短編 | ナノ
atro-ala

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保護者の役目

「すまない…すまないザクス…!!」
「…泣いて、いるんですカ?」

そう云ってザークシーズは自嘲気味に笑った。
肩の上にいるエミリーを掴もうとしたのか、手を伸ばすもそこはただの空間。
エミリーは枕の横にいるのだ。

「本当に、本当に、なのか」
「冗談でこんな事しませんヨ」

スコーンに伸びる手はまた空を掻いただけ。
爪痕すら残りはしないのだ。

「…貴方が謝る事なんてない」
「私が、止めていれば…っ」
「貴方如きの意見一つで私が行かなかったと思うのですカ?」

悲しげに笑う。
僅かにずれた視線が冗談なんてまっぴらだ、と主張して。

「私は貴方が止めても行きましたヨ。」

普段と変わりないその目を細くて頼りない手で覆って。

「…116人の犠牲がたかだか両目で済んでるのが奇跡じゃないですか」

震える声。
何も言えない自分に無償に腹がたった。
目の前で、大切な人が傷付いていると云うのに。

「私は片目でこの世界が見えた。全てはないにしろ、貴方やお嬢様やオズ君やギルバート君やアリス君も。私が生きていた頃にはなかったような美味しいケーキだって見る事ができた」

泣いているのかは、分からなかった。見えない目から涙が流せるのかそんな知識もない。

「小さかった貴方やお嬢様やギルバート君の成長をこの目で見て生きてこれた。…これ以上、私には何も望みませんヨ」

ただその手が濡れたように見えたから。ただその心が泣いているように見えた、だけ。

「レイム、さ…」
「喋るな」

嗚呼、抱き締めてしまうなんてなんて恥ずかしいことを。

「…お前のその目は治る。治してやる。これからもシャロン様やギルバート様や新作のケーキを見続けろ。」

約束も絶対も根拠もない。
治る、なんて保証はないけれど。

「お前の罪の償いは自分を傷付ける事じ
ゃない。大切な者の成長を見守り、消えた命の分まで楽しく生き抜く事だ。」

消えてしまった命の灯火は二度と灯りを放ちはしないけれど。
罪償いの為に自分の故障を嘲笑うのは間違いだと思った。
苦しくても辛くても笑って生き抜く事が大切なのではないかと。

「お前がそんなでどうするんだ。シャロン様もオズ様もギルバート様も…皆お前が守るべき大切な人達だろう!」「…………」

勝手なのは重々承知だ。
これで軽蔑されても後悔はしないのだろうけど。

「…くくっ、あっハッハッハッ!」
「な」
「その大切な人の中に貴方も入れて下さいネェ?」
「!!!」

にこりと笑うそれ。涙に濡れる目をパジャマの袖口で拭ってエミリーを肩の上にのせた。

「……してやられましたよ。しょうがないですカラ、お馬鹿で愉快過ぎる子供達の面倒は大人の私が見て差し上げましょうかネ」

揺れる足を床に付けて静かに歩き出したザクス。
見えないながらにゆっくりで少し覚束ないような気がしたが、しっかり地に足をつけて前を見て歩く姿は以前と変わりはない。
畳んでおいた普段の服を手探りで広げて腕を通し始めた。
その顔は悲しげな笑みを浮かべてなどいない。

「私の名はザークシーズ=ブレイク。この世界に落ちてこの名前を頂いたその瞬間から私は貴方達の保護者です。…………ネ、レイムさんっ♪」




END








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