小噺詰め合わせ:03


※企画でお題をいただき書いた作品です


お題:グリムとアルが楽器の演奏について語り合っている、もしくはどちらかが聞いているようなお話

 その曲を選んだ深い理由などは存在しなかった。ただ、雨が降ると何故か思い出す旋律だった。幼い頃に、よく聴いたような。

 鍵盤から指を浮かせると同時に、やわらかな拍手が届く。思わずぎくりと肩を強張らせながら振り向けば、金髪の青年がドアをそっと閉めるところだった。
 いくらプレイルームは防音設備があるといえど扉を開け放ったままでは意味がない。グリムは己の迂闊さに頭を抱えた。抜け目のない相棒がここにいれば鼻で笑われていただろう。
 青年はグリムに向き直ると「廊下は誰もいませんでしたから大丈夫だと思いますよ」にこりと微笑んだ。

「素晴らしい腕前ですね。ベートーヴェンの『悲愴』は僕も好きです」
「えーっと、悪ィ……」

 どこかで見たような気はするのだが、名前が思い出せない。言いたいことが伝わったのか、ピアノの傍らまでやってきた青年は特に気を悪くした様子もなく右手を差し出した。

「名乗るのが遅れてすみません。僕は医療班のメルシィです。先日の任務ではU8小隊が大活躍でしたね」
「……あ、あんたこの間の医療班のヤツか!」

 覚えていてくれたんですか、とメルシィと名乗る青年は少し驚いたような顔をしてみせた。その手を握り、改めて礼を言う。

「あん時は助かったぜ。あんたが処置してくれたケガ、すげー治りがよかったんだ」
「それは君の自己治癒力が高いせいじゃないかな、まだ若いですし」
「あ? そんな変わんねェだろ」

 そうですね、と笑う青年とはつい二週間程前に戦場で顔を合わせたばかりだ。グリムたち前線部隊のサポートとして力を貸してくれていた社員の一人。一般市民の救助を優先するために単身残ったソナチネを迎えに行こうとするグリムとリッパーを諌めたのが彼だった。興奮状態で自覚がないだけで、君たちの脚はもう限界だと。
 結局彼の仲間であるという黒髪の青年が投入されただけで戦況は一転、拍子抜けするほどあっさりとソナチネも無事に帰還することができた。それに不満はないのだが、自分たちの手で完遂できなかった任務というものは苦い記憶だ。

「ピアノは好きですか?」
「まあ嫌いじゃねェな。……らしくないって思うだろ」
「そうですか?」

 この手のものに触れると普段の自分を知る者にはすぐに茶化される。しかし青年はゆるゆると首を振った。

「僕は君らしい演奏だと感じました。優しく雄々しく、力強く、というのはイメージ通りでしょう?」

 それでいて品がありますね、と青年は付け加える。

「そんなに褒められたの初めてだな」
「意外です。本格的なレッスンを受けていたんでしょうね」

 音の伸びがあると称されたことはあったのだが、褒められたその直後には大抵集中力にムラがあることを手厳しく注意されるので、グリムの中ではあまり嬉しい記憶としては残っていなかったのである。自分の得意な譜などは気が入るのだが、苦手としている箇所ではそれがありありと出てしまう。勿体ないことだと嘆く家庭教師の声までずるずると思い出してしまったグリムはふてくされたように顔を顰めた。

「音に惹かれて覗いてみたらピアノの前にいたのが君で、確かに少し驚きはしましたけれど」
「悪かったな。巧くもねェの聴かせてよ」
「そんなことはありませんよ。君のピアノ、僕は好きですし」

 もっと弾けばいいのにと言わんばかりの青年にグリムは苦笑しながら立ち上がる。

「あんたも何か弾けよ。できるんだろ?」
「そうですね、聴かせてもらうばかりでは不公平かな」
「そういうこった」

 グリムと違い、演奏することに抵抗のないらしい青年はすんなりと頷き椅子を引く。何にしましょうか、とこちらを見上げて微笑んだ。

「じゃあショパンとか?」
「承知しました」

 このメルシィという青年のことはまだよく知らないのだが、ショパンならばイメージに合いそうな気がした。
 微かな笑みを湛えたままに“慈悲”の名を持つ青年は鍵盤の上に指を滑らせる。


 他人の演奏の善し悪しを判別できるような腕ではないと自覚してはいるが、青年のピアノは単純に“良い”と感じた。もっと言うならば“心地良い”とでも言うべきか。
 自分には散々足りないと言われ続けてきた“繊細さ”とはこういうものなのだ、ということをようやく理解したような気になる。
 繊細で優しく、それでいて凛とした音色だった。

「――すげェな。即興楽譜なしでミスタッチなしかよ」
「たまたまですよ。ショパンは好きなんです」
「あと、終盤はちょっと意外だった。あんたは遊びとかアレンジ入れないほうだと思ってたからさ」

 あくまで譜面どおりの模範的な、真面目で神経質な演奏をしそうな青年が最後に聴かせたのはクラシックには相応しくないリズムの運びだった。

「すみません」
「いや、俺は好きだぜああいうの! 遊び心っての?」」

 最近ジャズピアノに興味があって、と青年は悪戯な表情を見せた。

「姉によく言われたんです。『あなたの演奏にはセンスを感じない、誰でも同じ演奏ができるならあなたが弾く意味がない』って」

 両手を見つめながら懐かしむように呟く。

「ほおー」
「楽譜通り完璧に弾こうとするよりも、自分らしく弾いた方が楽しいですしね」
「だよなァ。……ジャズか、俺はあんま聴いたことねェな」

 今度レコードお貸ししましょうか、と鍵盤に赤いカバーをかけながら青年は言った。壁にかかる時計を見れば午後の始業時刻が近付いている。互いにそろそろ戻らなければならないだろう。

「ただし、ひとつ僕のお願いを聞いて頂けたら、ですけれど」
「な、なんだよ」

 含みのある言い方に身構える。何をさせられるのだろうか。ちょっとした使いっ走り程度ならば、先日の礼の意味も込めて喜んで聞いてやれるとは思うのだが。

「一度、ぜひ君とセッションがしてみたいと思って。よかったら受けてくれませんか」
「なんだそんなことか。驚かすなよ」
「すみません」青年はグリムの反応を予想していたのだろう。笑いながら謝罪を口にした。
「もちろん、そんなもんでいいならいくらでも付き合うぜ。一回じゃなくたっていいしよ」

 照明を落とし、元通り無人となった部屋の前で青年は改めてグリムに向き直る。ちらりと視界に入れた空はまだどんよりと重苦しくて仕方がない。

「雨の日はまた、君のピアノを聴きに来てもいいかな」
「いいぜ、いつでも来いよ。俺もまたあんたのピアノ聴きたいしな!」

 快活に応えるグリムにありがとう、と青年は嬉しそうに微笑む。その笑顔を眺めながら、こいつはきっといい奴だ、と理屈ではなくグリムは感じた。
 きっと彼とはいい友人、グリム風に言うならばいい“ダチ”になれるだろう。すべては直感でしかなく、リッパーやソナチネが聞けば呆れるかもしれない。だが。

 彼の勘は、結構それなりに、こういう時には殊更によく当たるのだ。



(special thanks よしたかさん)







お題:シドと蠍の君で、ランチタイムの風景

 廊下の角を曲がったところで、見覚えのある背中を見つける。断じて探していたわけではない。無意識下に目で追ってしまったとか、そういうことでも決してない。その背格好がこの場所では目立ちすぎるのがいけない。男のくせに長く伸ばした髪。下ろせば自分とそう変わらないだろう。(それが違和感なく似合っているから、また何故か腹立たしい。)背中で揺れる三つ編みが気になるのはいわば狩猟本能のようなものだ。スコーピオは自分に言い聞かせた。

 先を歩いていたはずの三つ編みが唐突に振り返る。

「あ、やっぱり蠍の君だ」

 以前にも何度かこうして背後に立っているのを気付かれたことがあった。後頭部に目でも付いているのかこの男は。

「そんな警戒心剥き出しみたいな顔しなくても。レディのオーラには敏感なのよ俺」

 余計怪しいではないか。

「まあ立ち話もなんですから、昼飯まだなら一緒にどう?」

 食堂へ続くこの廊下を歩いているということはつまり、目的は同じはずである。断る理由もなし、ここは頷いておくことにした。


 ランチを手に席に着いたと思えば水を二人分取りに立つ。もちろんその間もレディファーストは徹底。至れり尽くせりとはこのことか。給仕でもあるまいに。どこか楽しげに世話を焼くその姿には紳士というよりも実家の母親を思い出しそうになる。

「あ、今なんかちょっと失礼なこと考えなかった?」
「別に。貴様は私の母親かと思ったくらいだ」

 それって褒めてないだろと本人は苦笑しているが、あながち見当はずれな感想でもないだろうと彼女は思う。どこか所帯染みてきているのだ、数年前よりもずっと。

 この血濡れという男は邪魔にならない程度のお喋りが得意だった。これもいわば話術の才能なのだろうか。それなりに会話も弾んでいるように見えるし、かといって食事の手が止められることもない。

「そういえばそれってボルシチ?」
「うちの食堂のはなかなか好みの味なんでな」
「本場のお墨付き? 俺も好きよそれ」

 夏の冷製バージョンもいいよな、と一人頷いている三つ編みが指したのは、彼女のトレイに載せられた湯気の立つスープだ。東域の郷土料理として有名な一品である。
 本場とはいうが、そもそもが東欧で広く親しまれているレシピである上に世界が統合されて久しいこのご時世だ。探せば世界中で食べられる。現に今こうして口にできているのだから。店によっては故郷のそれよりも大分違う料理になっていることもある。

「こういう時だけは世界統合の恩恵をしみじみと感じるよな。定番メニューに入れてくれた厨房もそうだけど」
「手っ取り早い栄養摂取にはもってこいだからだろう」

 戦時や終戦直後は限られた食材で奮闘していた食堂調理部だが、この数年で飛躍的にメニューが充実してきた。現在では簡単ではあるがデザートを数種類用意するだけの余裕もあり、女性や頭脳労働を強いられる中堅以上の社員には概ね好評だ。

「そういえば最近話聞かないけど故郷(くに)には帰ってる?」
「去年は忙しかったからな。手紙のやり取り程度だ。家を新築するとか言っていたし、向こうも慌しいんだろう」
「いつも思うけどお宅の父君は器がでかいよな。こんな野郎の巣窟に娘を一人……」

 自分の性別を棚に上げたような発言に呆れつつも彼女は応える。

「うちは姉も警察だからな。そのあたりは感覚が一般家庭とは違うんだろう」
「そういうもん?」
「あの親父は私を娘だと思っていないのではないかと思うこともある」
「さすがにそりゃないと思うけど」

 入社当時ならばともかく、今の彼女は最早Words最恐の鬼教官と謳われる猛者だ。心配など欠片もされていないだろう。

「そうそう親父さんといえば、さっきのって人事のクランクだっけ? また白髪増えたよなあのおっさん」
「ああ。いっそスキンにしようかと言ってたぞ」
「あの顔で? ヤクザにしか見えないと思うけど」

 血濡れと出くわす数分前に話をしていた中年社員は彼女らが入社した当時からの馴染みである。大柄な大酒飲みで熊のような男だが、目付きが妙に優しいのを気にして普段はサングラスを愛用している。新人研修ではほぼ毎年責任者を務めているため顔が広く、血気盛んな若手からは父親のように親しまれている。

「どうせ伝わるだろうから先に言っておく。二代目社長の秘書に、と打診を受けた」

 当然これまでに秘書業務など経験のない彼女である。正式に異動が決まれば講習を受ける必要が出てくるだろう。秘書など自分には到底勤まるとは思えなかった。
 しかし男はあっけらかんと言う。

「秘書ね。向いてるんじゃないか、面倒見いいんだしさ」
「今の仕事も気に入っている」
「うん。活き活きしてる」

 一介の教官職から考えれば社長秘書は飛躍的な大出世だ。給与は格段に上がる。だが、現状に対しても不満はない。

「会ったこともない、どこの馬の骨ともわからん奴の秘書だぞ……」
「会社のトップにその言い草はどうかと思うよお姉さん」
「貴様は他人事だからそういうことが言えるんだ」

 社長の側近ともなれば勤務先はもちろん本社だろう。この土地を離れなければならない。

「蠍の君はここが好きなんだな」
「悪いか」
「いいや。そんな君だから社長も気に入ったんじゃないか?」

 鋭い眼光、堅く引き結ばれた口元。歯に衣着せぬ物言い。冷たい人間のように見えるが、彼女は人一倍情に厚い性格をしている。

「貴様は、どう思う」
「俺の意見を聞いてもあてにはならないと思うけど……」
「文句言うな。他人の意見を参考にするくらいも私には赦されないのか」

 憮然として言い募れば男は苦笑しながらごめんと詫びた。

「いい経験になるんじゃないかと思う、っていうのが正直なところかな。上の世界を識る機会はそうそうあるもんじゃない。それに君はまだ若いんだから、今から後進の指導にばかり回ってしまうのは勿体ないって評価されてるんだろうな」

 秘書兼SPのできる人材として彼女に白羽の矢が立ったのだろう。二代目も初代同様、物々しい集団に囲まれての執務はお嫌いらしい。彼女ならば見た目の暑苦しさも皆無だ。

「でもやっぱり君の意思次第なわけだから、俺があまり勧めるのもね。興味があるなら受けてみればいいんじゃないかとしか言えないな」

 彼女は黙って聞いていたが、やがて静かに問うた。

「貴様は、私を戦力として見ているのか?」
「もちろん。蠍の君は俺が知ってる中じゃ最強のレディだよ」

 最強、か。
 彼女は小さく笑って席を立つ。
 最恐の鬼教官から最強の社長秘書になってみるのも悪くないかもしれない。

「……たまには、上の景色でも見てみるか」


 男は一言、いいんじゃない、と言って笑った。



(special thanks Jackさん)







お題:ソナ嬢がドレスを着るお話

 まずいことになった。

 できることなら今すぐにでもここから逃げ出したいがそうもいかない。彼女は口元を引き攣らせながらその場で硬直する。乱れたドレスの裾を整える右手はもはや無意識だ。


 ああ、こんな仕事受けるんじゃなかった。




 とある一件で懇意になって以来、些細な仕事でもWordsに依頼を出してくれる上客がいる。ちょっとしたお遣いでも多額の報酬が出るものだから会社としては大変有難い存在だ。しかし民間軍事会社が聞いて呆れるとでも言おうか、依頼を請け負っている当事者としては少々複雑であった。あのおっさん、小遣い渡したくて適当なヤマを見つけてきてるんじゃないだろうか。そんな風にも思う。

 ソナチネ自身、紛争らしい紛争への参加経験は多くないが日々それなりに訓練を積んできている。戦闘服に身を包んでの匍匐前進も今ではお手のものだ。
 だが入社前、フリーの諜報員として活動していた頃を思えばこちらのフィールドの方が性に合っているといえばそうでもある。潜入調査、密書の運び屋、要人の替え玉などの依頼はもう数え切れない程にこなしてきている。慣れた仕事だ。



「――では、本日の夜会は私がそちらのお嬢様に変装して、妙な手紙を送りつけてきた不埒者を発見次第確保するということで」
「よろしくお願いしますよ。衣装はこちらを使ってください。彼女と同じものです」
「ありがとうございます。お任せくださいませ」

 護衛対象は最近急激に社交界で注目を集めているという占い師の少女だ。水晶を使った未来予知が評判であり、神秘的なその美貌もまた紳士たちの間では憧れの的なのだという。要は囮となってストーカー野郎を釣り上げるという至極単純な任務だ。ソナチネはすっかり板についた営業用の笑顔を浮かべ優雅に一礼する。

 黒のスーツに身を包み、髪を高く結い上げた彼女はとても十代の少女には見えないのだろう。占い師の付き人と名乗るどこか気弱そうな男はすっかり安心しきった顔をしていた。素人同士のお遊びにプロが首を突っ込むのだ。気持ちは分からなくもない。

「しかしまあ動きにくい服だこと」

 豪奢な衣裳部屋に通されて早々に広げてみた服は、とてもではないが機能的とは言い難いデザインだ。光沢のあるマーメイドラインのサテンドレス。そのスリットからは薄手のシフォン生地が折り重なって覗いている。人形のように座っていればさぞかしふんわりと艶やかであろうドレスは普通に歩くだけでも窮屈そうで、これから大捕り物を演じなければならない身としては些か心許ない。
 手早く身に纏うと用意された姿見の前でくるりと回ってみる。

「着ないわけにもいかないけれど、これじゃあ蹴りは使えないわね」

 脚に纏わりつくスカートを確認しながら小さく呟いた。ドレスとともに手渡された宝石箱の蓋を開けると、蝶の片羽根をモチーフにしたアクセサリーがずらりと並んでいる。細かな装飾の連なるイヤリングをつまみながら、そもそもこの衣装で派手な戦闘すること自体を諦めるべきかもしれないと彼女は溜息を零した。




「さすが諜報員の方ですね、これなら誰も気付かないわ」
「お嬢様ご本人にそう言っていただけるなら大丈夫かしら」

 最後にこれを、と商売道具の水晶を手渡しにやってきた少女にソナチネはにこりと微笑みかける。
 占い師という身分を演出するためか、少女は常日頃からドレスの上に紋様のようなものが刺繍された重たいショールを羽織り、顔を隠すような薄いヴェールも着用しているらしい。顔も体型も遠目には判別しにくい衣装は都合が良かった。

「わたくしも占いの最中はあまり周りのお話は聞こえていませんの。半分夢を見ているようにぼうっとしてしまって」
「わかりました。ではそのように振舞いましょう」

 付き人の男に手を引かれ晩餐会場へと向かう間際、そっと耳打ちされた言葉に頷く。ビロードの幕を持ち上げられ招き入れられたその室内は甘ったるい香の匂いが充満していた。
 白いスモークが揺らめく中、壁際の小さなステージで薔薇の花で囲まれた贅沢な拵えの椅子へと導かれる。

 透き通るような肌、催眠術にでもかかったかのような虚ろな瞳と憂いを帯びた表情。まるで本物のアンティークドールのようだと人々は称賛する。

 その美しい人形の前に何人もの男たちが我先にと跪いた。狂信的な支持者が多いとは聞いていたが、いざその集団を目の当たりにするとさすがのソナチネも思わず身を引いてしまいそうになった。生理的な嫌悪感をかろうじて抑え込み、ヴェールの奥の瞳を細めて一人一人を検分する。


 一通り会場を眺めてはみたが、これは予想外だ。


 怪しい男が見つからないというわけではない。むしろ容疑者が多すぎるのだ。どいつもこいつも目が虚ろなのはお前の方だぞと言ってやりたい。呼吸を乱れさせ目を血走らせた男の群れというのはなんともおぞましく寒気のする光景である。
 思っていたよりも異様な光景にげんなりとしつつ、ソナチネは水晶に手を翳し台本通りの“占い”を始めた。これはプロに助けを求めたくもなるだろうと実感しながら。




「少し、休みたいわ……」

 手筈通り付き人を呼び寄せ告げれば、すぐに彼女のための道が開かれる。いくつかデモンストレーション的な占いを済ませると彼女はいつもこうした休憩を挟むのだという。今夜は庭園に出て外の空気を吸いたいと訴えたという設定だ。
 普段はやはり付き人に手を引かれ外へ移動するという彼女だが今夜は付き人を会場内に残し、単独で幕をすり抜け姿を消した。


 ここまで簡単に釣れるとは思っていなかったのだが。

「ば、薔薇の君! 私はずっと貴方のことをわぁぁぁああ!」

 まさかそれが仕組まれた罠とは知らず、のこのこと彼女を追って会場を抜け出した哀れな男。何の疑問も持たずに鼻息荒く抱きついてこようとするものだから、腕を掴んで勢いそのまま投げ飛ばしてやった。

「ったく、本能で生きるのも大概にしなさいな……って」

 自らに注がれる大量の視線に気付き彼女は弾かれるように顔を上げた。

 しまった、増援か。舌打ちをしながら重心を低くして襲撃に備える。

「おい見たか、今の薔薇の君の動きを!」
「ああ見たとも! 儚げな美しさだけではなく確かな強さ! 痺れました!」

 しかしなんだか話がおかしいような気がする。

「私も見ましたとも! おおお勇ましい! そして美しい!」
「彼女こそ我々の戦乙女! どこまでもついていきます!」

 ざわざわざわざわと窓という窓から妙な方向へ目覚めてしまった彼女の崇拝者が顔を出す。何が起こっているというのか全く理解できそうにないのだが、柱の陰から本物の薔薇の君、そしてその付き人の男までもが瞳を輝かせてこちらに熱い視線を送っているのを発見した瞬間、彼女は悟った。



 これはどうにもまずいことになった、と。



(special thanks こめこ。さん)
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