そこからのレイチェルは実にめちゃくちゃだった。セオリーなど踏み潰したと言わんばかりに進んでいく。
 ほぼバーストしないであろう、Aと2であってもサレンダーをしたり、Jと4でも無駄にカードを回させた。
 しかし、それは着実にチップを積み上げていった。もう少しで百万ドル。男がディーラーを馘首になるには充分な額まであと一歩だった。
 ディーラーは積み上がっていくチップを一瞥してから、おもむろに口を開いた。

「お嬢さん、君は一体何をしに来たんだい?」
「何を、と言われても、ギャンブルですわ」

 レイチェルは微笑みを浮かべたまま首を傾げる。カジノにそれ以外の目的で来るものがいるのだろうか、と思っていた。

「魂を狙う師匠とグル、という訳でもないだろう」
「グルだなんて、人聞きが悪いですわよ」

 これは失礼をば、とディーラーは軽く頭を下げた。その瞳から鋭さは失われていない。

「……このカジノを潰すつもりかい?」
「カジノを、潰す?」
「恨みでもあるのかな?」

 レイチェルはきょとん、とした。
 初めて彼女のポーカーフェイスが完全に脱ぎ捨てられていた。下から現れたのは狡猾な雌狐ではなく、まるで無垢な少女の顔だった。

「恨み? そんなもの、ちっともありませんわ」
「では、スリルを?」

 レイチェルは首を傾げる。純粋に不思議そうだった。

「スリルなんてなくたって、私、充分楽しいですわ」

 ディーラーの眉が僅かに歪む。

「では、金が必要なのかな?」
「……いいえ、生きるためのお金がいるならば、もっと普通に働きますわ」

 レイチェルは至極真っ当に返し、ハンドサインを送る。ディーラーの反応が遅れ、一拍してからカードが手元に来た。

「では、私への執着?」

 ディーラーはちらりとダニエルに視線を向けた。
 ダニエルはチョコバーを齧りながら滅相もない、と肩を竦める。

「お嬢さん、貴方は何者だ?」

 ディーラーはようやく、瞳に鋭さ以外の感情を覗かせた。怯えにも似ていた。
 レイチェルはそれを見て、悟った。さっきまで頼りないと思っていたチップが量を増すごとにこの上ない権力に変じていた。引き金を引く時もこんな気持なのだろうか、と酔ったように思う。
 力とはこんなに心地よいのか、と実感していた。

「……教えてくださって、ありがとうございます」

 レイチェルはそう言った。

「何も教えたつもりはないがね、お嬢さん?」
「いえ、たくさん、教えて下さいましたわ。私にこうして稼いだお金の使い道を」

 レイチェルはそっとチップの山に指先を向けた。

「カジノを潰すなんてことも出来るんですのね」

 秘密を囁くように、ルージュに彩られた唇が動く。

「貴方はお金をそういう風に使いたいんですわね。……貴方がそちらの方が楽しいというならば、それも良いですわ」

 レイチェルはディーラーに顔を向ける。

「……貴方の不幸が、そういう形なら、私、そういう風にしますわ」

 放たれた言葉とは違い、その口元はまるきり無垢な少女のように笑みを描いていた。




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