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これは遠い日の思い出。楽しかった日々の。幸せが続くと思っていた日々の。
遠い遠い日の思い出。



「隼ちゃん!」
「ちゃん付けで呼ぶなと言っているだろ名前!」

幼馴染みの名前を呼べば怒声と共にキッとした金色の瞳がこちらを向く。
隼ちゃんは隼ちゃんなのにと口を尖せれば隼ちゃんの眉間にシワが寄り、只でさえ鋭い目付きが更に鋭くなる。おお怖い。


彼、黒咲隼は私、苗字名前の幼馴染みだ。思い出せる限り古い記憶を呼び起こしても彼が近くに居た覚えがある為、多分筋金入りの幼馴染みだろう。

「で、何の用だ」

気付けば隼ちゃんは身体ごとこちらを向いていて、話を聞いてくれるようだ。隼ちゃんはとても優しい。

「あのね、瑠璃ちゃんに」
「………」
「新作を見せたいんだけど少し不安で」
「……………」
「隼ちゃんに1回見てもらおうと……ねぇ隼ちゃん怖い」

瑠璃ちゃんの名前が出てから段々目付きが険しくなっていく。
……隼ちゃんはとても優しいけどとっても怒りっぽいし、あれだ、とってもシスコン。

「とうとう他人の口から瑠璃ちゃんの名前を聞いただけで怒るようになったのか!このシスコンめ!!」
「シスコンじゃない」
「嘘つけ!こーんな眉間にシワ寄せて!癖になっちゃうよ!」

隼ちゃんの真似!と人差し指で目尻を押し上げ眉間にシワを寄せれば「やめろ馬鹿」と怒られた。

「瑠璃ちゃんが可愛いのはもんの凄く分かるけど、そのシスコンなんとかした方がいいと思うよ?」
「だからシスコンじゃない」
「じゃあ何で毎回そんな不機嫌になるのさ?」
「……」

隼ちゃんは苦々しい顔をしながら黙り込んで私から顔を逸らした。この質問をするといつもそうだ。やっぱりシスコンなんじゃないか。
勝手に納得していると隼ちゃんが「……新作」と小さく口を開いた。

「見せるんじゃないのか」
「あ!すっかり忘れてた!見て見て!」
「今回は何だ?」
「今回はねぇ!バランス芸!」

曲芸ピエロのお父さんから習い始めた芸の数々はいつしか瑠璃ちゃんに見せる為に、そして瑠璃ちゃんの笑顔を見る為に!手当たり次第に覚えては披露している。
……大概ちゃんと出来るか不安になって瑠璃ちゃんより先に隼ちゃんに確認してもらうんだけど。

「さあさあこれよりご覧頂きますはクラウン名前の一大芸!」
「さっさとしろ」
「もう!前口上くらい言わせてよ!」

人を笑わせるのが好き。好きな人達が笑っているのを見るのが好き。色んな人が楽しそうなのを見るのが好き。
ずっとこうして幸せに生きていくのだろうと、信じていた。

でもこれは遠い日の夢。遠くなってしまった幸せな過去。



崩れゆく街に、ただ呆然と立ち尽くすことすら許されなかった。
家々を破壊する機械の巨人と融合という召喚方法を使う、人をカード化していくデュエリスト達。私はただ逃げる事しか出来なかった。
無力な私はお父さんも、お母さんも、帰る家も、全部失ってしまった。
私達の生まれ育った世界は瞬きする間に崩れ落ちてしまったのだ。
それでも隼ちゃんやユートや、何より瑠璃ちゃんも無事で、それで何とか立っていられた。私は瑠璃ちゃんよりお姉さんだから、私が瑠璃ちゃんを守らないと。その想いだけで立っていられた。それなのに。


瑠璃ちゃんが攫われて私に湧き上がったものは悲しみでも絶望でもなく強烈な怒りと憎悪だった。
全てをかなぐり捨ててでも瑠璃ちゃんを攫った奴らを見つけ出して倒してやるという強い強い怒り。
そして私は、その怒りを受け入れ笑顔を捨てた。

「私もレジスタンスに入れてほしいの」

そう伝えた時の隼ちゃんの顔はどんなだったか、私は未だに思い出せない。
ただ隼ちゃんは小さな、それでもハッキリした声で「良いだろう」と言った。


そして私はレジスタンスとして、戦士として、此処にいる。融合次元の奴らを倒し、カード化していく。そこには喜びも笑顔も楽しさも無い。それでもいい。瑠璃ちゃんを助けられるなら。みんなの仇を取れるなら。

「私は絶対に赦さない。融合次元の奴らは、1人残らず殲滅してやる」


ああ、きっと戦いが終わってもあの頃には戻れないね。




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