短編 | ナノ
atro-ala

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罵倒ですか、それ?

「いっづっきっ」
「ひぁっ、ちょ、なに!」

耳元で名前を呼んでやるとびくっと身体を跳ねさせて左耳を抑える伊月に、くくっと低く喉で笑う。真っ赤な頬に体育で冷たくなった手のひらをぴたっと当てると、また同じような声をあげるから面白い。
読んでいた本をぱたんと閉じた伊月は眉間に態とらしい皺を寄せて、もうチャイムなるけど、と作った怒り態度に合わない気遣いを寄越してくる。

「なぁ、数学貸して。部室に置いてきちまった」
「……もう、仕方ないなあ」

途端に崩壊する怒った顔が机の中を覗きこんで、数学の教科書を引っ張り出す。当たり前のようにノートや問題集も一緒に出てきて、使い込んでいるだろうに未だ綺麗なそれらに感心しながら、チャイムが鳴るのが今か今かとひやひやした。

とんとん、机で綺麗に均されたそれらを伊月の手から受け取って小脇に抱えながら、数学次だから絶対返せよバカひゅーが、そんなお小言を聞いて。ちぐはぐに柔らかい笑みを溢す伊月の髪をぐじゃぐじゃに混ぜながら分かった分かったと軽く受け流すと、伊月は照れたようにまた頬を赤くし、しかし怒りきれていない表情を浮かべて、

「ばかっ、さっさと行け!」

そんな罵倒。
怒ってるのか照れてるのか判別しようのない表情にプッと吹き出したら、机の上に放置されていた本の角で腕を殴られた。伊月の席のすぐ隣にある教室の出入り口からそのまま追い出されて、容赦なく扉を閉められる。
同時に鳴り出すチャイムに内心ぎょっとしながら、開けてはもらえないだろう扉の前から少しだけ声を張って。

「また来る!」

それだけ叫ぶ。あっちへこっちへバタバタと走る生徒に混ざって自分の教室に猛ダッシュ。もう鳴り終わりそうなチャイムと同時に教室に足を踏み入れて、それと同時に聞いたのは、

「当たり前だ、だーほっ!」

と、俺がよく言うのよりいまいち発音が曖昧な罵倒。
右半身は教室、左半身は廊下に取り残されたそんな状態でぽかんと伊月の教室を見て、一瞬だけ垣間見えた伊月の赤い頬に、俺はにやけるのを堪えられなかった。


罵倒ですか、それ?
(だーほってなんだよ…)
(なににやけてんの、気持ち悪いわね)

スランプ到来かなこりゃあ。
20120415








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