初めは純粋な愛だった。
何処で歯車が狂ってしもたんやろ、何時か壊れてまうのは分かっとった、分かっとったのに、手放せへん。
俺の視界の隅で何かが動く。
動いた"それ"は確認せんでも分かる、やって、俺が閉じ込めたんやから。
ふっ、と"それ"を見る。
"それ"は、小さい呻き声をあげながら俺を虚ろな瞳で捉えた。
俺は、座っていた椅子からゆっくりと立ち上がって"それ"に近付く。
そして、首に繋がっとる鎖を引っ張ると、ジャラっという金属音が部屋に響く。
相変わらず"それ"は俺を虚ろな瞳で見る。
「何や、その目は。」
「…。」
「何か云えや。」
少し力を込めて鎖を引っ張ると"それ"は苦しそうに声を漏らす。
「云うてみ、誰があんたの主人や。」
「…っ…ぅぁ…、」
「聞こえへん。」
「……も、嫌だ…っ、」
"それ"はそう云うとぼろぼろと泣き出した。
やっと絞り出した言葉は、俺の望んどるもんとは違う、ムカつくわ。
俺は"それ"の前髪を掴んで顔をあげさせる。
泣き腫らしてクマの出来た目、噛み過ぎてガサガサの唇、今も血が滲んどる。
端から見たら綺麗なんて云えへん位汚い顔しとる、せやけど、俺はどんなになろうと綺麗やと思う、なのに、なのに。
「あんたが悪いんや。」
俺がそう云うと"それ"は訳が分からへん様な表情で此方を見る、相変わらず死んだ魚みたいな目で、俺は構わず話を続ける。
「あんたが俺の事見いひんから、認めてくれへんから。」
こんなに、
「俺かてこんなんやりたないんやで?」
こんなに、
「あんたが素直に俺を頼ってくれとったら、こないな事もしいひんかったんに。」
こんなに、愛しとるのに。
俺は、何故か"それ"を直視出来んくなって掴んでいた"それ"の前髪を乱暴に離し目をそらした。
ホンマ、思い通りにならへん奴や、そんな事を考えながら、小さく舌打ちをする。
すると、下の方で掠れた声が聞こえてきた。
「…私、は…、」
「誰が喋って良え云うた。」
俺は、ドスのきいた声で『それ』に云い放つ、せやけど、"それ"は聞こえてへんみたいに喋り続ける。
「嫌い、…嫌、い、嫌い…、あんた…、なんか、」
聞きたない。
「黙れ。それ以上喋ったらホンマに殺すで。」
聞きたない。
「大嫌、い…っ」
"それ"の言葉を全部聞く前に、俺は部屋から急いで出た。
4つ程鍵掛けてゆっくりと息をつく。
走った訳でもあらへんのに心臓がこれでもかっちゅー位早う打つ。
俺は扉に凭れ掛かり、そのままずるずると腰を落とす。
何でや、何で俺を見てくれへんねん。
下唇をぎゅっと噛む。
じわじわと血の味が口の中に広がる、せやけど気にせずそのまま噛み続けた、口から伝う紅い液体と、透明で生暖かい滴とが混ざってズボンに染みた。
傷付けたのは俺、その傷を癒せなかったのも俺。
何時の間にか傷は膿んでいった、その膿さえ拭えなかった俺は一体何の為におるんやろか、俺は、只、
「あんたの一番になりたかっただけなんや…っ、」
そう返事の帰ってこない扉に吐き出した。
2011/09/08