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※成長 5→6、3→4





















「賭けをしよう」

こんな時にこの人は何を言い出すのだろう。狭く暗い屋根裏はお世辞にも過ごしやすい場所とは言いがたい。だが、その指先でくるくると苦無を弄ぶ鉢屋は鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌だった。そのまま次屋の返答を待たずして続ける。

「思い出作りだよ」
「思い出」

次屋はその眉間に皺が寄るのを隠そうとしなかった。任務中に正気の沙汰だ、無言の罵倒を受け止めて鉢屋は目を細める。と同時にぴたりと静止した苦無は、僅かな隙間から入り込んだ月の光に鈍く反射した。

「こうして二人で言葉を交わす機会はもう二度と無いかも知れないじゃないか」

なあ、最後に。細い指先が次屋の頬を緩くなぞる。精巧に作られた誰かの顔で鉢屋は瞼を伏せた。「この時間ももう、なくなる」。彼との強い絆など感じた事も無かった次屋は、まるで親しい友との別れを惜しんで涙する人間のようなその振る舞いに内心戸惑った。

「でも、今は」
「今だから出来るんだ、いや、今しか出来ない」

いつもの様に結構ですと切り捨てられれば良かったのだが、今日は何だか断る余地が無いように思えた。次屋の沈黙を了承と捉えたのであろう、鉢屋は少しだけ笑んで、先端を下方にして苦無を梁に立てた。

「お前の側に倒れたらお前の勝ち、私の側に倒れたら私の勝ちだ」
「……、間に倒れたらどうするんですか」
「野暮な事を聞くな。やり直しだ」

いいか、いくぞ。勝手に始めようとする鉢屋を次屋は制止した。賭けというのに何一つ賭けるものを決めていなかった。鉢屋は首を傾いで、うーんそうだなと呟く。

「私が負けたら、私の全財産をお前にくれてやる」
「全財産ですか」
「これは自慢だが、私はなかなか金持ちだぞ」

へえ、口から出たのは乾いた返事。鉢屋の意図が全く掴めない。いつもの話、と呆れると同時に得体の知れぬ不安感に襲われる。こんな風になる自分自身も理解出来なかった。

「……、俺が負けたら?」
「任務が終わったらさらう」

何てこと無い風に鉢屋が言い放った言葉は、これまでの二人の関係全てをひっくり返す様なものだった。次屋は目を見開いて彼を見た。支えていた指先がゆっくりと離れる。

ごつん、余りにも呆気なく苦無は倒れて転がった。

「曲者ッ!曲者だ!」

誰かが叫び、足元が騒がしくなる。拙い事になった、のに、身体がまるで鉛の様に動かない。呼吸すらもままならず、目を逸らす事も出来ず。眼前の鉢屋が浮かべているのは、勝者の笑みだった。

「私の勝ちだな」







(100925)

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