彼女は眠っているかのようだった。 テレンスは静かにゲームの電源を落とし、彼女を見つめる。そうして、自問する。なぜこんなことをしたのだろう。 無軌道かつ無計画。 人形すら用意していないため、彼女の魂はただ漂うだけだ。 なにより、目の前で呆然としている実の兄をどう説得するかなど、考えてもいなかった。 「レイチェル……?」 兄の呟きを聞きながら、テレンスは己を分析する。まるでゲームの難しい面を攻略しようというように。 強いて言うならば、あの瞳。 何も知らないくせに何もかもを見透かすようなあの瞳が、目障りだった。それと同時に、どうしようもなく欲しくなってしまったのだ。 「なぜ……?」 問われても、はっきりと言葉になるような答えはない。 ただ、兄を見つめ返すだけになってしまう。 ダニエルのぽっかりと空いた空洞のような双眸、そこに激しいものが唸りを上げて燃え上がっていく。その様子をまざまざと見つつ、テレンスは押し黙る。 いや、何も言うことができなかった。 次の一手を誤れば、死ぬかもしれない。 よくよく考えれば、あの幼い時分の一件より兄とは賭けをしてこなかったのだ。 「テレンス、答えろ」 低く、感情を見せない平坦な声がテレンスを追い詰める。 ぎらぎらと底光りをするくせに、そこに何があるのか分からない瞳が自分を見つめてきた。 テレンスは冷や汗をかきながら、ゆっくりと口を開く。 「自分の獲物を、取られたからですか?」 その声は存外、冷たく響いた。 はっと打たれたかのようにダニエルの瞳から何かが消え失せて行く。 ダニエルは静かに目を伏せた。テレンスの質問を吟味しているのか、答えはないのか、彼は沈黙を保つ。 テレンスはそっと、息を吐いた。 どうやら自分は間違えなかったようだ。自分にとって正しい選択肢だったが、それがダニエルにとって正しいかどうかわからない。そして、彼女にとっても。 「……戻してくれ」 ダニエルは絞り出すようにそう言った。 テレンスは静かに頷き、彼女の魂を手放す。しばらく漂った後、魂は彼女の肉体に戻っていった。 ダニエルは安堵したように深く息を吐いた。心底、といった様子だった。 「もう今日は帰ってくれ、テレンス」 「ええ、お邪魔しました」 余計な言葉は交わさないように気をつけながら、テレンスはゲームボーイをしまい込み、辞去する。 ダニエルは静かにその背中を見送ってから、レイチェルを見た。 彼女は布団に突っ伏して、動く気配がない。 「レイチェル?」 ダニエルは低く、彼女の名前を呼ぶ。 「ん……」 小さく呻き、彼女は起き上がる。ぼんやりと焦点の合わない目でこちらを見てくる。 そのことにほっとする。 彼女が何も知らぬまま、死んでしまうなんて。それはつまり、自分は永遠に赦しの機会を得られないということだった。 なんとも我儘、身勝手な理由だがダニエルはそれを欲していた。 |