君がいないと
豊臣滅び、乱世はつかの間の穏やかさを保っていた。
揺れる水面を見つめていると、この前の戦いが鮮明に蘇る。
私と対峙した時、元親は何を思ったのだろう。
それは怖くて聞けない。
もし‥…もしも元親に"いらない"なんて思われたらどうしよう。
嫌われたっていい
だけど"私"を否定してほしくない。
いつも優しい目で私を見つめてくれる彼が『軽蔑』と『恐怖』に染まっているのを何度も想像してしまう。
そんな人じゃないって知っているのに
「‥…霧姫?どうした、つまんねぇか?」
そこで隣に元親がいることを思い出した。
水面からは釣り糸が伸びている。
皆の傷が癒えるまで匿ってもらった奥州からの帰り
慣れない馬の旅で疲労が溜まっていた私達は日が暮れる前に宿を見つけることができた。
それから気分転換に釣りに出かけたんだ、すっかり忘れていた。
「え?‥…あ、いやそんなわけじゃないよ!
ちょっと疲れちゃったの」
「おいおい、そんなんじゃ餌に食らいついてきた魚に逃げれちまうぜ」
「釣りなんて久しぶりだからな‥
腕が鈍っちゃうよ」
元親がいつものように笑う。
私も笑みを浮かべたがきっと上手く笑えてない。
ぎこちない、作り物の笑みだっただろう。
咄嗟に取り繕ったがきっと元親は気づいている。
彼は小さな変化を見逃さないから。
私があの日から"おかしい"という事を。
ー
霧姫の様子が変だ、ということは薄々気づいていた。
慣れない馬の旅で疲れているのだろうと本当の理由から目を背けていたが、そろそろ直視するべきかもしれない。
話しかけても返事をしない霧姫が心配で少し大きめの声を出した。
「霧姫?どうした、つまんねぇか?」
すると漸く水面から目線を外し俺を見てくれた。
だけどその目はいつもの霧姫じゃなかった。
何かに怯えたような、不安に染まった小さな子供の目をしている。
「腕が鈍っちゃうよ」
そう言いながら笑みを浮かべた霧姫は笑えてない。
必死に取り繕っているが隠しきれてない不安感。
‥…何に怯えてるんだ?
そう率直に尋ねることは未だ出来ない。
彼女の事だから素直に教えてくれないだろう。
俺を心配させないためにも。
今はその心遣いが霧姫との間に距離を作ってしまっていた。
俺が助けることができないなら、せめて心が軽くなるようにしてやりたい。
こんな状況のまま土佐に帰っても俺達はもとの関係には戻れないだろう。
とっておきの場所を知っている。
大阪に向かった時政宗達とここを通った。
もう少し奥に行けば辿り着ける、俺しか知らない場所。
「霧姫、夕陽を見に行こうぜ!!」
わざとらしく明るい声を出しながら立ち上がる。
急に俺が動いたからか、驚いている様子の霧姫だったが素直について来てくれた。
***
元親を追って、釣りをしていた場所から歩いて少しするとキラキラと輝く海が見える丘に出た。
ほんの少しだけ海から離れていただけなのに懐かしくて胸が締め付けられる。
「‥…綺麗だろ?もうすぐ陽が落ちるぜ」
さっきまで薄い橙色だった水面は太陽の紅色と溶け合って1つになるみたいだ。
隣では潮風に吹かれる元親の姿。
‥やっぱりカッコイイな。
胸につかえていた物が少しだけ楽になった。
すると元親は真剣な声音で話し始めた。
「霧姫、お前が何かに悩んでいるのは知ってる。無理に語らなくてもいいけどな、俺はお前の主でもあるが恋人でもあるんだ。
‥もしその重さに耐えきれなくなったら俺に預けろよ」
疑っていた私が馬鹿だ。
元親は変わらないのに、自分一人で怯えて怖がって‥
海が綺麗なのは知っていたが俯いて滲む視界から外した。
重力に従ってゆっくりと頬流れ落ちる雫。
情けない。
こんな人間が主を支える軍師になれるわけないじゃないか。
ぐっと奥歯を噛んで涙を止めようとする。
強くならなきゃ。
過去は変えられないけど未来は創る事ができる。
「‥大丈夫。もう不安じゃないよ
ちゃんと隣りにいて笑ってくれる人がいてくれるって思い出せたから」
私は心配症で不安になりやすいから、また忘れてしまうかもしれないけれど。
きっと元親の隣で見た空と海が1つになる光景は忘れられない。
まっすぐ目の前の光景を見据え、目に焼き付ける。
「‥貴方がいない世界はきっとこんなに綺麗じゃない。
私を助けてくれてありがとう」
元親を見つめて微笑む。
今度はちゃんと心から微笑むことができた。
「馬鹿野郎。大切な恋人を助けるのは当たり前だろうが。
お前はいくら俺に甘えたっていいんだよ」
そう言って元親は私の頭に手をのせて引き寄せた。
彼に包まれると漸く帰ってこれたのだと痛いほど実感する。
「おかえり」
「‥…っ。ただいまっ!」
再開を喜ぶ私達を沈む夕陽と微かに見えはじめた星達が見守っていた。
END.
2016/04/24