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貴方の特別を独り占めしたいのです

*『ボク色に染められて』続編




(………あれ…?)

こてん、無表情のまま小首を傾げる。角を曲がって二年の教室が連なる廊下が目に入った瞬間、黒子は足を止めた、止めざるを得なかった。昼休みに廊下ががらんどうになるなんて、冬場の廊下が寒すぎるのを念頭に置いてもちょっと有り得ない気がする。

(次…って、ロング、ですよね)

黒子はポケットから生徒手帳を出して時間割を確認する。水曜日の五六限は学年クラス関係無くロングホームルームのはずである。つまり、生徒は普通にクラスで昼食をとってそのまま授業に挑むはずで、黒子が昼食終わりにここに来ている時点で大半の生徒はお喋りにわいわいと廊下や教室やらに溢れかえっている、というのが一般的な高校生じゃないのか。
人気のない廊下、しかし声だけはやたらに聞こえる。黒子は伊月のクラスの標識を見て、しかし扉は開けなかった。多分だが、この教室は今現在女子生徒が占領しているに違いない。となると伊月は一体何処にいるのか頭を捻っていると、ちょうど伊月の教室の扉が開いて見知った顔が現れた。

「カントク」
「あら、黒子くんじゃないの」

やっぱり体操服だ、と密かに思う。廊下ががらんどうになるなんて授業に備えて着替えているぐらいしかない。
黒子は伊月の居場所を聞こうとして、口をつぐんだ。音を発する前に、伊月くんなら、と先を越されてしまったからだ。

「男子はそっちの教室で着替えてるから、日向くん達と一緒なら多分そこの教室ね」

淡々と指差し説明されて流石だなぁと自分でもよく分からないが関心して、しかしやはり顔には出さすに有難う御座いますと丁寧に告げた。それじゃあ部活でね、とバスケ男子とは違う節くれだっていない綺麗な手を振りながら去っていく相田を黒子は少しだけ見送って、言われた通りの教室の後ろから足を踏み入れた。

黒子は溢れ変える男子生徒のなかで伊月を探した。無駄に豊富な部活動のせいもあってか体格のいい生徒が多い中で、平均身長程度で尚且つ細身の伊月は埋もれてしまっているのか見つからない。

(…………あ。)

黒子は心中だけで小さく声を漏らす。教室の前の方の一番奥に、伊月のような綺麗なさらさらした黒髪ではなく、栗色で見た目は硬質な短髪を発見出来た。真反対の位置からでも見える長身に栗色の髪の人物など、そうそういるものではない。

(木吉センパイ)

もしかしたら一緒にいるか、そうでなくても居場所を知っているかもしれない。黒子は持ったままだった生徒手帳を内ポケットにしまい、男子生徒の群れに突っ込んだ。
相撲部だか柔道部だか、黒子にしてみれば規格外にしか見えない人々の隙間を掻い潜り、栗色の髪を目指す。以前に例の無駄に豪華なパンを買いに購買に行ったときと違い、着替えているだけの人々の群れには流れもなく、机という障害物が行く手を阻む。上から見えればいいのにと気が付けば伊月のことばかり考えてる自分に気が付かない振りをしていたら、がしっと手首を誰かが掴んで力強く引かれた。

「っ…どちら様で…」
「おお、本当に黒子だ!やっぱり伊月は凄いなあ、この人の中で見えるなんて」

手首を掴んだのは目的地だった木吉だった。その奥に伊月、日向と小金井と水戸部もいる。隠れて見えないが土田も何処かにいるのだろう、と思っていたら水戸部がすっと移動して土田が見えた。

「お疲れ、黒子」
「…見えてるなら助けに来てくれればいいじゃないですか」
「俺だってあの面子の中に飛び込むのは無理だよ。だから木吉に頼んだろ?」

嗚呼、この人は何処までいっても綺麗だ。黒子は伊月の目をじっと見ながら改めて思う。黒子が目を見つめると大抵は気まずさから目をそらすか、ムキになって睨むように見てくるかの二択だ。しかし伊月は、自然に黒子を見つめる。それが当たり前だとでも言うように、真黒い、光が当たると時々紫色にも見える綺麗な目を、じっと向けてくるのだ。

「それで黒子、今日はどうした?水曜と木曜は数学ないって言ってなかったっけ」
「あ、えっと、昨日言ってた小説、お貸ししようと思って」

制服のポケットの左側から文庫本を取り出しながら、黒子はしまったと無表情に思った。忘れてきたから明日でもいいですか、とでも言っておけば人込みの中ではなく普通に、しかも数学のない明日も会いに来れたのに。
それでも口から出たものは仕方がない為、黒子は伊月の手に文庫本を取り出した。代わりに貸していた本を受け取ってポケットに入れてしまう。

「わざわざさんきゅ。一巻のラスト良かったから、二巻楽しみだ」
「この小説は巻を重ねるごとによくなってて、ボクは五巻が好きなんです。伊月センパイみたいな青年が登場して、表紙が主人公とその青年の綺麗なイラストで。」
「五巻で俺みたいなキャラ?」

うわー読みたい、頑張って読み進めるよ。
向けられるその笑顔を黒子はとても綺麗なものとして鮮明に記憶する。
この笑顔を好きになって、柔らかい物腰に惹かれて。冷静で、綺麗で、その半面ギャグが好きだったり苛立ちを隠せなくなってしまったり。そんな伊月を知る度に、どんどん好きになっていく。

早く読んで下さい、是非語りたいです。
そう言いながら、そう見れるものではない伊月の体操服姿を見た。黒に白ラインの学校指定のジャージのジッパーを鎖骨のあたりまで閉め、それに同じく黒に白ラインの膝より少し上のズボン。黒のスニーカーソックスのせいか見える脚がとても寒そうだ。
伊月が本を鞄にしまうために座り込む一連の動作を無表情で見ながら、次ってロングじゃあないんですか、と日向に聞く。

「あー、次な、ロング使ってドッヂやんだと」
「ドッヂ?と言いますと、ドッヂボールですか」
「おう、クラス対抗でな。学年の親睦を深めましょうとか、もうじき学年変わるっつの」
「そういうわりに日向、朝からそわそわしてる」
「してねぇよだァホ!」

嘘だぁそわそわしてた、なんでそう思うんだ、朝見かけた時にドッヂボールの受け方ちょっと練習してた。

黒子は日向と伊月が交わす会話をぼんやりと聞きながら、目は伊月を見つめる。
伊月は楽しそうに笑っている。黒子は話すときと、なんら変わらない笑顔で。

「……それじゃあ、センパイ方、ボクはこれで」
「あ、黒子!」

その場から逃げるように背を向けて早足気味に二三歩行ったところで、伊月に呼び止められる。詰まりきっていた教室から幾らか生徒がいなくなって先程よりは少し空いていたが、それでも鮮明に伊月の声だけが聞こえたことに黒子は自分で驚いた。
そんな心境はいつも通り顔には出さず、はい、と返事をして、振り向いたら、

「本、さんきゅな!」

と、好きになった、でも他に向けられるのと変わらない、綺麗な笑顔が、黒子だけに向けられていた。
黒子はいえ、と小さく笑って、人知れず拳を作った。


貴方の特別を独り占めしたいのです
(友人や後輩への笑顔ではなくて)
(特別だけに向けられる笑顔がほしい)



リクエストいただきました『ボク色に染められて』続編でした。遅くなってすみません、ここまで長くなるとは思ってなくて…というかカントクと木吉を出すつもりは全くなかったんですが、出たものは仕方ないか、うむ。木吉が途中から消えてますが、小金井にせがまれて高い高いしてます。
なんだか色々分かりにくい気がしますが、皆様の創造力にお任せします(おい)。


20111212









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