「――は、お嬢さん、素晴らしいよ」 ディーラーは口元を引き攣らせていた。彼のイヤフォンからはフロアマネージャーの怒声が響いているのだろう。 レイチェルは安堵しきったように、眉を歪めて微笑んだ。 「ようやく、ここまで来ましたわ」 「……お嬢さんの目的は、百万ドル稼ぐことかね?」 「NO,正しくは百万ドルをここに積み上げることですわ」 ディーラーが不可解そうに眉を顰めた。 「だから、もういいんですの。……でも、まだ賭けを続けられますか?」 「そろそろ、お呼びがかかる頃合いだろうね」 「じゃあ、一戦だけ。ここにあるチップを全て賭けますわ」 レイチェルは穏やかに微笑んだ。知らず知らずにダニエルをなぞっているとは気が付かずに。 「私、まだ貴方に勝っていませんもの」 「これは、恐ろしいお嬢さんだ」 ディーラーはそう言いながら、シューからカードを抜き取った。レイチェルも応じるように、チップに手を伸ばせば、後ろからダニエルがチップ全てを押し出す方が早かった。 「……おじさま」 「存分にやるといい、レイチェル」 彼は一言だけ言って、また背後に戻ってしまう。だが、レイチェルはそれでいい、と笑った。 ここは私だけの勝負だ。 「最後のゲームだ」 ディーラーはそう言って、カードを配る。レイチェルは微笑んだ。 もう残りのカードは分かっていた。 ディーラーのカードはスペードのJと伏せカード。レイチェルのカードは9と7だった。 だからこそ、机を指先で叩く。 「ヒット」 来たカードは4。合計20。 レイチェルは大人しく、指を振った。 「ステイ」 今までのハチャメチャさが嘘のようなセオリー通りの戦術にディーラーは眉を寄せる。しかし、そう言われたからには、と自身の伏せカードをめくった。 そこにあったのはスペードのK。 「まるで貫かれる一歩手前のようですわ」 レイチェルはそっと囁いた。ディーラーは震える指先でシューからカードを引き抜く。 現れたカードはスペードのA。 スペードだけで構成されたブラックジャックだった。 ディーラーはそれを見て、深々と溜め息を吐いた。 「やってさしあげましたわ、何かご不満が?」 レイチェルはそう言う。 ディーラーがはっとしてシューを見ると、中にカードは一枚も残っていなかった。 もし、レイチェルがヒットしていたら負けていたのは自分だった。 「――貴方は間違いなく一流のギャンブラーだ、Miss.D'arby」 レイチェルは心底嬉しげに微笑んだ。 「とても楽しかったですわ、ありがとうございます」 全く邪気なくそう言えば、ディーラーが困ったように笑う。 「お嬢さん、貴方は本当に恐ろしい」 そう言って彼は笑った。ダニエルはそっとレイチェルの肩に手を回す。 「どうやら、貴方は変わったようですね、ダービーさん」 「過ごした年月の分、人は変わっていくものだよ」 ダニエルはそう微笑んで、レイチェルをエスコートする。レイチェルはダニエルに腕を絡めて立ち上がった。ピンヒールがこつりと鳴る。 「――Goodbye,See you next Gamble」 レイチェルは冗談めかしてそう言い、背筋を伸ばして立ち去った。 |