「それで? レイチェル」
「なんですの?」
「ポーカーに勝つ秘策はあるのかい?」
「彼女がポーカーをやると決まっている訳ではないですわよ?」

 気が早い、とレイチェルはダニエルの横顔を見た。ダニエルの表情は相変わらずポーカーフェイスで覆われていて読みにくい。

「いや、彼女は、必ずポーカーを選ぶ」

 ダニエルは揺るぎなくそう断言した。レイチェルが見る限り、その横顔に嘘はなかった。

「そこまで、仰りますのね」

 レイチェルは指先でダッシュボードを叩く。きっと、彼女がダニエルに負けたゲームはポーカーなのだろう。そう思うだけで鮮やかな戦意が心中に燃え上がった。
 この女から、失ったおじさまを取り戻すのだ、と改めて思う。ダニエルもそれを感じ取ったのか、好戦的な笑みを口の端に浮かべた。
 これはレイチェルなりの冥界下りなのだ。かつてのおじさまを復活させるという。

「ポーカーは三大カードゲームの一つですけれど、その奥深さが未だ人気なのですわよね」
「あぁ、そうだね。後は、賭け金かな。非常に大きくなりがちだ」

 レイチェルはきゅう、と唇を釣り上げた。それでこそ、という表情だった。ダニエルはそれを見て満足気に笑みを深めた。

「それで? よろしければ戦術をお聞かせ願えますかな、レディ?」
「ポーカーに勝つ、秘訣はありませんわ」

 レイチェルはきっぱりとそう言い切った。鋼のような声音だった。

「前の……、ブラックジャックはカウンティングとかありましたけれど。ポーカーに明確な必勝法なんて、存在しませんわ」
「ならば、どうやって勝つつもりだい?」
「相手の癖を読み取る。それこそが重要ですわ」

 なんといってもノーペアが出来る確率は半分もあるのですものね、とレイチェルは言う。確かに、とダニエルは頷く。

「ノーペアだったら二枚交換などという常套手段はあるけれども、確実に勝つ方法はないね。まさに、ギャンブルだ」

 ダニエルの肯定に、僅かながらレイチェルの瞳に怯えが走った。それでも彼女はなお、唇を引き結ぶ。

「……楽しみですわ」

 強いて穏やかな声音でレイチェルはそう言った。薄皮一枚下では、煮えたぎるような戦意と、敗北への怯えがあった。

「全くだね」

 ダニエルは頷き、ゆっくりと車を減速させていく。リゾート地に相応しく巨大なホテルを抜けた後の別荘地に、それはあった。
 一見して分かるほど豪奢な作りの門前でダニエルは停車する。インターホンを押して招待状をカメラの前に突きつければ、電動で門が開いていった。

「……おじさま、とってもこのお人、お金持ちですのね」
「さっきから言っているじゃあないか」

 呆然と門が開ききるの見ていたレイチェルの呟きに、ダニエルは喉奥で笑って返す。

「こんな扉、映画でしか見たことありませんでしたから、つい」

 レイチェルはヒールを鳴らして、きっと前を向いた。玄関口から一人の男が出てきて、深々と一礼してくる。その容貌や服装から執事だと分かった。

「執事ですわ」
「……珍しいかい?」
「映画でしか……」

 ダニエルは笑いを押し殺しながら、執事の誘導に従って車を停める。彼女はそういえば、弟の職を知らないのだとどこかくすぐったい。
 エンジンを切ってキーを抜き、レイチェルをエスコートしようと彼女よりも先に降りた。助手席のドアを開けて彼女の手を取り、二人して執事に向き合った瞬間に、執事はもう一度深々と頭を下げた。

「ようこそおいでくださいました」
「わざわざご招待いただいて、感謝していますよ」

 ダニエルは悠然と髭を撫でながら、懐から招待状を取り出して執事に見せた。執事はそれを一瞥してから恭しく受け取り、屋敷への扉を開いた。

「どうぞ、ダービー様」

 執事の脇を通って、二人が並び立って中に踏み入れると、エントランスにあの女がいた。写真よりも少々年を取っているように見えたが、それでも放たれる色気は変わっていなかった。下品にならない程度の、それでも刺激的な香水が香ってくる。

「招待状を戴くとは、思っても見なかったよ」

 ダニエルはちらりと女を見て言った。屋敷の女主人は艶然と笑みを深める。そうしているとまるで魔女だった。

「久しぶりと挨拶がないのが貴方らしいわ、ダービー……。代わりに私が言ってあげるわ。久しぶりねぇ……あの時以来だわ」

 女はそう言って、微笑んだ。口調に込められた親しみとは程遠く、凍てつくような敵意の笑みだった。





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