「おじさま、テレンスさんのお見舞いに行きませんこと?」
「……テレンス? あいつも病院に?」

 ダニエルはチョコレートを一欠片齧りながら眉を上げた。素早くレイチェルはチョコレートの板を取り上げる。入院食が飽きるのはわかるが、放っておくと一枚食べきってしまうのだ。

「えぇ、交通事故に巻き込まれてしまったそうですわ。意識ははっきりしていますの」
「じゃあリハビリがてらにお見舞いと洒落込もうか」

 ダニエルはゆっくりと立ち上がった。歩行補助器なしで歩けるようになってからは、松葉杖だけで歩く練習をしていた。

「あぁ、ほら、カーディガンを羽織ってくださいませ」

 レイチェルはカーディガンをダニエルに着せる。ダニエルは抵抗すること無く大人しく着せられていた。
 ぱたぱたとスリッパの音を立てながら二人は歩いていく。
 エレベーターに乗って二人はテレンスの病室へと向かう。名札と部屋番号を確認してから、二人は入って行った。

「やぁ、テレンス」

 ダニエルはふてぶてしい笑みを浮かべて三角巾をしているテレンスを見る。まだ所々に包帯を巻いているテレンスは憎々しげにダニエルを見返した。

「ようやくお目覚めですか」
「主役は遅れてやってくるものだよ」
「よく言いますよ。彼女にたっぷりと怒られてください」
「……そこまで私、怖くありませんわ」

 レイチェルは不満気に唇を尖らせる。

「にしても随分な格好じゃあないか。洒落ているね」
「貴方こそ、効率よくダイエット出来たようで、何よりですね」

 二人の視線上で火花が散る。レイチェルは深々と溜息を吐いて、首を振った。どうしてこの兄弟はいつもこうなのだろうと思いつつ、微笑する。

「……私、飲み物を買ってきますわね。お二人はゆっくり話していてください」

 レイチェルは財布を片手にぱたぱたと歩いて行った。
 残された二人は暫し沈黙していたが、テレンスが口を開く。

「……記憶喪失ですって?」
「そうらしいね」

 ダニエルは手持ち無沙汰だ、と葉巻を咥えようとして手元にないことを思い出す。

「よくも、まぁ。抜け抜けと」

 テレンスは吐き捨てる。ダニエルは肩を竦めようとして、松葉杖に邪魔をされた。

「――なかったことにする気ですか」

 何もかも、とテレンスの唇が動いた。
 エジプトでの出来事を、あの美しく恐ろしい吸血鬼の存在を。

「人生にだって、セーブとロードくらい出来てもいいだろうよ」
「……は」

 テレンスは唇を釣り上げた。

「人生で出来ないからこそ、ゲームには『つよくてニューゲーム』があるんですよ。セーブなんてものもそれと同じでしょうに」
 テレンスはベッドヘッドに上体を預けたまま、ダニエルを睥睨する。

「――ゲームナメてんじゃねぇ」

 そう吐き捨て、テレンスは鼻を鳴らす。敬語を取り去った彼は久々に弟としての顔を見せていた。

「手厳しいね」

 ダニエルはひっそりと笑った。

「後、一つ計算違いをしていると思いますよ」

 ほぅ、とダニエルは眉を上げる。テレンスの瞳が奇妙な光を帯びていた。

「きっと、彼女はそれを許しませんよ」




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