堂郁
婚約期間
*
お風呂上がりの湯気を上げながら、靴を穿く郁の横に誰かが立ったのが気配でわかった。
「!篤さん。」
「コンビニか?」
見上げた先には、上着を引っ掛けたスウェット姿の篤が立っていた。
「あ、アイスを買いに…。」
少し眉をしかめた篤に気が引ける思いでそう言うと、篤も靴を玄関のタイルの上へと下ろした。
「あ、篤さんもお買い物?」
「…まぁな。」
郁にわからないように小さくため息をつくと、玄関のドアをくぐった。
少しひんやりとした空気の中郁も引っかけてきた上着の襟元をかき寄せる。
「寒いですねー。」
「ったくアホか貴様…
頭ぐらい乾かしてこい!!」
まだ湿り気のある髪に、堂上の眉間のシワが深まる。
「ご、…ごめんなさい;」
謝る郁にため息をつくと、郁の手を少し乱暴に奪った。
「え?///」
当たり前のように繋がれた手が、外気で少し冷えた郁の手を温める。
「い、いいの?;///」
何が…なんて言わなくてもわかる。
いつも行くコンビニは図書館から一番近い。図書館職員ならよく利用するのだ。誰かしらいてもおかしくはない。
手を繋いで歩いているところをもし知り合いに見られれば、堂上が嫌いな周りのからかいが待っているだろう。
「…ひとつ向こうのコンビニに行けばいい。
そしたらもう少し長く一緒にいれるだろ?」
「!!///」
その言葉ににやけそうになる郁だが、冷静でいなければと妙な考えが働く。
「で、でもいつものコンビニの近く通るから誰かに…」
「最近あんまり郁と2人でいれなかったんだ。
…少しくらい充電させろ。」
「!!!!//////
…はぃ。」
そんなことを言われてしまえば、嬉しくてもう何も言えなかった。
いつも一緒にいるのに寂しいとか考えてしまう自分と、彼も同じことを考えていてくれたことが嬉しかった。
繋いだ手に、キュッと力を込める。
「だいたいな…女が1人で夜に歩き回ったりするんじゃない!
しかも風呂上がりの軽装備で…
夏なんて肌を露出しまくった格好で歩き回るだろ!?
あれはやめろ!いい加減。」
説教モードに入った篤に郁が不満げに唇を尖らしたのを見て篤は眉をしかめて顔を郁と反対に向けた。
「危なっかしくて心配になる…
お前は女なんだからちゃんと回りに気をつけろ。」
尖らした唇が呆気にとられて開かれる。
「篤さん…そんな心配しなくても大丈夫だよ?////
ほ、ほらあたし鍛えられてるし…だいたいこんな大女に挑みかかってくるやつなんて…」
「バカ!!お前は女の…自分の魅力に対する自覚が無さ過ぎる。」
「!!!/////」
当たり前のように女の子扱いをしてくれる篤に、恥ずかしさと嬉しさで顔がにやけていくのがわかる。
もう1人の教官が過保護と言っていた意味がほんの少しわかったような気がする。
親友に愛されてるわね…とからかわれた言葉も思い出されて顔が火照ってくる。
「郁?」
何も言わない郁を不審に思い、篤が顔をのぞき込んできたため、郁は大いに慌てた。
「な、何でもないっ/////」
真っ赤な顔が見られたらどうしたらいいのだろう?
からかわれたら余計に恥ずかしくなるのはわかっていた。ふいに繋がれた温もりが離れ、寂しさを覚える。
「風邪引いたのか?」
そう言われてすぐ、ふわりと頬を包んだ温もりに、胸がひとつ大きく音をたてた。
ゴツゴツとした手が郁の冷気で少し冷えた頬を包み、篤のまっすぐ見つめてくる黒い瞳から逃れられなくなった。
(わ、わ、わ…////
ち、近い…///)
また上がる体温に、郁の目は行き場をなくしてまっすぐに篤を見つめ返す。
それはまるで接吻の寸前のような…
そう思った途端に離れてゆく頬の熱。
再び訪れた名残惜しさに、ついその手を上から抑えた。
「!…郁?」
少し驚いた篤に見つめられ、とっさに俯くとまた頬を包まれて顔を上げさせられる。
「してほしかったのか?」
「え!!?///」
ニヤリと笑った篤に、ドキリとした。
「べっ//
別にそんなこと思ってな…」
言葉の続きは突然に奪われた。
その唇で。
視界いっぱいに写る篤の顔。
柔らかい感触に、今まで抗議しようとしていた言葉など頭の中からすっ飛んだ。
唇が離れていっても、その余韻が頭を痺れさせる。
「…したくなったんだ。」
言い訳のようにそうポツリとこぼした篤の眉間に皺が寄っており、笑みがこぼれた。
「…だからってこんなとこで…。」
文句だけはそう言ったが、真っ赤な顔で笑う自分に説得力はないだろう。
「…さっさと行くぞ!
消灯時間になる。」
そう言って奪うように郁の手を篤が鷲掴む。
「はい。」
まだほんのり赤い頬を押さえ、引かれるまま郁は足を踏み出した。
繋いだ手を、そのまま篤の腕に絡めて。
寒いのも悪くないなぁ。
なんて呟きながら。
女の子扱い
恥ずかしいけど…あなたからなら嬉しいな。
*
基本的にこの二人は甘くなりますね