ころころころ、
車いすが地面を走る音。
朝までの雨が嘘のように、空は晴れている。ブルーとオレンジ色と白のグラデーション。
ばあちゃんが散歩に行きたいというから、私は家に持ち帰った仕事をする手を止めて、ばあちゃんの車いすを押して歩くことにした。
「桜、散っちゃったねえ」
「そうだねえ」
「なんだか、寂しいね」
「そうかしら?」
「うん、空見上げたら、味気ない。前まで桜並木だからキレイだったのに。」
「そいだら、足元を見てごらん」
「足元?」
「そう、足元。」
車いすを止めて、足元を見ると、桜の花びらの絨毯。
「綺麗でしょう」
「うん」
「じいちゃんがねえ」
「じいちゃん?」
去年の桜が咲く前に、亡くなったじいちゃん。
ばあちゃんとすごく仲良かった。見ていて暖かかった。
「そう、じいちゃんがね、桜は最後まで美しいって。春が近づくとみんな気分よくて上を見るから、高いところで咲く。春が終わりそうになって、人が新しい何かに疲れ始めたころ、下を見ても、そこが少しでも寂しさを和らげるために、散るんだ、桜色の道を作るんだって。春は最後の最後まで愛すものだって。」
「ロマンチックだね、じいちゃん」
「顔に似合わずねえ」
そうそう、顔は怖かった。
小さいころは、私も抱っこされるたび、泣いてたらしいし。
なんだか、懐かしいな。
「じいちゃんが死んでからね、春がやって来るのが怖かったのよ。桜が咲くのが怖かった。じいちゃんといた日々が、遠ざかっていくようで。」
「・・・うん」
「でもねえ、あの人、四季の愛し方を手紙で残すもんだから、‘ちゃんと楽しんで来い’って言ってるようにしか思えなくて・・・、困るわよねえ。去年の春からやってみたらすごく楽しいんだもの。」
「私も知りたいな、四季の愛し方。」
「ふふ、また今度、教えてあげるわ」
「えー?今度?」
「そうよ、夏に夏の愛し方、秋に秋の愛し方、冬に冬の愛し方。だから、散歩一緒に着いてきてね。」
いたずらっぽく笑うばあちゃん。私はその笑顔がだいすき。
「かしこまりましたー」
再び、桜色の絨毯の上を、ころころと音鳴らして、歩き始めた。
また春を愛せる人になりたい
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カカリアBGM 花と生活