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「良いですかゴブリンゾンビ、いくら頼まれたからと言って私が寝ている時に勝手に他人を部屋に入れてはいけません。セキュリティ面でもプライバシー面でも良くありません」
『キィ?』
「もし招き入れたのが悪い人だったら私は寝ている間に危害を加えられる可能性だってあります」
『キィイ?!』
「分かってもらえましたか?」
『キィキィ!』
「いい子ですね」

早朝、昨日ヨハンが(勝手に)来た時間より早く起きゴブリンゾンビに留守番を任される子供に諭すような事を言い聞かせ深く頷く。
これでもう勝手に部屋に入られる事はないだろうとため息を吐いた瞬間、後ろ…つまりは入口の方からカチャリと金属音がした。驚いて振り返ると同時に扉が開く。

「名前!朝だぜ!」
「…………は?」

ゴブリンゾンビは私の正面に居る。ルビー・カーバンクルの仕業でも無さそうだ。しかし何故か扉は開き私の目の前にはヨハン・アンデルセンが「おっ!今日はもう起きてるのか!」と笑っている。

「……今度は何をしたんですか、今日も鍵掛かってましたよね?」
「ん?あぁ毎回ルビー達に開けてもらうのも大変だろうから先生に言って合鍵を……」
「この学校のセキュリティはどうなってるんですか!!!アホなんですか?!!」

思わず声の限りに叫ぶと隣の部屋からどてんという何かが落ちた音と「痛ぇ!」という十代の声が聞こえた。申しわけない。しかし全てこの留学生のせいなので怨むならこいつを怨んでほしい。


「......いいですかヨハン・アンデルセン」
「あぁ」
「とりあえず合鍵は返してください。で、私も頑張って早起きしますから先ずノックをしてください」
「俺が起こした方が早くないか?」
「早い早くないの問題じゃありません!」

眉間を押さえため息を吐く。
話が通じているのか不安だ。留学生だからではない、言語的には通じているのに考えが通じている気がしない。
悩んでいると『確かにヨハンが悪いわね』と声がした。驚いて声のした方を向くと目に映る薄桃色の毛と綺麗な紫色の宝玉。

「アメジスト・キャットは名前の味方かぁ」
『当たり前よ!ごめんなさいね名前、ヨハンが迷惑掛けちゃって』
「あ、いえ......」

突然の謝罪に思わずたじろいでしまった。
そうだ、そういえば先日のエキシビションデュエルで見た覚えがある。ヨハンの操る7体の宝玉獣の1体、紫水晶の猫。

「あ、名前にはまだちゃんと紹介してなかったよな?こいつはアメジスト・キャット!俺の家族だ!」
「家族連れてきすぎじゃないでしょうか留学生......」

サウス校から来たあの背の高い留学生も背負っていたワニを家族だったか友達だったかと言っていたし、なんなのだろうか。ホームシック対策?
そんな馬鹿な事を考えているとヨハンが「名前?」と横から不思議そうに顔をのぞきこんでくる。「なんでもありません」と首を振った。しかし、なんと言うか。

「ヨハンの所にいる精霊も喋れるんですね」

うっかりと零した言葉にヨハンが「名前の所は喋れるやついないのか?」と返す。

「えぇ、まぁ」
「俺名前の所の精霊はゴブリンゾンビしか知らないからなー。他にどんなやつがいるんだ?」
「そうですね......ダーク・アームド・ドラゴンやダーク・クリエイター、ダーク・ネフティス......ゴブリンゾンビ以外は大きい子ばっかりなんで滅多に顔を出さないんですよ」
「あー、確かにその面子だと喋れなさそうだな」
「事実喋れませんね」

万丈目のおジャマトリオや十代のヒーロー達を思い出す。万丈目は煩わしそうにするがそれでも相手の気持ちが明確に分かる手段があるというのは素晴らしい。
視線を落としゴブリンゾンビを見る。ゴブリンゾンビは目が合うと首を傾げた。私はどのくらいこの子達の思っている事、伝えたい事を理解してやれているのだろうか。それすらも分からない。

「でもさ、喋れる喋れないってそんなに重要じゃないと思うぜ?」
「............そう、ですか?」

落としていた視線を上げヨハンを見る。ヨハンは「あぁ!」と肯定しながら屈託のない笑みでまた口を開く。

「例え言葉が分からなくたって、姿が見えなくたって人と精霊は友達になれると思ってる。言葉なんか分からなくたって名前とゴブリンゾンビはそんなに仲が良いじゃないか!」

「初めて会った時、短い時間でも名前達の仲の良さは分かったぜ。だから俺は名前達と友達になりたい、名前とタッグを組みたいと思ったんだ!」と私の目を真っ直ぐ見て言うヨハンを私はただ見つめ返す事しか出来ない。
なんでそんな小っ恥ずかしい事を堂々と言えるのか。こっちが少し恥ずかしい。
返答に困っていると話を静かに聞いていたアメジスト・キャットが『ところで』と口を開いた。

『ヨハンの無断入室の話はどうなったの?』
「えっ?......あっ!」
「その話まだ続いてたのかぁ......」
『当たり前よ!いいヨハン?いくらパートナーだからって女の子の部屋に勝手に入るなんて非常識よ!』
「いやぁ早く起きてこの島探索したいし......ん?」
「......どうしました?」

突然ヨハンがキョトンとした顔で首を傾げた。ヨハンは目をぱちくりと瞬かせるとアメジスト・キャットに「女の子?」と聞き返した。今度はアメジスト・キャットが『............はい?』と首を傾げる。

「え?名前って男...だよな?」
「......私は女です」
『はああああ?!何言ってんのよヨハン!女の子でしょ!!』

アメジスト・キャットの叫びが木霊する中、私は呆れつつも少しだけ納得してしまった。

「だからなんというか、距離感がおかしかったんですか......」
『キィキィ』

アメジスト・キャットに説教をされ始めたヨハンを見る。精霊に説教される人間なんてそうはいないだろう。

「......ゴブリンゾンビ」
『キィ?』
「言葉が分かるってのもなかなか大変そうですね」
『キィイ』

ゴブリンゾンビの言葉は肯定か否定かも分からない。それでも良いかと少し思う自分がいる。
そうだ、確かに言葉が分からなくても私とゴブリンゾンビ達は友達だ。

「ヨハン、そろそろ食堂に行かないとご飯食べられませんよ」
「えっ?!そりゃあヤバいな!」

助け舟を出してやればヨハンはすぐに乗り2人で部屋の入口に向かう。

『ちょっとヨハン!話はまだ...』
「わりぃアメジスト・キャット!飯の後な!」
「ほら、さっさと行きますよ」
「おう!」
『キィ!』

肩に乗ったゴブリンゾンビの頭を指で撫でてやる。何となく心が軽い。
ヨハンの言葉は私の中の小さな劣等感を確かに砕いた。少しだけ、感謝しよう。
気恥ずかしいから言わないけれど。

「言語的には通じてる筈なのに考えが伝わってなさそうな人もいますしね」
「名前?どうかしたか?」
「いえ、何でもありません」




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