「ブレイクが変?」
―それは突然の告知だった。
「彼奴が変じゃないのを見た事がないが」
オレの恋人兼変人兼上司であるザークシーズ=ブレイクが変らしい。
出逢って15年ぐらい経つがブレイクが変じゃなかった事なんてあったか…少なくとも記憶にはない。
いつもふざけた語尾で話しているしたまに真面目になったかと思うと不可解で意味不明な事を云うからだ。
「いつも変ですが…いつもより変ですわ」
「それ人間離れしちゃってない?」
「まぁオズ様、元々ですわよ」
自分の従者の悪口を云われてるのに賛同しているシャロン。
従者が従者なら主人も主人だ。
「兎に角変なんです。もう3日部屋に閉じこもったままですしカーテンも閉まってますし…返事もなし。いるはずなんですが…」
「ブレイクの事だから棚からどっかに…」
「…でも連絡がないのは変ですわ」
棚から出入りできるブレイクが3日部屋から出て来ないと云われても今一ピンとこない。とはいえ恋人の異変(?)なのだ、やはり動くべきか。「強引に入ればよかっただろうが…」
「そうもいきませんわ。プライベートと云うものもありますし…ブレイクだって一応健全な男ですし…こう…それなりに処理とか…」
一応、を強調する辺り、普段男扱いと云うよりはただの使用人、または変人として扱っているのが目に見えるようだ。
実際、体格自体も華奢で白く透けるような肌は女のようで。
「ショリって何だ、上手いのか?」
「処理って云うのはね…」
「オズっ!!」
危ない、オズがバカウサギに変な知恵を吹き込むところだった。
オズがバカウサギに意味のない知恵を吹き込むには理由がある。
バカウサギを賢くしたいとかではなく知識を取り入れて騒ぐバカウサギとそれを止めるオレが情けなく喧嘩する光景が見たいのだ。
なんてドS。「…まぁいい、見てくる」
優雅なお茶会の空気が漂うテラスを出てブレイクの自室へと足を進める。
自室とは云っても使用人の部屋だからか端の方に位置しており、テラスからは少し遠めだ。
「ブレイクの部屋は…ここか」
同じような扉が並ぶなかエミリーの顔型に変形したドアノブを見つけて前に立つ。
音は…しない。
「ブレイクー?いるのか?」
どごっ、
「…え?」
ずるずる、ずるずるずるずる…
なんだ、何か長いものが徘徊する音が部屋の中から聞こえる。
何か引きずるような……?
…ゆ、幽霊!?幽霊か!?
どごっ、と扉を蹴り開けて目を瞑って部屋の中(にいるはず)のブレイクに向かって叫んだ。
「ブレイク!!ブレイク逃げろ襲われる取り憑かれる殺される!!兎に角オレは逃げる!!」
「……ふみゅ」
「…は?」
何だ今の声。
幽霊の赤ん坊か、それならオレだって勝てるはず…!!ここで幽霊を捕まえればオレは絶対ヘタレ卒業だ!!(無理です)
「ふぇ…っえ゛っぇぐ…」
「な、何、何だ幽霊でも泣くのか…!?」
「ふええぇっ!!うあぁ〜んっ!」
「ぁぁぁあ!?」
ぐずぐずと泣き出した何か、を取り敢えず確認しなければならない。
幽霊なんて昼間から出るわけない、と自分を慰めながら恐る恐る部屋の中に手だけを伸ばして灯りをつけた。
床で白いシーツが動いているのが見え、泣きそうになりながらも、そっ、と捲りあげ取り払った。
「……え?…ぁ、あ、え?」
明らかに動揺している。
そこにいたのは泣きながら頭を抑える小さな赤ん坊。
とても、見覚えがある。
「…ぶ、れいく…?」
「ひっく、ぐず…いちゃいれしゅ…」
「!!??」
「いちゃいじゃないれしゅかぁ!!」
夢か、と思った。
オレがアヴィスに落とされて変な空間にでも出たのかとも思った。
どれも違うのだが。
「ブレイク、なのか?」
「ぅ〜…あい、しょうれしゅ」
舌足らずの言葉が可愛らしい。
ふにふにした白い肌、桜色の頬、くりくりした紅の目。
「…何で小さく?」
「分かりましぇん…怖かったぁ…ぐず」
小さくなった理由は分からないらしい。
身長が足りず扉が開けられなくなった上、力が無さ過ぎて棚も開けられず、何よりこの姿を見られるのが嫌で俺が助けに来るのを待っていたようだ。
「…まぁいい、テラスに行こう。」
「っふぇ」
「大丈夫だ、オレがいるだろ」
こんな時ぐらいヘタレは卒業だ。
ブレイクを抱えあげて部屋を閉める。
軽い体が余計に軽くなって少し心配になってしまうが年相応なのか。
「む…ヘタレに抱っこ…」
「文句あるなら歩け」「やだ、歩けましぇん」
歩けない、と云うことはハイハイか。それはそれで可愛い気もするが。
ブレイクはブカブカのシャツを着ていて子供服なんて持っていたのか、と俄かに尋ねると人形が着ていたのを適当に着たようだ。
ただ下着はどうしようもなくてズボンは履けなかったらしい。
「っき」
「あ、ギルおかえ…」
「きゃああああ!!」
テラスに着いた瞬間上がる歓喜の声。
言わずもがな、シャロンのブレイクに対する声だ。
「可愛いですわ、ブレイクったら何時の間に出産なんて…!!」
「よかったねーワカメにならなくて」
「どういう意味だ!!」
シャロンは椅子から立ち上がりオレの腕の中にいるブレイクの頭を優しく撫でる。ブレイクは照れているのか顔をオレに押し付けてコートを小さな手で握っていた。
「ワカメになるわけないだろ…って違うだろ!!」
オレはワカメじゃないしブレイクがワカメになるわけもない。
コイツら完全に俺とブレイクの子だと思ってやがる。
「ほら、顔見せろ」
「やらでしゅっ、はじゅかちぃっ」
「大丈夫だって…っとほら」
コートを掴む手を剥がし抱き上げてシャロンとオズに顔を向けてやる。
う〜、と唸りながらもちゃんと顔見せだ。
「…あれ、ブレイク?」
「たしかに…両目じゃありませんわ」
「ほら、名前は?」
「っふぇ…ざーくしーじゅ、でしゅ…」
「よくできました」
再び抱き寄せてやれば、えぐ、とえずきながら一層泣き出した。こんなに泣き虫だったのか…新たな発見をしてしまった。
「まぁ…!可愛いですわ…っ!!」
「泣き虫だったんだねーブレイクって」
きゅるるる、る
「「「あ」」」
「〜…っふえぇ…っ」
「泣くな、3日何も食べてないんだろ。当たり前の事だから、な?」
「…っぅう…、あーい…」
「よし。」
さて、赤ちゃんは何を食べるのか…やはり離乳食が妥当か?
「シャロン、厨房借りるぞ」
「えぇ、ブレイクはお任せ下さいな」
「やらっ、ぎりゅばーとく…」
「飯作って戻ってくるから大丈夫だ」
「や、やらでしゅ…っぇ、ひっく、」
「なななな、泣くな!!」
ふにふにの頬を片手で包み込み落ちそうな涙の粒を親指で掬う。オレから離れるのが不安で仕方なのか嫌々、と駄々をこねるように顔を横に振ってブレイクは泣く。
「いっちゃやぁぁっ…」
「行かない!!行かないから、な?」
「ひっく、ぇ゛っぐ、ぇぇえーん…っ」
涙腺が壊れそうな勢いで泣くブレイク。
泣き虫にも程がある気がするが…。
赤ちゃん特有の抱き方をして背中をポンポン、と叩いてあやす。
少なくなっていく涙に比例するように瞼が降りてきて、大きな赤が小さくなっていった。
ふ、とオズが思い出したようにポケットを探り、あの時計を見つけるとあのメロディーを流しながらブレイクの上で揺らし始める。
「あー、ぁぅ…ぅにゅー…」
揺れる懐中時計を追っていた手はふらふらと腹の上に落ち、ブレイクは眠ってしまった。
泣きつかれたのだろうか。
「ブレイク可愛いなぁー…」
「ふにゅ…」
「あ」
ブレイクの頬をつついたオズの手を捕まえ人差し指をかぷり、と噛んだ。
とは云っても歯が生え揃っていないのか痛くはないようだ。
「にゅ…ふみゅ」
「おしゃぶりと間違えてるのかな…」
「私も抱っこ出来ますの?」
「あ、あぁ。」
オレじゃなくても平気なのだろうか、と一瞬思いはしたものの、眠っているのだから大丈夫だろう。
ちぽんっ、と効果音がつきそうな程に
くわえ込んでいたオズの指を抜いて、そっとしゃがみ込む。
言わずもがな、オレとシャロンの身長差が40センチ近くある為である。
「そっとな、そっと…」
「分かってますわ…」
そっと起こさないように。
シャロンの手に渡されたブレイクは変わらず寝ている。
問題なさそうだ。
「可愛いですわ…」
「んむ……にゅ…ぅ…」
女性独特の何かあるのか、ブレイクは先程より気持ち良さげに眠っている。腕の感触や匂いか…それが何かは分からない。確実なのはシャロンの母性本能を擽っている事だ。
「小さいザクス兄さん…新鮮ですわ」
「シャロンちゃん、俺もブレイク抱っこしたい〜」
「ふふ、はいどうぞ」
シャロンからオズへとブレイクが渡る。
瞬間、2人が仲睦まじい夫婦に見えたのはオレだけの秘密だ。
「ふぇっ、え゛っぐ、」
「何で起きちゃうの!?俺のせい!!?」
「まぁまぁ、泣かないで下さいな」
再びシャロンの手に渡るブレイク。
オレはメイドに持ってきてもらった粉ミルクとお湯をほ乳瓶に入れ、振りながらかき混ぜているのだが。
果たしてブレイクが牛乳を飲むのか…
「え゛ぐ、おじょうしゃまぁ…」
「お嬢様だなんて…お姉様がいいです」
「ふぇう?おねえしゃま、でしゅか?」
「聞きましたか!!私感動ですわ!!」
目をキラッキラさせてこっちを見るシャロンをオズがまぁまぁ、と落ち着かせる。
ブレイクは赤ちゃんになったことで思考が追いつかないのか頭上に大量のはてなマークを浮かべた。「分かったからコレ飲ませろ」
光り輝くシャロンにほ乳瓶を渡す。
正直眩しいので目を逸らしたが飛んでくる星が頭をこついて痛い。
「…これ熱すぎません?」
「ミルクの作り方なんて知らないんだ。…頼むからキラッキラするのは止めてくれ!!星を散らすな、痛い!!」
「まぁまぁまぁまぁ」
…あ、ヤバい、ハリセンが登場し、
「(ちーん)」
「ぎりゅばーとくん!!」
「大丈夫ですわ、ブレイク。貴方の恋人はヘタレで丈夫ですから♪」
どくどくどく。
血が、血が…ぁぁぁっ!!
「ミルクは人肌温度ですわよ」
「詳しいんだね、シャロンちゃん」
「私のバイブル本にて学習しましたの」
いいながら手にミルクを一滴落として少し顔をしかめた。
やはり熱かったらしい。
シャロンはほ乳瓶の蓋を開けて軽く振り、冷ました後にもう一度温度を確認した。
今度は良かったのだろうか、顔をしかめる事はしなかった。
「ブレイク、お飲みなさいな」
「……………」口元にほ乳瓶の先を突き当てても、なかなか飲み始めないブレイクを訝しげな顔をしたシャロンを見てブレイクに冗談を言ってみたり。
「…お前恥ずかしいんだろ」
「…オジサンが、ほ乳瓶でしゅよ…?」
「(思ってたぁー!!)」
心の中で鋭く突っ込む。
ブレイクは体は20代、オレと変わらないが中身は40前、アヴィスでのブランクを入れると…。
オジサンどころかおじいちゃんだ。
…まぁ、そんなブレイクが好きなのだから仕方ないと云えば仕方がない。
マニアックと云われれば、それまでの話だ。
「でも今は立派なオレの言葉にあわせて便乗するオズとシャロンだが下心が見え見え。
ようするにブレイクがミルクを飲むのを見たいだけだ。
「む…飲みしゅ、よ」
小さな手でほ乳瓶を支えたブレイクはシャロンの手の中でミルクを飲み始めた。
ちゅっ、ちゅー…
「「可愛い(ですわ)!!」」
「親馬鹿みたいに言うなよ…」
「ん、んく…んむむ、」
「美味いか?」
「ふみゅ!!」
「…分からないんだが」
「ふにゃっ、おいちかったれしゅ」
にこー、と屈託なく笑うブレイク。
普段の胡散臭さなんてものは微塵も感じられなかった。
「ブレイク、ゲップは?」
「げっぷ?」
「赤ん坊はミルク飲んだらゲップだ」
「む〜……?……けふっ」
「ん、合格」
シャロンからブレイクを抱き取り、とんとん、軽く背中を叩くと可愛らしい音が口から漏れた。
どこかでミルクの後はげっぷ、と聞いたのだが…どこだったか。
まぁ分からなくても何ら支障はないが。
「こんにちは、帽子屋さん」
「うにゅ?」
「!ヴィンス!!!」
テラスに入ってきたのはヴィンセントとエコー。
馬車の音は聞こえなかったが…謎な弟の事をいちいち考えていては身が保たないので気にはしない。
「可愛い…解毒薬持ってきたんだけど、もういらないかな?」
「まぁ、貴方でしたの!?」
「帽子屋さんの部屋に副作用のある香水撒いたんだ…いい香りだったでしょ?」
笑う辺り、反省はしてないようだ。
シャロンも咎めるような口振りだが可愛いブレイクが見れて嬉しいらしくハリセンの登場もなければ表情も微笑ましい限りである。「あの薔薇の香りはお前のしぇいか、う゛ぃんしぇんと=ないとれい」
腕の中で敵意剥き出しにするブレイク。
いつもなら近付けない雰囲気なのだが小さいせいか子供の反攻に見えて、これもまた微笑ましい光景だ。
「うんー可愛いねー」
「むー!!貴方のしぇいでちょ!!」
「うんうん、可愛いなー」
「ふぇ…ぇうっ、ひっく、うぇえー!」
話を聞かないヴィンセント。
いや、聞いているのに からかっているのかもしれないが。
そんな悪戯も赤ん坊状態のブレイクには完全にストレスなわけであって特に涙脆いせいもあり大泣きを始めた。
「大丈夫だ、大丈夫だからな?」
「ふぇえーっえ゛ぅっ、ぅぁあー!!」
「ヴィンセント様が泣かせましたか。」
「いやーギルじゃない?」
「ヴィンスだ!!」
あやすように腕を揺するも泣き止まないブレイクを見かねたのかエコーが聞いてきた。
エコーはオズと顔合わせ後速攻で何やら口喧嘩を始めたので知らないのだ。
(言うまでもない事だが「エコちゃ」「エコーですっ。」のやり取りである。)「ヴィンセント様、子供を泣かせてはいけませんとエコーはお伝えしたはずですが。」
「僕じゃないよー?」
「うああぁーん!!」
「ブレイク、ほらエミリーですわよー」
「泣くな、な?」
「ふぇええええー!!」
あぁ…
『可愛いなぁ…』
(オズ、ギル、シャロン、ヴィンス)
その後ヴィンスから薬を奪い取った俺は泣き叫ぶブレイクに強制的に飲ませて、なんとか事件は終焉へと導かれた。
END