短編 | ナノ
atro-ala

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分かりきった答えを聞きたくて、俺はお前に振り回される


「待て…っ伊月!」
「知るか、ひゅーがなんか大っ嫌い!」

煌々とコンクリートを照らす外灯の下を猛ダッシュで駆け抜ける。太陽もとっくに顔を隠した勉強会帰り、大声を出しながら住宅街を走るのは気が引けたが、それでも奴が逃げるのだから追うしかない。

きっかけは些細なことだったと思う。三年生になれるかなれないかの大きな定期考査前で、勉強漬けに寝不足にバスケ不足に、兎に角お互いに少しばかり気が立っていて。

「伊月!」

もう何日もまともに動かしていない身体に全力長距離走を強いると、流石に身体中が悲鳴をあげた。気分転換にと軽いロードワークはこなしていたが、それでも常々鬼のような練習をこなしている身体には事足りるわけもない。鈍りきった脚は思うように上がらず、しかも勉強の為にと珍しく真面目に持って帰っている教材が鞄の中でがっしゃんがっしゃんと揺れて、心底教科書が嫌いになった。今日ばかりは馬鹿みたいに分厚い日本史の教科書を破り捨てたい。

日向は右肩の重量を勢いのままに投げ捨てた。閉め忘れていたらしい、教材と筆箱とがコンクリートに広がったが、そんなことは気にしている場合ではない。捨て去った分のエネルギーを走る方に回してスピードを上げる。
歩くのは人一倍遅いくせに走るのは速い伊月に追い付くのは容易なことではない。バスケスタイルからしても、シュートという云わばボールを投げるということに特化している日向に比べて、軽やかさと俊敏性を活かしたプレーを得意とする伊月の方が断然スピードは速いに決まっているのだから。
しかしここで追い付かねば男が廃るというものである。伊月の鞄には分厚い日本史の教科書と、さらには数2と数Bの教科書が入っているはずで、つまり断然此方の方が有利な、はずだ。

「伊月ッ!!」
「っるさい、離せ!」

子供のいない静まり返った公園の前で、漸く伊月を捕まえた。後ろからがっしり抱え込んで、暴れる伊月の耳元で何度も、ゆっくり、ごめんと囁く。
がしゃんと、伊月の鞄が落ちた。

「…嫌い」
「ああ」
「ひゅーがなんか、嫌いだ」
「ああ」

俯いた伊月を反転させて、自分の肩口に頭を乗せてやる。おずおずと背中に回される手を愛しく思いながら、柔らかな髪に指を差し込んだ。

「ひゅーがのばか」
「ああ」
「ひゅーがなんか…」
「ああ」

ぎゅ、背中側の制服の生地が握られる。小さく小さく漏れる伊月の言葉を聞き漏らさないように、荒い呼吸さえも押し殺して。

「ひゅーがなんか」
「ああ」
「……好きだよ」
「…ああ、知ってる」

ぶはっと、一気に白い息を吐き出した。


分かりきった答えを聞きたくて、俺はお前に振り回される
(ほら、早く帰るぞ)
(……ひゅーが、鞄は?)
(あ。)

20120318








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