もう泣かないって決めた、泣かないって誓った。

けど本当は、泣けないって思った。

朝、何時ものように起きて、何時ものように学校に行く、教室に入れば何時ものように生徒の声を五月蝿いって思いながら自分の席に着く、そして、何時ものように静かに読書、何時も同じ事の繰り返し。

世界は規則的に廻っているように、私の世界も規則的に廻っている、けど、最近はそんな私の規則的な世界を少しずつ壊していく人物が現れた。

そう考えているとドアが音をあげる、ほら、きた。


「あ、忍足おはよーさん!」

「おー、おはよーさん!」


女生徒に明るく返事を返す男子生徒、そして、その明るい返事のような色素の薄い髪色。

忍足謙也、自称か他称か知らないけど"浪速のスピードスター"とか云われている。(らしい)

下らない、興味ない、私は視線を本に戻した。

が、直ぐに現実に引き戻された。


「おはよ、名字さん。」

「……おはよう。」


さっきあの子に見せた笑顔で挨拶をしてくる忍足君。

話し掛けないでよ、私みたいな人間構って何が楽しいの、どうせ腹の中じゃ私の事笑ってるんでしょ、私に話し掛けないで、私に近付かないで。

何て云えれば楽なんだけどね。
私は少しだけ忍足君を見て、直ぐに目をそらし読書を再開した。

ほら、忍足君も諦めてさっきの女の子達の所に行きなよ、何時まで私の席の前にいるつもりなの。

私は気怠そうに顔をあげ、何か軽い嫌みでも云ってやろうと私が口を開こうとした瞬間、忍足君は呟いた。


「何で名字さんいっつも独りなん?」


それは誰に云うでもなく、本当に小さく、独り言のような呟きだった、しかし、何故だか無性に心を掻き乱された気分になった、あんたに何が分かるの、私の、何が。


「何も知らないくせに…、知ってるみたいな云い方しないでっ!」


気が付けば、私は立ち上がっていた、立った拍子にガタンっ!と椅子が倒れたが気にしない。

忍足君は私の行動に驚いて目を見開いている、けど、一番驚いてるのは私だった。

誰かを睨むとか声を張り上げるなんて何時振りだろう。

回りを盗み見れば、さっきの女子生徒を含め、教室にいる人間全員が私を見ている。

最悪だ、本当、最悪、こんなのとんだ恥曝しじゃない、逃げたい、この場所から、この空間から。

私が何も云わず教室から出ていこうとすると、勢いよく右手が何かに引っ張られた。

吃驚して振り返れば、其処には申し訳なさそうな顔で私を見ている忍足君がいた。

訳が分からない、忍足君の行動全部が分からない。

私が今の状況に混乱していると、忍足君は小さく話した。


「何や、名字さん傷付けたみたいで、ホンマにすまん。」

そんな事、本当は思ってないくせに。


「確かに俺は、名字さんの事あんまり知らへん…。」


なら、何も云わなくて良い。


「クラスメイトやから知っとる気になっとっだけやった。」


構わない、私の事なんて誰も知らなくて。


「せやけど、名字さん事知るんは今からでも、遅くないやろ…?」


何を考えてるんだろう、いや、きっと何も考えてないんだろうな、忍足君は、只思った事を口にしてるだけだ、私も、そう出来れば。

何時からだろう、素直になれなくなったのは、何時からだろう、他人が怖くなったのは、何時からだろう、泣けなくなったのは。

どんどん視界が霞んでいく、自分でも分かる程、表情が歪んでいく。

気が付けば頬を伝った生暖かい滴、其れが泪だと理解するのに、少しだけ時間が掛かったが何となく分かった。

嗚咽を洩らしながら泣く私に、忍足君は慌てて自分の制服の袖でごしごしと私の泪を拭う、痛い、そう思いながらもぼろぼろと泣いていたら忍足君はポケットから何か取り出す。

普通はハンカチかティッシュであろう其れは、全く違う物だった。


「今日、ハンカチ忘れてもうてん…。せやから、これで堪忍っ!ホンマすまん…。」


差し出された其れは、葡萄味の飴だった。

ああ、何となく分かった気がする、私は忍足君が嫌いな訳じゃ無い、只、眩しくて目をそらしていただけ、私が影にい過ぎただけだった。

そう思うと、心なしか気分が軽くなった。

私は、差し出された飴を手に取ると小さく、ありがとう、と呟いて、少しだけ泣いた。


2011/08/24
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