思考回路奪回



はっちゃんの大切なものは、その両手に抱えきれないくらいにある。

興味あるもの
好きなもの
やりたい事

どれを取っても俺よりはっちゃんの方が多くあげられる。

その中で俺は何番目?
一等大事?
それとも?

俺が姿を消したらはっちゃんは何て思う?

ねぇ。




朝は珍しく寝坊でもしてるのかくらいにしか思ってなかった。

教室へ入る頃になっても現れないので、まぁ何か忙しいんだろう程度に思って流した。昼になれば食堂でイヤでも顔は合わせるだろうから、あまり深くは考えていない。

けれど、飯時になっても姿は見えない。同じ組の勘右衛門とはいつも通りに顔を合わせているので、い組の都合ではなさそうだ。演習の話も特に聞いていない。

さすがに何かあったんじゃないかと思うようになってきたけれど、勘右衛門も雷蔵達も何言う訳でもなく、自分だけが心中騒いでいるようだ。

いつもは水場で会ったり、食堂で会ったり、気がついたら兵助が隣に並んでる。



昼飯に冷奴なんてついてくるからふいに思い出しちまった。
うーっと唸っていると、向かい合わせの同じ顔が同時に顔を向ける。

「なんだハチ、今日はやけに落ち着かないな」
「何か心配事でもあるの?」
「いや、その…んー」

正直に言うか言わまいか。

二人は朝から兵助が姿を見せない事に、気がついていないのだろうか。いや、俺ですら気がつく違和感に、聡いコイツらが気がつかない訳がない。そう思っても2人はいつも通りにしか見えず、自分だけが一人狐につままれているようだ。
もしかして、兵助に会っているのか?

普段はあまり物事を深く考えない俺が、自分の思考の渦に埋もれて雷蔵ばりに頭を抱える。
悩むって、迷うって結構つれぇな。
そんな歯切れの悪い俺に、雷蔵と三郎が顔を見合わせている。

どう話していいのかわからないので、そういえば、と話を切り替えた。

「今日の昼飯は兵助と勘右衛門は来ないのか」
「いや、なんでもい組は課外授業で出てるらしいぞ」
「え?知らねぇけど」
「は?朝兵助から聞いたんだが?」
「教室出る時も2人で顔出しに来てたよ。ハチ?」
「や、なんでもねぇ」

寝耳に水。青天の霹靂。
一瞬どういう事なのかわからなかったが、答えは簡単。いつもと変わらない日常だった。

そうかそうか。いくら鈍いといわれる俺でも、ここまでされたらわかるぞ?
何でかはわからないが、兵助は俺を避けているらしい。

俺、なにかしたっけか?



結局何もわからないまま授業は終わり、いつもの放課後、いつもの夕食を過ごした。

委員会は今日も容赦なく俺らを引っ掻き回す。生命ある者に手を抜く事はできないので、いつものように誠心誠意尽くさせて頂いた。ただ、今日は少し上の空な時が多かったかもしれない。孫兵に何度となく声をかけられた気がする。

生活を共有する空間の中で、いる筈の兵助と一度たりとも顔を合わせる事はなく、後ろ姿すら目端を掠める事もなかった。
気持ちは晴れようもないまま一日中もやもやしていたが、避けられている手前、会いたくても会えない人物に直談判はできない。

それに、兵助が考えなしにこういう事をする訳がないので、多分俺自身が何かしらの原因を作っている。
頭が暇になる度に考えてみたけれど、思い当たるものがないので途方に暮れてしまった。


今日の一日の締めくくりに入った風呂で火照った体を、長屋の屋根上に登って風に晒す。緩やかに奪われ下がる熱が心地よい。夜の幕を下ろし、本格的に星が瞬きだした空を一人堪能していると、後ろから知った気配が上ってきた。

「何しに来たんだよ」
「今日は俺の事、いっぱい考えた?」
「考えた。悩んだ。心配した。腹がたった」

今日一日俺の思考を占拠した元凶がようやっと顔を出す。俺は顔を向けるでなく、空に視線を留めたまま返事をしてやる。せめてもの仕返しだ。
同じように夜着を纏った兵助は、くすりと笑って隣に並ぶ。

「そっか。じゃあ、大成功だ」
「大成功?」
「うん。たまにははっちゃんの頭を俺でいっぱいにしてやろうと思ってさ」
「は?」

返ってきた返答に納得がいかない。汲めない意味の理解を求めて、見るまいと思っていた兵助の顔を、思わず見てしまった。
兵助は「こっち見た」とおかしそうに笑う。

「だって、いつも俺ばっかりで不公平だ」

俺と一緒に伸ばしていた手足を縮込めて、両膝に顔を埋める兵助がぽつりとこぼした。

「はっちゃんはいつでも後輩やら虫やら勉強やらで俺はいつでも後回し」
「そんなことしてねぇだろ」
「はっちゃんが変わらないなら俺が変わればいいと思ったんだ。ホラ、押してダメなら引いてみなってね」

にこやかにいう兵助に、開いた口が塞がらない。お前はどれだけ俺のことを悩ませれば気が済むんだ。
脱力した体から、これでもかと重いため息を吐いた。

「俺は見事お前の策に嵌まった、というワケか」
「そうみたいだね」

兵助は心底楽しそうに清々しい笑顔を向ける。俺といえば面白くもなんともない。兵助の手のひらの上でまんまと転がされてしまったんだ、当然だろ。

「こんなにうまくいくとは思わなかったよ」
「そうかよ」
「俺が思ってたよりも愛されてるみたいだし?」
「…ばぁか」

からかいを含んだ言葉にそっぽを向いて反抗した。上機嫌な兵助は、まだ乾ききっていない俺の髪を一房掬い上げて唇を寄せる。

「もう、こんな事すんなよな」
「んー、はっちゃん次第?」
「…善処します」

兵助を蔑ろにしたつもりは毛頭なかったけれど、本人がそう思ったというのなら俺も兵助に甘えていた所が無意識にあったのかもしれない。
今日みたいな仕打ちは結構クるものあるから、できれば再挑戦はしたくないと思った。

少し冷えてきた体を抱え込むと、「そろそろ戻ろうか」と兵助が立ち上がり手を差し伸べる。
その手を取って向かい合わせに立ち上がったけれど、そのまま動こうとしない兵助と繋いだ手に、きゅうと力を籠められた。
少し見上げる角度にある兵助の瞳が一途に浮かべる感情を読み取ると、重なった視線を外せなくなってしまう。

「俺が企てた事だけど、今日一日はっちゃんに会えなかったのは寂しかった」
「…俺だって」

言い淀んでやめた。
言葉にしないとわからない事もあるが、言葉にしてもわからない事もある。この気持ちを言葉で伝えるのに足る表現を俺は知らない。その代わり繋いだ手を外して指を絡め直す。
兵助は少し目を瞠ると、こつんと優しく額を合わせてきた。

「ごめんね」

眉尻の下がった、なんとも頼りなくて寂しそうな笑みを浮かべる。
そんな顔すんなよ、どうしてやったらいいのかわからなくなる。
兵助だけのせいじゃないのに。

「ごめんな」

そういって合わせた額をぐりぐりと押し付ける。痛いし!と兵助は笑った。

それから長屋の自分の部屋に入ると、いつものように兵助も入ってくる。
その”いつも”が当たり前になっているのが可笑しくて、笑ってしまった。そんな俺をみて「思い出し笑いは卑猥なんだぞ」とトンチンカンなツッコミを頂く。
お前の事を思い返していたんだけどな。

そんな返事をすれば図に乗るだろうから言ってやらない。



お前は色んな事に手一杯で自分の事を蔑ろにするというけれど。

寧ろ、お前の望むように俺の頭の中はお前で一杯だよ。




end...



サンタ9』サイト管理人さんのあずまよサン主催の素敵すぎる企画「純粋すぎる君へ」の提出作品でした。

初めてタイトルから作品を作る、という事をしてみました。お題って面白いですね。コレはなかなか癖になりそうです(笑)

竹谷総受けなとってもご馳走様な素敵企画に参加された、他の皆様の作品がものっそ気になります。どきどきどき☆そんな中、私ごときが一緒に並ばってしまうのはとても恐ろしいのですけれど…ドキドキ(゚∀゚;)ドキドキ
いつも以上に黄砂ドド吐きないちゃらぶくく竹ですが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

楽しく参加させて頂きました。
ありがとうございました!!






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