雲。

ますますもってあの日々を思い出す。

もう受験の年だというのに、相変わらずアイツは野球をしたがった。
結局放課後はボールが見えなくなるまで付き合わされたのをおぼえている。
あの頃君は、よく笑っていた。アイツがいたからだろうか?


カサリ…と、片手にもつナイロン袋の中の薬が入った紙袋が音をたてた。

妻は…真琴の体は重い病に蝕まれていた。
引退したとはいえ、医者でありながら自分が一番側にいたはずの妻の病に気づけなかった時は、自分の愚かさを呪った。




真琴はなかなか付き合うことも、結婚することにも首を縦には振ってくれなかった。

理由なんて、何度も言われてきたからわかっていた。

お前が誰を待っているのか…誰を想っているのか。

それでもいい。

そう言ってやっと口説き落としたときは、アイツが居なくなってから10年以上たっていた。


「ただいま。」


うちに入って玄関からそう声をかければ、奥から「お帰りなさい」という高い声と共にパタパタと軽い足音が近づいてくる。


「ただいま。」


にっこり笑った孫娘の頭を撫で、自分も柔和な笑みを浮かべた。


共働きの両親の代わりに留守を努めてくれていた彼女にお土産のお菓子を渡すと、可愛らしく嬉しそうに笑って礼を述べた。

ピンポーン

突然聞こえたインターホンに、2人は顔を見合わせる。
孫娘に薬を預け、功介は玄関の戸を開いた。

「はい…どちら様です…
か…」


開いた先にいた人物に、功介の思考が止まった。


「…そん…な。」


信じられない。

まるで幽霊を見るかのような目で功介はその突然の訪問者を見つめた。


「千…昭?」

その姿は、あの頃の彼とほとんど変わってはいなかった。

(ま、待て…千昭なハズないだろう。
落ち着け…息子や孫って可能性もある)

混乱を落ち着かせるように、短く刈られた白髪混じりの髪を鷲掴む。


「初めまして…間宮と申しますが、祖父の使いで訪ねさせていただきました。
真琴さんはいらっしゃいますか?」


その言葉に、功介は目元のシワを深くして苦笑をもらした。


「失礼したね。
君は千昭の孫かい?」


その言葉に、目の前の青年は笑みだけで答えた。

その笑みがひどく寂しそうで、功介の胸に何かがつかえた。


「真琴…妻は奥の部屋に下りますよ。」


そう言ったとき、ちょうど孫娘が奥の部屋から玄関へと顔を出した。


「おじいちゃん!玄関で立ち話なんて失礼よ?」

呆れた様子の孫娘に、青年は苦笑をもらした。


「あぁ…そうだったな。
えっと…間宮さんはおばあちゃんに用がおありみたいだからご案内してあげてくれ。」

その言葉に元気に返事を返した孫娘は、早速真琴の部屋へと青年を案内した。






真琴の部屋から1人戻ってきてお茶の支度を始めた孫娘に声をかける。



「熱いお茶を出すのか?」


外は今が盛りの暑い夏。

熱いお茶が好きな者もいるが、こういう時は冷たい方がいいのではないかと助言をしたのだが余計なことを言ったらしい。
孫娘は腕を組んで考え込んでしまった。


「悪かった。…間宮さんにどちらがいいのか聞いておいで。」


そうもう一つ助言を与えると孫娘はパッと笑って真琴の部屋へと向かった。
その孫娘の素直な後ろ姿を見送ると、功介は一度自室へと向かった。


自室からキッチンへ戻ると、孫娘が冷たいお茶を入れているところだった。

「冷たい方だったのか。」

そう声をかけると、チラリとこちらを向いて首を振った。

「何だかお話中だったからやめたの。」

「そうか。
真琴は…おばあちゃんはちゃんと喋れてたか?」

用意してやった茶菓子を渡しながらそう問うと、短い髪を揺らしてまた横に首を振る。


「おばあちゃんの声よく聞こえなかったけど…
ねぇ、あのお兄さんおばあちゃんと仲いいの?
もっと野球したかったなぁって言ってたよ?」

「!!?」


その言葉に、眼鏡の奥の功介の目が見開かれた。
夏だというのに冷たい汗が背中を流れる。

(まさか…)


動かなくなった祖父を不思議に思いながら、少女はお盆を持って真琴の部屋へと向かった。





今になって迎えにきたとでも言うのか?


真琴がどれだけ待ってもこなかったのに…

しかもあの頃と変わらぬ姿で。


言いたいことがいっぱいあった。


聞きたいこともたくさんある。



けれど真琴が彼を前にしてどんな顔をしているか…

もしかしたら部屋にいないかもしれない…

それを見ることが恐ろしくて真琴の部屋へ行くことが出来なかった。


「おじいちゃん!!」

「;!!」

孫娘の声に、一瞬にして思考の波から戻ると功介はその声の主に振り返る。

そこには少し慌てた様子の孫娘が、妻が大事にしているアルバムを抱えて立っていた。

「どうした?」


努めて優しく声をかけると、急いであるページを開いて見せた。


「間宮さん居なくなってて、ここに入ってた写真もなくなってたの!」


開いたところには、あの頃の彼女とあいつが写った写真があったはずだ。

そのアルバムを抱えたまま、功介は年をとって悪くした足を引きずって妻の部屋へ向かった。

そこには彼の姿はなく、開いた窓からは温かい風が入り込み、静かに白いカーテンを揺らしていた。
眠る彼女の手を握れば、氷のように冷たい。


「真琴…?」


顔に触れようとした指が、動きを止めた。
そのあまりにも安らかで、幸せそうな笑みに。
そして、明らかに真琴のものではないであろう頬に溜まる水滴に。


彼が何のためにここへきたのかわかった。
そして、彼女がもう二度とその目を開くことがないことも。



「真琴…」


ポタリと…年輪の刻まれた頬の上を滴がつってシーツに染みを作った。


「お前は幸せだったのか?
俺との結婚を…後悔してはいないか?」


物言わぬ彼女は、ただ穏やかに微笑むばかりだった。

ふと、アルバムの間からはみ出る白い紙に気づく。

「?
…!!」


そこには彼女の震える手の筆跡で、『功介ありがとう』とだけ書かれていた。


「なぁ…真琴。
生まれ変わったらまた野球しよう…3人で。」


それだけ言うと、功介は冷たくなってゆく真琴の体を抱きしめた。







今度は…今度こそは

お前の手から真琴を奪うよ。


千昭





功介が毎回可哀想な文しか書いてない(汗)


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