堂郁
恋人期間





午前中に訓練をした後のレファレンス業務は、正直きつい。
今日は特に利用者が多く、貸し出しする書籍を探す量はいつもより多かった。
それでも郁が配属されたばかりの頃よりは断然ましだ。
差し戻しもなくなり、教官としては少し誇らしい。

「む、こんな時間か。」

ふと腕時計を見ると休憩時間に入っていた。
レファレンスのコンピューターがある方を見ると、利用者から見えない机で寝ているやつがいた。

「…お前はまた;」

どうやら小牧と手塚は休憩中で外に何か買いにでもいったらしい。

「確かに休憩中ではある…けどなぁ…。」

無防備な寝顔は、いつ見ても少し幼くて可愛らしいから篤は気に入っていた。

「笠原。」

そう呼びかけるが反応は皆無だ。
小さく溜め息をつき、周りに誰もいないかを見回した。
いないことを確認すると、サラッと頬にかかる少し茶色い髪をかきあげる。

「起きろ…郁。
起きないと…襲うぞ。」

ボソリと郁にしか聞こえない声量で、郁にしか聞かせない声質で呟くと、篤はその少し開いた唇を奪った。

ここまでして、未だに郁は起きる気配がない。
それどころかニヘラと笑って「篤さぁん…」と寝言を漏らして幸せそうに夢を見ている。

「ったく…可愛いやつ。」

苦笑を漏らすと、篤は隣にあった椅子を引き寄せて腰掛けた。
そっと手を伸ばし、いつものように頭を撫で、髪を梳く。
そうするとますます郁の顔は幸せそうに緩む。

付き合う以前は、自分を抑えようと必死だった。

頭を撫でたり、手を握ったり…

(…待て。)

今になって冷静に考えてみると自分はセクハラと言われてもしょうがないぐらい触ってはいないか?
抱きしめたりもあった気がする…。

(俺って…危ないやつなのか;?)

過去の自分を思い出し、周りにはどう見えたことだろうか?と篤は頭を抱えた。

(それにしても…郁はイヤじゃなかったのか?)

恋人でもない。
ましてや自分のことを好きだと思う以前に触られたときはどう思っていたのだろうか?

(笑ったり…お礼言ったりしてきたような…
向こうからしてきたときとか…)

そこまで考えて篤は手で顔を覆った。
恥ずかしいとかではない。
口元がにやけてきてしまってしょうがないのだ。

(やっぱり…可愛いやつだ。)

そう思ったとき、篤はハッとして腕時計を見やった。
休憩時間はあと少しで終わりそうだ。

「…。」

ふとまだ幸せそうに眠る郁を揺する。

「…郁、起きろ。」

つい口をついた言葉を訂正する。

「笠原、起きろ!」
「ん…篤さん。」

せっかく自分は上官という立場に戻ったというのに郁は未だ寝ぼけているらしく、幸せそうに微笑んだ。
その顔を見て、つい篤も微笑んでしまう。
つまりは自分はやはり郁には甘いらしい。

「Σは!あ、ど堂上教官!///
…何かいいことありました?」

周りを見て職場であることを思い出した郁は、慌てながらも姿勢を正した。
少し寝ぼけていたことに恥じらいつつも、珍しく柔らかく微笑む堂上に小首を傾げた。

「いや…。」

そう問うと、途端にしかめられる眉。

(あ、照れ隠し。)

付き合ってから気づいた篤の癖に、郁はさらに小首を傾げる。
そんな郁に見つめられ、篤は小さく溜め息をつくと、わしゃわしゃと郁の頭を撫でた。

「お前が可愛かったんだよ////」

ぷいっと背けた顔は、若干赤い。

「へ…?///」

不意打ちに頬を染めたが、寝ていた間のことなどわかるはずもなく、自分は何かしたろうかとさらに首を捻るのだった。

そんな2人を見て廊下で笑いをこらえている男と、ため息をつくその部下が入るタイミングを計りかねているとも知らずに。







知らぬは彼女ばかりなり。




甘いよ…糖尿になるよ



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