クリスとヘザー 2 生徒会長だった彼の政治的手腕は中学生とは思えない程で、歴史ある横暴な校則は彼の手でぎりぎりの妥協ラインを採って改正されてきた。今の生徒会のシステムの中にも彼の提案したシステムがいくつも採用されているし、ここではもう伝説の英雄ような存在。それがエリアス先輩。 成績はオールAを取ったって噂もあるし、ハイスクールへの入学試験は一位の成績でパスしたというし、そしてそこでも生徒会に所属してたって聞く。顔よし、頭よし、性格よしとドラマのヒーローみたいな彼は今でも女子生徒の憧れの人。去年入学したばかりの私たちはもちろん彼を直接見たことはないのだけれど、ハイスクールに兄や姉が通う子たちがどこからか写真を手に入れてきたせいであっという間にここでもアイドル扱い。去年卒業してそのまま町を出てしまったから今どこで何をしているか知っている子はあまりいないだろうけど、今でもクリスの家には時々熱烈なファンレターが届くらしい。 そんな先輩の妹、クリスが入学してきた時はちょっとした騒ぎだったって生徒会の先輩から聞いた。クリスはそういうプレッシャーを気にするタイプじゃないから特に何もなかったみたいだけど、やっぱりエリアス先輩のこととかはよく聞かれていたみたい。あんまり酷いから2、3年生を集めて緊急集会で厳重に注意してから落ち着いたらしいけど。クラブや委員会で上級生と接する機会が多い子を通して今では1年生の間にもすっかり浸透してしまっているからあまり意味なかったかもしれない。 だからその誕生日ともなると今日のように、クリスを気遣ってか口には出さないけれどみんな落ち着かない。彼は今どこでどうしているだろう、プレゼントをクリスに預けたら先輩に届かないのかな。そんなそわそわした空気を感じ取ってクリスはどんどんブルーになる。当たり前のことだと思う。一番お祝いしたいクリスだって直接会うことすらできないバースデーだもの。 表立ってクリスに詰め寄ってくるような人はいないみたいだけど、もしまたそんなことがあったら今度は私が生徒会副会長として全校生徒に言い聞かせてやらなきゃいけないと思ってる。エリアス先輩はやっぱりクリスのお兄さんだから華やかな人だったけど、本当は誰もいない場所で推理小説を読むのが好きだったりする物静かな人でもあるんだから。母校がこんなことになってると知ったらきっと呆れられてしまう。AB型って二面性があるってよく言うけど、彼はその使い分けがとても上手な人だったんだと思う。どんな問題も笑顔で解決してしまうから魔法使いみたいな人だった。手先が器用でよくクリスと一緒に手品を教わったっけ。 「どうしてるんだろうね、先輩。確かニューイヤーの時は帰ってきてくれたんだっけ」 わざわざ私の家にまで顔を見せに来てくれたのは半年も前の事。相変わらずの笑顔でお土産と言って小さな香水の瓶を渡しながらそろそろお洒落とかする歳だからね、と頭を撫でてくれた。(クリスにはウサギのぬいぐるみだったのに。)(きっとクリスがあまりお洒落なんかすると変な男の子が寄ってきて困るとか思ったんだろうな) 「うん。ダンテさん連れてうちに泊まったんだぁ。なんかもう懐かしい」 「あ、あのちょっと怖い雰囲気の人?」 当たり前のようにエリアス先輩の隣にいたから名前を聞くのを忘れてしまったんだった。職場のお友達だって後からクリスに聞いて知った記憶がある。何の仕事をしているのかは聞いたことないんだけど、なんとなく、危ないお仕事なんじゃないかと思ってる。先輩は元からスポーツもするから華奢ではなかったけど、昔より少しだけ体付きがしっかりしてる気がしたから。そのダンテさんもモデルみたいに引き締まった体をしていた気がするし。ダンテさんのこと、先輩も紹介を忘れてたみたいだからよっぽどいつも一緒にいるんだろうな。 「見かけほど怖くないんだよあの人! すごくお行儀がいいし。ママもあら好みだわ、なんて言ってたもの」 「やだおばさんったら、おじさんが帰ってきたら嫉妬しちゃう」 「内緒、内緒だよヘザー」 「わかってるよ」 クリスのお父さんは陸軍に所属して中央にいる。エリアス先輩ほどじゃないけど滅多に帰ってこないから私もまだあまり顔を合わせた事がない。 「好みといえば、ねえクリス。この前の男の子どうするの?」 「ん、昨日断ったよ。やっぱり好みじゃないもん」 クリスは一週間に三回は告白をされて、月に20通は靴箱にラブレターが入ってるような女の子だからこんな会話も日常茶飯事。 「別の学校の子だよね」 「うん。隣町。線路の向こうの、先月クリケットの試合があったところ」 「さすがにこの時期にこのあたりの生徒はクリスに声をかけたりしないもんね」 「一年生の子とかは時々来るよー」 「勉強不足だね」 クリスティーナ=ハドリーがこの町では有名人であるように、エリアス=ハドリーもまた、もしかしたら彼女以上に有名な人だから。完璧と名高い兄を持つクリスに告白しようなんて勇敢な男の子は少ない。特にエリアス先輩の母校なんて、クリスのファンは確かにいるけれど誰も話しかけようとすらしないもの。手は出さずに遠くから見守る、って決まりがあるらしいともっぱらの噂。 「お兄ちゃんより素敵な人なんていないもん」 「はいはい。それだとクリスはまだまだボーイフレンドできないね、きっと」 「いいもんいらないもん。……ヘザーだって人のこと言えないくせに」 いじけたように頬を膨らませて見つめてくるクリスから視線を逸らしながら、なんのこと? なんてわざとらしく聞き返した。 「クリス知ってるんだから。この前隣のクラスの男の子振ったって」 「……好みじゃなかったんだよ」 「ふーん。ヘザーの好みって?」 ふふふ、と悪戯っぽく大きな目を輝かせるクリスの顔に彼の面影を見ながら私は苦笑した。あまり似てない兄妹だけど、こういう時の顔はそっくりだと私は知っている。 私はエリアス=ハドリーの妹であるクリスと姉妹のように育ったんだから。ずっと見てきたんだもの。 「……私の好みは、頭がよくてスポーツができて頼りになって、誰よりもかっこいいけど家族の前だと子供っぽいところがあったりする、すごくすごく素敵な人!」 「そんな人、滅多にいないと思うなぁ」 「知ってるよ。いいの、いーらない」 目を合わせて微笑み合ったちょうどその時、授業の始まりを告げる鐘が鳴った。 私の名前はヘザー。 ヘザー=ノーマン。 ボーイフレンドができるのは、まだまだ先の事になりそう。 fin. |