短編 | ナノ
atro-ala

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ドロボーは刑事が逮捕する。

13巻ネタです。




「っうわ…っ!」
「伊月センパイ!?」

がくりと右足が落ちる。
踏ん張るも何も踏み場を失って、あとは重力に任せて落ちるだけだった。条件反射で手を伸ばすがそこには木も何もなくて、掴んだのは自分の吐き出した真っ白な息で。それが壁に突き刺さって自分を支えてくれるなら、どれだけ頼もしかったことか。勿論絶対有り得ないけど。
相田影虎の言い付けで(という言い方はあまりよろしくない気もするが)、誠凛バスケ部一同は野山でケードロをしていた。高校生にもなって、とは誰しも思っていたが、スポーツマンの性なのか少年心の居残りなのかは分からないが兎に角必死だった。ドロボーに当てられた伊月は、主に黒子と行動を共にしつつ、見て呉れだけは完全にヤンキーと化した日向から命懸けの逃亡劇を繰り広げ、そして冒頭。気づかぬうちに入り込んでいた山奥で、鬱蒼と茂った草に埋もれて気付かなかった小さな崖に落ちたのだ。

「伊月センパイ!」

黒子は崖の上から下を覗き込んだ。高過ぎるとは言わないが飛び降りれる高さではなく、校舎で言えば二階か三階ぐらいはある。伊月は頭を打ったのか、ぐったりと地面に身体を預けたまま動かない。
周りを見渡すが人の気配はない。ケータイは体育館に置いてきてしまっているし、降りられない以上違う道を探すしかないが、果ての見えない高くて長い崖の壁を見る限り、どちらにどれだけ行けば降りられるのか検討もつかなかった。大体にして、すぐに降りられたところで黒子に伊月を背負って山から出るのは至難の業だ。

「……………」

もう一度伊月を見る。動いてるようには見えない……とくに出血しているようにも見えないので所謂最悪の事態、なんていうのはないと思うが、やはり放ってはおけない。

「伊月センパイ」

聞こえているのかいないのか、分からないが声をかける。動けないだけで意識はあるかもしれない、もしかしたら此方から見えていないだけかも。

「ボク、一度山を降りて皆を呼んできます。」

離れても絶対に、―――見つけてみせますから。

黒子は最後だけ小さく呟いて、その場を離れた。


「………く、ろこ…?」

伊月は重い瞼を開く。視界いっぱいに広がっているのは伸びきった草ばかりで、一瞬何が起こったのか頭が真っ白になる。
そういえば、遠い意識の中で黒子の声が聞こえていた。皆を呼んでくるとか、そんな内容だった気がする。最後に小さく呟いていた何かは分からなかった。

「っ……いた…」

ゆっくりと上体を起こして、改めて周りを見回してみた。不幸中の幸いというやつなのか、落ちた先は少し水を含んで柔らかくなった土で大きな怪我はなかった。とはいえ、頭を打っているので少々くらくらするのは仕方がない。
伊月は人の気配を探ってみることにした。鷹の目…イーグルアイは役に立たないこともないが、この広大な自然の中では無きに等しい。むしろ、自分の見える範囲なら何に関しても上から覗き込める、なんて能力だったらそれこそ化け物である。百々のつまり、鷹の目というのは自分が置かれた状況下で見渡せる範囲を視界転換出来るというもので、昨晩温泉で日向が言っていたような壁で隔てられた部分は見えないし、鬱蒼と木々が生えているこの山もまた然りだ。

葉の揺らぎ、鳥の囀り、水の流れ―…自然そのものの音は聞こえるが、人間の息遣いや罵声は聞こえない。
ここから動くべきか、伊月は悩んだ。黒子が誰か呼んだとして、ここにまた来れるのかは保障出来ない。この切り立った崖を登るのも降りるのもなかなか無謀で、ならば自分で山を降りる方がいい。降りてしまえば、ケータイが使える……

「あ、ケータイ」

そういえば、キャプテンの日向と副キャプテンの伊月は、刑事とドロボーの代表も兼ねてケータイを持っていたのだった。山奥=圏外にしていたが、そもそも山奥にある宿泊地で電波二本の意地を見せていたのだから、可能性はある。
伊月はポケットからケータイを出して、電波を確かめた。
一本。
なかなかガッツあるな、とケータイを誉めつつ、着信履歴から日向を探す。温泉行きが決まった日、バッシュや練習着を持ってくるよう連絡を受けた為、その名は早く見つかった。
発信ボタンを押して、機械音に耳を傾ける。無機質な音がまだ少しくらくら揺れている頭にやけに響いて、さっさと出ろよバカひゅーが!と検討違いなことを思ってから、そういえば日向のいる所が電波悪いんじゃ話にならないような、と思い当たる。呼び出し音は鳴っているので全く電波が入っていないことはないだろうが、そもそも走り回っているのに着信音に気付くのかかなり怪しい。

「カントクの方がいいかな…」

リコなら恐らく体育館にいるはずなので、まだ希望はある。そちらにかけようかと通話終了ボタンに手をかけたところで、無機質な音がぷつりと切れた。

『もしもし、伊月?どうした、降参する気になったか』

日向は息を荒くしながら笑っている。オニゴッコ中に電話なんかすんなだァホ!とかなんとか怒鳴られる気がしていたので、伊月は暫し面喰らってからその場にまた寝そべった。木漏れ日の眩しさに瞼を下ろす。

「うん、降参。だからさ、さっさと俺を捕まえに来てよ。わざわざ自首電話してるんだからさ」
『自首電話しなくったって自分から自首ついでにお前の自首を伝言しに来たぞ、黒子が』
「あぁ、黒子……近くにいるなら御礼言っといて」
『残念だが大雑把な場所聞いて二手に別れた』
「そっか」
「そうだよ、だァホ」

受話器を押し当てた右耳と、何故か最後だけ左耳からも日向の声がした。ぱちくりと目を開けると、目の前に日向の顔があって、吃驚するよりも先に唖然とする。
この至近距離で気付かないってどうしたんだ俺、あぁ、目閉じちゃったからか。

「心配したじゃねぇか」
「刑事がドロボーを?」
「伊月をだよ、だァホ」

日向がケータイをぱちんと閉じて、伊月を抱き上げる。
逮捕完了、なんて言うから態々自首してやったんだよノロマな日向の為に、と笑ってやった。両手が塞がっているからか軽い頭突きを食らって、痛いと大袈裟に痛がってみせたら落とすぞ、なんて脅されて。それだけは勘弁してと結構本気で言ったら、日向は冗談だよだァホと笑った。

その場に忘れ去られた伊月のケータイが発する無機質な通話終了音が、黒子の手で消された。

「離れても絶対に、…ボクが、見つけるはずだったのに」


ドロボーは刑事が逮捕する。
(ドロボー同士では叶わない関係)



分かりにくい気がするすみません…!
黒子が小さく呟いた言葉、「離れても絶対に、―――見つけてみせますから」は、「離れても絶対に、ボクが見つけてみせますから」のつもりだったんですが、最後の最後で文を変えるしかなくなって分かりにくくなってしまいました…精進します。

20111119








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