短編 | ナノ
atro-ala

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眠りの体温は恋人湯たんぽから。


「……眠れまセン」

静かな部屋にその会話が響いて、また沈黙が訪れた。
気休め程度にぼんやりと灯されたベッド脇のランプを眺めてみたり(眩しくなってきて目が痛くなっただけだった)、オーソドックスに羊を数えたりしたが(途中で分からなくなって苛々しただけだった)、やはり眠れない。
こんな時にだけ、時計の秒針の音がやけに五月蝿く聞こえる。
人の気も知らないで隣で眠るギルバートの寝息に集中してみたが、無駄な抵抗に終わってしまった。

「…ギルバート君、寝ちゃいまシタ?」
「………………」

あぁ、これは完全に寝ている。ギルバートに狸寝入りなんて高度な芸当は(恐らく)出来ないはずだから、ほぼ確実だ。
何もする事がないと思考は嫌な方向に進んでいくことは分かりきっているから、必死に考える事を考える。考えれば考える程、頭は冴えていって眠りからどんどん遠ざかっていく。

「…………オカシイ」

体内時計が、ではない。
勿論体内時計もおかしい、昨日は散々レイムにこき使われて徹夜に近い状態なのに、眠りにつけないとはブレイク本人も驚きだ。しかし一番おかしいのはそこではない。
ギルバートは眠れているのに自分は眠れない、それ自体だ。

「ギルバート君、…ねぇ」

肩を揺すってやりたかったが、温かい布団から手を出すのを躊躇して声をかけてみた。相手は少し眉を寄せただけで、一向に起きる気配などない。

「…………」

ブレイクはギルバートに背を向けて丸まった。温かいはずなのに、何処か寒く感じた。
膝に目元を押し付けて早く寝てしまえと頭を叱りつけるが、やはり無駄で。

「…………ふーん、だ」

眠れないのなら、ベッドにいても仕方がない。ケーキでも作って食べながら本でも読もう。そのうち眠気も襲ってくるはずだ。
もそもそと右足を布団から出して、靴を探る。ひんやりとした空気が素足を掠めて体温を奪っていく。

「…………っあ?」
「何処行く気だ」

床に置いてあった靴に爪先が一瞬だけ触れた。見失ったのではない、足が床に付かなくなったのだ。
ギルバートの腕に後ろから強引に抱き寄せられ、されるがまま首筋に唇を落とされる。
今起きた、と云うには口調がはっきりしていて、ブレイクは少し戸惑った。「起、きてたんですか」
「眠れなくて目を瞑っていた」
「……呼んだのに」
「どうするかと思って」

そしたら出て行こうとするから吃驚して体が勝手に動いた、とそんな理由を口走っているギルバートの声は、ブレイクの耳には子守歌だった。
眠れなかったのが嘘のように、ギルバートに抱かれた瞬間から眠気が押し寄せてくる。
次第にギルバートの声にもハリがなくなってきて、ふいに言い訳がぷつりと切れて聞こえなくなった。ブレイクは既にギルバートの声を聞いてはいなかったが。

引っ付いて眠る二人はどこか幸せそうに
笑みを浮かべながら、静かに寝息を立て始めた。
布団からはみ出したままのブレイクの足は外気に晒され、見るからに寒そうに見えたが…いつの間にか、温かくなっていた。



眠りの体は恋人湯たんぽから。
(ギルバート君……)
(ブレイク…)
(あったかい…………)












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