男には勃たない。
まあ、根からのヘテロセクシャルならば仕方のないことだろう。スティーブンの言い分も理解できた、その辺については無理なものは無理なのだ。
「わたしが女装をする」
「無理だ」
「幻術で女と錯覚させる」
「無理だ」
「スティーブンを縛った上で薬漬けにし、わたしが乗って強行する」
「いやいや」
「むしろスティーブンが挿れられる方に」
「やめてくれ、殺しかねない」
殺しかねない、なんて物騒な。+++が一生懸命に捻り出す案のことごとくを却下し、スティーブンは顔を覆った。
「+++、君のことは好きだ」
「うん」
「愛してると思ってる」
「う、うん」
「でもそれとこれとは別だ」
スティーブンの顔は暗い。なまじこれが自分の所為だという自覚があるからだろう、大変な葛藤と戦っているようだった。うんうん悩んだ末、彼はとうとう重苦しいため息とともに「少し時間をくれ」と思考をリタイアした。
その日の夜、スティーブンはベッドを+++に譲り渡しソファで眠った。1人で眠るには広すぎるベッドを占領しながら、+++は+++でもう半分、考えることを放棄しながら眠りについたのだった。
ああでもないこうでもないと話し合い、何度か試そうとしては失敗し、気付けば男になって一週間が経過した頃、とうとう+++は荷物を持ってスティーブンの家を退去した。
理由は簡単だ。スティーブンが寝ない。夜遅くまでライブラの事務所に詰めるのはいつものことではあるが、家に帰ればソファか、一緒のベッドに入ったとしても熟眠できていない。
スティーブンがこの件に関してかなり頭を悩ませていることは+++にもようく理解できた。ヘテロが男を抱くというのはそれなりに覚悟がいることのようで、特に信仰が深いというわけではなくともスティーブンはクリスチャンであり、禁忌は禁忌なのだろう。
いや、恐らく違う。
たぶん、生理的に無理、というやつだ。
普段、仕事で好きでもない相手とそういう関係になることも厭わないスティーブンだからこそ、最初は楽観視していた。だがどうにも、いざそういう行為を前にすれば嫌悪感すら湧いてくるらしい。
あまりに拒否反応が出るものだから気になって呪術師に聞いてみれば、おそらくは必要以上に沸いて出てくる嫌悪感も、呪術が影響しているらしいとのことだった。あっさり目的を果たし解呪してしまうのを、阻止するためのものだろう。
「お前の恋を奪ってやる」とは、つまりそういうことだった。
「君のことは好きなんだ、本当に」
と、スティーブンは弁明する。好きだと思うのに、いざ向き合って抱こうとすると激しい嫌悪感が沸くという。だからこそそれが辛く、君を苦しめている状況も含め、罪悪感で一杯になる。
そう言って俯くスティーブンは、ついに+++の目を見なかった。
ここまでくれば鈍感な+++でもわかる。好きだというスティーブンの言葉は、今やもはや義務感と罪悪感のかたまりだ。
スティーブンの+++への恋心は、死んだ。
「最近どうだよ童貞くん」
「最低な呼び名やめてくれますかね!」
特に出動要請もない事務所でのんびりと過ごしていると、頭にぐんと重みがかかる。同じく暇をしていた様子のザップがうざめの絡みを仕掛けてきたのだ。
「近頃お前、番頭とはメシ食いに行かねーのな」
空になっているデスクを見て、葉巻の煙で器用に輪っかを作りながらザップが呑気な声を出した。+++達には要請がないが、何処かの要人との交渉があるとかで、スティーブンもクラウスも外で出ていた。
「昼ごはんおごってくれるひと居なくて大変だよー、ザップ君わたしにおごって」
「馬鹿言え、俺なんて昨日もらった金もうねえんだぞ。お前こそおごれ」
生活力のかけらもないザップにため息を落とす。本当にこの男は、顔と戦闘センスをとったら何も残らない。
「いいことなんて何も無いよー男のままだしザップにはおごってもらえないし」
「童貞だしな」
「そういうのいいから」
「せっかく男になったんだぜ?やっぱここは体験してみるべきだぜー俺が紹介してやるって」
下世話な笑みを浮かべつつ「まあコレ次第で」と指で円を使ってみせるクズを横目に、ソファに凭れかかった背をずるずると滑らせた。
「…紹介してもらおうかなあ…」
それはとても小さな呟きだったが、ザップの耳は聞き逃さなかったようだ。不意に真顔になったザップが、+++の心の中まで見透かすような目をで覗き込んでくる。
ザップの冬の湖面のような目は、人間を丸裸にさせる力を持っていると+++は思う。
「冗談だよ」
「そうかよ」
ザップのいいところは、人の心の機微に敏いところだ。線を踏み越えることはしないが、見放すこともしない。いつものクズらしい行動からは忘れがちだが、彼もまたボスの器ではあるのだ、と思う。
こうして+++に突っかかるのは、鬱ぎ込む+++の気を紛らわすためだろう。
「お前とは人種の違うグラマラスな巨乳に出会いたければとりあえず100持って俺のとこ来いよ」
…そう、気を紛らわすために。たぶん。きっと。首を締め上げる腕を叩きながら、心の中で一応感謝はしておいた。