(功介)×真琴→千昭

※極端に未来設定…真琴がばあちゃま






―この季節


相変わらずこちらは蝉がうるさくて

青い空が広がっています。









家族が窓際に置いてくれたベッドの上で1日の大半を過ごすようになって、もう数ヶ月たつ。

それ以来窓ガラス越しの空を見続けていたが、病院で1人過ごす日々よりはだいぶいい。

また季節は巡って夏がきた。

しわくちゃの老婆になった今なお…この空を見上げると、17のあの夏の日の自分と

あの頃のまま変わらないでいるあなたを思い出す。


「絵は…届いたかしら?」


年月を経て嗄れてしまった声でそう呟く。
やれるだけのことはしたと思う。

病気と年を重ねたお陰で痛みを伴いながらもうまく動かぬ体を起こし、ベッド横の棚の上に置かれたアルバムを手に取った。

やや角が擦れたアルバムの表紙をめくると、まだあどけなさの残る17の頃の自分や友人たち。

懐かしい日々を映し出したその写真の中に、ほんの僅かに写ったオレンジがかった髪色の彼。

しわの寄った人差し指でその顔を撫で、あの頃を思い出し自然と口元がほころんだ。

君には結局会えなかったけれど…

でも君を想ってやってきた仕事はとても楽しかった。

ねぇ…未来は少し変わったかな?


まだ君に会いたいって思ってるなんて…バカだよね?

こんなしわくちゃなおばあちゃんじゃ…会ったってしょうがないのに。

そっとイタズラを隠す子供のように辺りを見回して、アルバムの中で唯一自分と2人きりで写っている写真の彼に接吻けた。


もうどんな声だったかも、どんなふうに喋ってどんなふうに笑っていたかも記憶は薄れてしまって曖昧だ。

そっと窓を開くと、クーラーの効いた部屋にむっとした生暖かい風が入り込み、白いカーテンを揺らす。

風を感じた瞬間、あの夏の日のグラウンドに立っているような錯覚に陥った。

自分の手には、白いボールとよく使い込んだグローブ。

『真琴!!』



その声に振り返ればバッドを構える功介と

腰を落としてグローブを構え、ニヤッと笑った君。


『何ボサッとしてんだよ!!
早く球投げろよなー!』

そう言った君が、あの日のままだった。


バサッ

「!!」


ハッと気づくと、そこはいつものベッドの上で…。


青い表紙のアルバムが開いたまま床へと落ちていた。
そのアルバムをただ…切ない気持ちで見つめ、入道雲が立ち上る空へと視線を写す。

もし生まれ変われたら…


ううん。

絶対に生まれ変わる。

絶対にあなたと同じ世界の中に生まれ落ちる。


そしたら私のこと見つけてね?
もう二度と離さないでいて。

どうか…ずっとそばにいて。





「おばあちゃん?」

小学生の彼女が、自分の祖母である真琴の部屋の前に立ち声をかけた。

しかし中からは返事が返ってこない。

「あのね、おばあちゃんにお客様なんだけど…

間宮さんって人なの。」

けれども中からは返事が返ってこず、仕方なく彼女は真琴の部屋の戸を開いた。


「…おばあちゃん?」


そこには窓を開いたまま、横になった祖母がいた。


「ごめんなさい。
…眠ってしまったみたい。」


そう後ろに立つ、少年から青年へと変わろうかというくらいの若い男に声をかけた。

「いや、構わないよ。」


そう言って部屋へと入った青年を、彼女は不思議に思いながら見つめると、部屋の戸を閉めた。


(おばあちゃんにあんな若い知り合いいたのかしら?
でもどこかで見たような…)


その疑問は後で本人に聞いてみようと、お茶を入れるためキッチンに向かった。


「かわいい孫だな。
お前にちっとも似てねえよ。」


苦笑した彼に、返事は返ってこない。近くにあった椅子に腰掛けようとしたとき、足元に落ちていたアルバムを拾う。


「懐かしいな…。


野球…もっとしたかったな。」

そう言ってアルバムを棚へ戻すと、青年はシワの寄ったか細い手をそっと宝物のように手のひらで包む。

瞼を閉じたままの真琴の白い髪を、暖かい風が揺らした。





…ポタ


ポタッポタタ…



重なった手のひらに、温かい雫がいくつも落ちた。




「お前の…最期の日を知って、つい来ちまったよ。」


苦く笑って、だんだんと冷たくなってゆくその手に、自分の額をスリ寄せる。


「間に…合わなかった。」


かといって、もう一度過去に戻ることなど出来なかった。
命の消える瞬間を、またこの目で見ることが出来なかったから…。

なのに…


「…真琴。」

そう名を呼ぶと、僅かに開いた瞼。

信じられず目を見開いて彼女の手を握って顔をのぞき込むと、蚊の鳴くような声で言葉がつむぎ出された。


「…ち…あき、待って…て…?
わたし…生ま…れ変わる…から
そしたら…伝えたいこと…あるの。」

そう言った彼女が笑ったように見えた。


「真琴!?」


流れる涙が止まらない。もう一度名を呼んでと、もう一度…こちらを見てとそのあまりにも儚い体にすがりつく。
けれども願いは虚しく真琴は再び力なく瞼を閉じた。


「…真琴…
待ってる。
いつまででも待ってるから。」


そっとその年をとった彼女の頬に口づける。
ポタリと彼女の顔へと涙が水たまりを作った。


「好きだよ…真琴。」








お茶を持った彼女が部屋に入ると、そこに青年はいなかった。

ただ…開いたままのアルバムが、真琴の枕元に置いてある。


中を見れば、よく祖母が見せてくれたお気に入りの写真がない。


「あ」


その写真に写っていた少年の顔を思い出し、彼女は小さな悲鳴を上げた。





千昭

あなたが好きって
また言えなかった。

ずっとあなたに会いたかったのよ?

でも大丈夫。

待ってて…すぐに行くから…

会いに

走っていくから。










それから遥か遠い未来。


「あの…間宮さん?」


その声が誰かに似ていて…

その眼差しが誰かに似ていて…


野球が大好きなのは

偶然だろうか?



おわり





おばあちゃん設定…それでもいいと思った(笑)


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