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名前に隼ちゃんと呼ばれるのが好きだと言えば嘘になる。
単純に男にちゃん付けするなという気持ちと、幼い頃からの関係は変わらないと告げられているようで。俺と名前の"幼馴染み"という関係は俺にとっては幸福であり苦痛でもあった。
しかし、それでも名前が「隼ちゃん」と俺の名を呼ぶと胸の奥底が甘く軋んだ。幼馴染みとして月日を隣で歩む内に、名前は家族と同じくらい大切な存在になっていた。
……名前にとっては俺はただの幼馴染みかも知れないが。

「隼ちゃーん!」

また名前が俺を呼ぶ。振り返れば名前が人懐っこい笑顔で走ってくるのが見えた。
目の前まで来ると名前は胸に手を当て息を整えてまた「隼ちゃん!」と俺を呼んだ。
「ちゃん付けで呼ぶなと言っているだろ」と少しキツめに注意すれば名前はひゃあと変な声を上げて頭を掌で覆い身を守るふりをする。大道芸人を目指しているらしい名前のリアクションは普段でもわざとらしいくらい大振りだ。しかし頭を覆いながらもクスクスと笑っている為わざとだとすぐに分かる。

「で、何の用だ」
「あっ!ええとね!」

パッと顔を上げてまたニッコリと笑う名前の次の言葉を待つ。頼られる事自体は嫌な気はしない。しかし。

「あのね、瑠璃ちゃんに……」

名前の頼み事の半分は俺の妹である瑠璃に関連した事だ。名前は瑠璃と仲がよく新しい芸を覚えては瑠璃に見せているらしい。
瑠璃と名前の仲がよいことは良い事だと思う。しかし、なんだ。仲が良過ぎないか。

「で、隼ちゃんに見てもらおうと……ねぇ隼ちゃん怖い」

気付けば名前が困ったような顔で俺を見ていた。考えに集中し過ぎていたようだ。
「すまない」と謝れば名前は少し訝しげな顔をした後ハッと息を呑んで「もしかして…」と口を開いた。その反応に驚いて思わず身構える。

「とうとう他人の口から瑠璃ちゃんの名前を聞いただけで怒るようになったのか!このシスコンめ!!」
「……シスコンじゃない」

あまりのズレた言葉にため息か混じった。何を期待してたんだ俺は、この鈍感な幼馴染みに。

「新作、見せるんじゃないのか」
「あ!すっかり忘れてた!見て見て!」
「今回は何だ?」
「今回はねぇ!バランス芸!」

それでも、頼みは聞いてしまうし呼ばれれば立ち止まって待ってしまう。
やはり名前は俺にとってはとても大切な存在で。
守りたいと思った。いつまでも傍で。出来れば、隣で。
そう思っていた筈だった。


瑠璃が攫われたあの日、名前は自分のせいだと泣き続けた。あの時瑠璃を1人きりにしなければと、傍を離れなければと。
ユートが名前を慰める中、俺はただ名前が落涙する姿を見つめる事しか出来なかった。

名前はレジスタンスではなかった。デュエルの腕はそこらのデュエリストよりも幾分も強かったがデュエルで人を傷付けられる程心が強くなかった。
俺はそれでも良いと思っていた。戦場に出れば危険が伴う。本当は瑠璃にも戦場になど出てほしくはなかった。
そうだ、俺が止めていれば良かったのだ。瑠璃がレジスタンスになることも。それなのに。

俺は自分を責める名前を心の中で肯定してしまったのだ。

名前が瑠璃と共にいれば。名前が瑠璃を1人きりにしなければ。
口に出した訳ではない。しかし表情や行動には出ていたかもしれない。事実俺は泣く名前の涙を拭う事どころか声を掛けてやる事すら出来なかった。
酷い男だ。己の判断や力量不足が原因だろうに名前のせいにするなど。
それに瑠璃もデュエルの腕は確かだ。その瑠璃が負けた相手、つまりもしも名前が共に居ても覆せない敵であったら、名前まで失っていたかもしれないのに。それすらも忘れ名前のせいにしてしまったのだ。


「私もレジスタンスに入れてほしいの」

その報いはすぐに来た。
自らも戦うという意志を告げた名前はただ無表情で、けれどその言葉と瞳に強い決意と憎悪が籠っている事は嫌でも感じてしまった。
あの憎悪は誰への物なのか。アカデミアへの物か、それとも。

「……良いだろう」

差し出したレジスタンスの証である赤いスカーフを、名前は躊躇いなく受け取った。

名前が出ていった後入れ違いに入ってきたユートと目が合う。きっと名前に渡したスカーフを見たのだろう『それでいいのか』と眼が言っていた。これでいいと思っている訳がない。しかしこれしか無かった。
瑠璃が居なくなり戦況は益々不利になり結果仲間達は更にカード化されていく。圧倒的な戦力の不足。名前という戦力を大切に仕舞っておける程の余裕はもう俺達には無かった。

事実、名前がレジスタンス入りした事により戦況は持ち直した。

「エクシーズ召喚!現れろ!ランク4、スノーダスト・ジャイアント!!」

名前は戦う。あの日まで絶えることの無かった笑顔は消え失せその瞳に憎悪を燃やし、人を笑わせ楽しませてきたその口は敵への怒号を上げ続ける。
......これは、俺の罪だ。護りたいと願った彼女を護るどころか傷付けた俺の、力が無かった俺の罪。

「......隼ちゃん」
「なんだ?」

俺の隣で名前が小さく俺の名を呼んだ。名前は今も前と変わらない敬称を付けて俺を呼ぶ。否定し続けていたその敬称が今は唯一の心の支えだなんて、苦笑すら出来ない。

「この戦いが終わったら、瑠璃ちゃんが戻ってきたら、私達はまた元の日常に戻れるのかな......?」

囁くような声で、名前は聞く。

「戻れる、戻してみせる。アカデミアの奴等を殲滅し、瑠璃を取り戻し、皆であの日常に戻るんだ」

俺がそう答えれば名前は俯きながら「そうだよね、戻れるよね」と言った。もう一度「戻れる」と答えて力無く垂れた名前の手を握ってやる。弱々しく握り返す名前を安心させたくて、手に力を込めた。


名前に隼ちゃんと呼ばれるのが好きだと言えば嘘になる。それは今でも変わらない。
だが名前に笑顔でそう呼ばれていたあの日常に戻れる為なら、俺は何だってしよう。
瑠璃を取り戻し、アカデミアを殲滅し、あの頃を取り戻せば......名前、またお前は笑ってくれるだろうか?




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