堂郁
革命後




平日の午後、図書館には学校帰りの学生や子供たちが借りたい本を探し、年配の利用者がソファーにゆったりと座り本を楽しんでいた。


「平和ですねぇ。」
「気を抜くなアホ。」

のほほんと言う郁に横を歩く堂上が呆れた様子で釘を刺す。

今日は午後から郁は堂上とペアで館内警備の担当となっており、先程まで館の外側を歩き廻って中に入ってきて見るとこの状況だった。


「この時間て女子高生多いですよね。
特に最近。」



時間はだいたい5時くらい。
夏休みも終わり、平日の昼間は、主婦や老人、幼児しかいなくなり、学生は休日やこの時間にしか見なくなった。
しかし夏休み前よりも明らかに女子高生が増えている。
しかも本を見ると言うよりは辺りをキョロキョロしたり小さな声でお喋りしたり。


(なんなんだろ…?)


「堂上。笠原さん。」
「あぁ、小牧。
中はどんな様子だ?」


後ろから館内の警護をしていた小牧・手塚組が堂上たちに話しかける。



「!…?」




視線を感じ、郁は辺りを見回すが、何ら変わったことはない。



「館外は今のところ異常はない。」
「館内も今のところ何も無いけれど気になる利用者がいるよ。」



さっと堂上組に緊張感が走る。



「どんな利用者だ。」

「若い長身の男性。
学生っぽくて肩から青いメッセンジャーバッグを下げてる。
本を見るでもなく辺りをキョロキョロしたり、何かを待ち伏せてるように本棚の影からドアの方を見てて何か探しているみたいだ。」


「一応注意して見ておくか…。」



上司2人が確認しあっているのを聞いて、郁がふと思いついたことを呟く。


「でも本も見ないで辺りをキョロキョロしてる利用者なら最近多いじゃないですか。」


郁の言葉に3人の目がいきなり郁に向く。

「え?あ、いや最近いる女子高生の女の子そんな感じじゃないかですか;」

「まぁ…そうだな。
じゃあ交代だ。小牧たちは外を頼む。
俺たちは館内を廻る。」

「あぁ。」
「はい。」



そう返事をし、2人は自動ドアから外へと出ていった。


「…!」



「俺たちも行くぞ笠原!」
「あ、はい!」



4人で立っているときに痛いほどの視線を感じた。

その理由が何かやっとわかった。
2人が去ったあとに女子高生たちが囁きあっているのが聞こえてきたのだ。




かっこいい

と。



(…そうか。いつも一緒にいるから何ともないけど…。)



堂上班はルックスがいいと同室の親友が言っていたのを思い出した。
もちろん恋している相手はかっこいいが。

その言葉と、彼女らの好奇の視線を思い出して、心の隅っこがモヤモヤした。

あの視線の中には、もちろん目の前を歩く恋人の堂上も入っているのだ。



「笠原?
具合でも悪いのか?」


ずっと下を向いていた郁を心配に思い、堂上が立ち止まって郁の額に手のひらをあてた。


「///;!!」
「熱はないようだな。しんどければ休んでいるか?」
「い、いえ!平気です!!//////」



(不意打ち過ぎ!!)




郁の返答を聞き、堂上は「そうか」とだけ言ってそのまま前をまた歩き始めた。
その背中を見て少し名残惜しい気持ちを抑えながら、郁も堂上の後を追いかけた。




しばらく歩いて一階を廻り終えた頃、後ろから声をかけられた。




「あの、すいません!!」




振り返って郁はつい眉間にしわを寄せてしまった。
それは先程きゃあきゃあと騒いでいた女子高生たちだ。



「どうしました?」



わかってはいないのか堂上は律儀に答える。
と、その時後ろの方にいるこたちがコソコソ話しているのが聞こえた。




「あっちの背、高い人たちもかっこいいけどこの小さい人もかっこいぃ。」
「あ、でも後であの2人にも声かけない?」


(ちっさいって…!!(怒))



自分がかつてあれだけ貶した部分を、他の女のこに言われてちょっとむっとした。

「あの、よくレファレンスの方にもいらっしゃいますよね?」
「え?えぇ。」
「やっぱり!あ、本探したいんですけど、探して貰えません?」
「今は警備をしていますのでレファレンスは担当の…」
「私たちあなたがいいんです!」



最早彼女らの眼中に堂上より長身なはずの郁はいなかった。
しかも利用者の立場を忘れず、本についての要求なのだ。無碍に断ることもできない。



「あの、彼女いますか?」
「は?」
「いたらめっちゃ可愛い人ですよねぇ。
あ、いなかったら今度遊びに行きません?」



可愛い人…。

彼女らの勝手に想像する可愛い彼女はきっとこんな大女ではないのだろう。
今になって女子高生たちがほとんど堂上よりも小さいことに気づく。



(…もういやだ。)



泣きたい。



「いや、あの」
「堂上教官!私、先に行っていますね!」



それだけ言って何となく敬礼もつけてそのまま堂上の顔も見ずに足早に立ち去った。


「笠原;!」


呼び止める声も聞こえないフリ。


「かさ…」
「堂上さんって言うんですか!?」
「教官だって!
あたしも教えてほしい!」



郁を追おうとした堂上だが、利用者という立場の女子高生を前に、追うことも出来ず、眉間に皺を寄せそうになるのを必死で抑えた。

自分が子供じみたことをしているのはわかっていたが、あそこにいるのがいやだった。



「彼女いるって言えばいいじゃない…。」



それこそ自分が言いたかった。
その人は自分のものだと。
でも女子高生たちが言った可愛い彼女というのが頭から離れなくなり、自分が彼女と名乗れる自信がなくなってしまった。

「…トイレいこ…。」


とぼとぼとあまり人のこない方のトイレへ向かった。
ほんの少し涙が出そうになったから。

そのトイレへと向かう廊下は、閉架書庫があったりあまり使われていない会議室があり、人はあまり通らない。


(ヤバい…出てきた。)


誰もいないと思った途端、抑えていた涙がこぼれてきて、郁は急いでポケットからハンカチを取り出す。


「あの…」
「っ;!!?」


いつの間に後ろにいたのか、利用者らしき人がおり、郁は急いで涙を拭う。


「ど、どうされましたか?」


慌てたせいで涙を拭ったハンカチを床に落としてしまった。


「あの…」
「?」



その利用者は背が高く、けれどもどこか落ち着かない様子だった。



「あ、道に迷われたんですか?
じゃあ閲覧室の方まで案内しますね。」



無理矢理笑ってなんとか普通を装った。



「ありがとうございます。」
「…じゃあ、行きましょうか?」



そう言って、ハンカチを拾おうと身をかがめた時だった。





ガチャリ


(え?)




ドアが開いた音がした。
かと思うと、突然身体に痛みが走った。


「わっ;!!?」

ドサッ
バタン!!


そして今度はドアが閉まった音。
痛みに閉じていた瞼を開くと、見慣れない天井と、先程の利用者。




「え???」

状況が理解できず、自分を見ると、どうやら押し倒されたようだった。



「なに…」
「笠原さん、あの、好きです。俺、いつもあなたのこと見てたんです!」
「え;!!?」




もがいて逃れようと試みるが膝の上に乗られているため、足は動かず、手首はがっちりと押さえられており、身動きできない。
男は空いた手で肩から下げたバッグを下ろした。


「!!??」


そのバッグを見て郁は目を見張る。


(青い…メッセンジャーバッグ!!)


目の前にいる男は、先程小牧が言っていた不審人物だ。
そして先程自分に感じた痛いほどの視線は、この男から発せられたものだったのだ。

男が郁の腰に巻いてあったベルトをシュルリと抜き去り、それを絡めとった細い手首を巻きつけ近くにあった机の脚に縛り付けた。


「やっやだ!!
なにすんのよ!?;」


「聞きたいですか?」



男の顔がとても近くにあり、郁は背筋がぞくりとした。



「いやぁあぐっ」


叫ぼうとしてすぐに口をふさがれた。


(いつもならこんなのすぐに返せるのにっ)

男の身体は逞しく、動きの良さから何か格闘技をしているようだった。



「あなたは脚が綺麗だといつも思ってたんですよ。」



そう言った男の手が、郁のズボンのフックを外し、ジッパーを下げる。



「んんっ;!!!!」
(やだ…)


ズボンが半分剥がされ、一番下にある白い布地が外気にさらされる。


(篤さんっ!!!!!!!!)



バンっっっっ



「郁!!!!!!!!!!」

「!!」

乱暴に開けられたドア。
それを見上げて郁は涙がこぼれた。



「んっのやろ…!!!」




遥かに堂上より大きな男を、堂上が一発で殴り倒して吹っ飛ばした。
吹っ飛ばすとすぐに上着を脱ぎ捨て郁に被せて抱きしめる。



「笠原さん!!」
「堂上二正!!」


「確保だ!!!」



堂上に少し遅れて入ってきた2人は、状況をみて瞬時に理解した。
堂上の怒号を聞く前に手塚も小牧も部屋の隅でうずくまる男に向かい、男は直ぐに確保され、連行されていった。

部屋で2人きりになり、堂上は拘束された郁の腕を解いてやると、痛々しいほどの痕がくっきりと残っていた。



「…ありがとうございます。」


ニコッと笑った郁の目から涙が頬を伝い落ちるのを、堂上は腑が煮えくり返る思いで見、郁を抱きしめる。


「もっと早く見つけていたら…。」



悔しげに絞り出される言葉に、郁も胸が苦しくなった。


「篤さん…大丈夫。
…でも、少し悔しい…。
もう少しあたしが強かったら…。」



最後の方は声が湿って震えてしまった。
堂上がぎゅっと痛いほど郁を抱きしめる。


「このアホが!
勝手に…先に行くからだ。」



堂上の語尾も震えているのは、気のせいではないだろう。
またこの人は自分を責めたりするのだろうか?


「すいません。
どうしようもないことだけど、あのこたちが言う彼女とはかけ離れてるんだろうなって思ったら悔しくなっちゃって…
逃げてきちゃいました。」
「俺はお前以外考えられない。」



即座に答えられたその言葉だけで嬉しかった。
よかった…と心から思えたから。
だから



「…ごめんなさい。
疑ったみたいで申し訳ないです。」


抱きしめてくれた腕が暖かくて涙がこぼれた。


「郁?」


優しく響く声が自分だけのために降り注ぐことに例えようのない幸せを感じる。



「篤さん…もう少しこのままで。
お願い…。」


恐怖なんて消えるくらい。

嫉妬なんて、羨望なんて消えるくらい。
ただあなたの体温を感じていたい。

大好きです。篤さん。







そんな疑問はもう消えた。




甘い…甘いよ


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