短編 | ナノ
atro-ala

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廊下を走って薄荷味の口付けを。


その日、ザークシーズ=ブレイクは。

珍しく早起きだった。
珍しくお嬢様に朝食を作った。
珍しく朝から仕事をした。
珍しく上司に挨拶に行った。
珍しく怠けなかった。
珍しく誰もからかわなかった。
珍しく誰にも逆らわなかった。
珍しく困っていた部下を助けた。
珍しく飴を持っていなかった。

そう、その日ザークシーズ=ブレイクは。

有り得ない程、良い行いをしたはず、だったのだけれど。
有り得ない程、最高だったと思う、のだけれど。
絶対絶対絶対、レイムさんに小言を言われる事などないと、思ったのだけれど。
現在、ザークシーズ=ブレイクは。

―珍しく廊下を全力疾走していた。


「ひふ、ぁ、う〜…っ」


あぁ、口が痛い。
ヒリヒリする、吐き出してしまいたい。
どうしてこんな目に合うのだ、今日の自分は悪い事などしてないだろうに。

「ザークシーズ、廊下を走るな!!」
「!レイムしゃんっ!!」

部屋から出てきた貴方に、背伸びして抱き付いて、唇を合わせる。
あぁ、今日は律儀に過ごしていたのに。
今日こそ貴方に、褒めてもらえると思ったのに。

「んん、ぁふ…」からん、音を立ててソレは貴方の口に移った。まだまだ口の中がヒリヒリするから、ぐちゃぐちゃにキスをする。
誰かに見られているかもしれない、でもきっと大丈夫だと思う。
それぐらいの配慮は神様だってしてくれるはず、だってこんなに良い行いをしたのだから。


「んは、ぁ…助かった…」

「何が助かっただ!!パンドラ内でする事じゃないだろう、今日は珍しくしっかりしていたから褒めてやろうかと思っていたのにお前は…っ!!」

「だって頂いた飴を捨てるわけにもいかないじゃないですカ、嫌いな薄荷も我慢したんですヨッ、大ッ嫌いな上司だったのに会議が終わるまでヒリヒリ我慢したんデス!!」


そう、大ッ嫌いな上司との会議に珍しく参加した。私なりに頑張って仕事をしたのに。
その上司はわざとか否か、大嫌いな薄荷の飴をくれて…捨てるわけにもいかず、礼儀的に食べなければならなかった。
それから10分、会議が終わるまでハーブの辛さに必死に耐えながら笑みを浮かべて、ここまで走ってきたのだ。

「自分で言うの何ですケド、私いつもよりは頑張りましたヨ!!早起きしてお嬢様の朝食作って朝からパンドラに来て貯まってた書類に目を通してサインしてレポート作って会議に参加して上司に挨拶して、それからっ、それから…っ」


悔しい。こんなに頑張ったのに、もう数時間で今日は終わって、貴方に褒めてもらえると思ったのに。貴方を、少しでも休ませてあげられると思ったのに。


「…………」
「っ、まだ、あるんですカラ、今日は飴を持って来ませんでした、部下も助けたんデス、それからっ」
「ザクス」


低音で呼ばれて、反射的に口を噤んだ。
いつの間にか涙の伝っていた頬を撫でられて、触れるだけの口付けをされる。
薄荷の味がして、少しだけ辛くて。


「怒鳴って悪かった、よく頑張ったな」
「レイムさん…」


唇が触れそうな程近い。褒められた事に内心喜びながら、頬を大きくて暖かい手で包まれる。私はレイムさんからする薄荷の香りに不快感を持たないことに疑問を持った。


「お疲れ様、ザクス。」
「ん……。」
深い口付けを交わす。
薄荷のヒリヒリは何故かもう嫌ではなかった。理由は、考える必要もなかった。



廊下を走って薄荷味の口付けを。
(薄荷はきっと)
(貴方の香り…。)












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