問題、一つの甘いお菓子と二つの気持ちを合わせると、何が出来るでしょうか?

今日も今日とて、つまらない授業、特に昼休み後の古典なんて"寝て下さい"と云っているようなものだ。

名前は溜息をつきながら口の中で飴玉を転がした、コロコロと小さい音を立てながら徐々に小さくなっていく飴に少しばかり残念な気持ちになる。

(…この後どうせ何にもしないだろうし、サボろうかな…)

名前はそう考えるか早いか、手を挙げて教員に、気分悪いんで保健室行って来ます、と早口に告げて教室を出た。

そんな名前の後ろ姿を見ながら白石と謙也は深い息を吐いた。


「またかいな名前。今月で何回サボってんねん。」

「ま、しゃーない云うたらしゃーないんやろけどな。名前自由人やし。」

「いや、意味分からへんわ。自由人やったら授業サボって良いっちゅー訳や無いやろっ。」


謙也はむすっとしながら携帯を弄る。

白石は只呆れたように返した。


「せやけど、何回云うてもサボり癖は直らへんかったやろ。」
「名前の阿呆っ。腹いせにメールしたろ。そんで生徒指導に見つかってまえ。」

「先生ー、忍足君が携帯で遊んでますー。」

「ちょ、白石何云うてんねん!阿呆!」


この後、謙也が携帯を没収されたのは云うまでも無い。

そんな事を露知らず、名前は屋上へ続く階段を上っていた。

授業中だから当たり前だけれど、生徒の姿は何処にも無い、小さく鼻歌を歌いながら屋上に着き、ドアを開ける、爽やかな風がそよそよと吹いて心地が良い。

名前はその場で伸びをしながら、影の有る場所に座った。

ポケットから音楽再生プレーヤーを取り出し耳に宛がう、其れに合わせて名前もまた小さく歌った。

気が付くと此処に来るまで会った飴玉無くなっていて、名前はポケットから飴を取り出す。

手の中には苺味と檸檬味と葡萄味と蜜柑味の飴が一つづつ有った。名前は取り敢えず檸檬味の飴玉を口に含んだ。


「酸っぱい…。」


少しばかり眉間に皺を寄せ、酸っぱさに目を細めながらも飴玉の甘さを堪能した、お気に入りの曲聴きながら、綺麗な青空見てお菓子を食べる。


「幸せの極みだー…。」


名前はそう云いながら、ズルズルと壁を伝って軽く寝っ転がるような態勢になった。

数秒間目を閉じて開けてみると、丁度目に付いたのは貯水タンク、普段は梯子は外されていて登れないのだが、何故か今日は梯子が掛けられていて、誰でも登れるようになっていた。

今迄貯水タンクの所に登った事が無い名前は、興味本位で登ってみる事にした、一段目の段に足を掛けてカンカンとローファーと梯子の接触する乾いた音が屋上に響く。

後一段登れば上に着くという所で、何故か一瞬目に刺すような光が反射した。

名前が上を確認すると、其処には自分以外の人間がいた。

(何だ、サボりか。)

と、名前は一人納得し、上にいる人物には気にせず上に上がろうとしたが、手を掛ける場所にその人物の手が置いてあって手が掛けられない。

少しだけ顔を上げてその人物の顔を見ようとするものの、逆光で全く見えなかった。

暫く考えた後、名前は面倒臭そうにモゴモゴと言葉を発した。


「あの、其処、ていうか、上に上がりたいんだけど…。」


そう云うと、チラッとその人物の顔を盗み見る、やっぱり逆光で見えなかった。

幾ら待っても返事が返ってこないので名前は小さく溜息をつきながら梯子を降りようとした、しかし、いきなり手を掴まれそのまま引っ張り上げられた。

突然の事に頭が付いていかず名前一人アタフタしていると笑い声が聞こえてきた。

勿論この場所には名前と謎の人物しかいない、名前には今この状況で笑う余裕が無い、という事は、分かっていた事だけれども、笑ったのはコイツで。

名前は少しばかり落ち着きを取り戻し、その人物を軽く睨みつけた。けれど、その人物には睨みなど効かず寧ろ逆に攻撃された。


「何ですか、その目は。」


と、云いながら名前の額にデコピンをした。

知らない相手にデコピンされて、しかも罵られるって流石にそれは無いでしょ。

名前は迷惑そうに笑いつつ、云った。


「何処の誰だか知らないけど、知らない人にデコピンしちゃいけませんって教わらなかった?」

「教わってません。」


ムカつく。

四天宝寺の教育は一体どうなってんだ!と名前は叫びたい衝動を抑え(人の事が云えないので)さっきより眉間に皺を寄せた。

そんな名前を見てか謎の人物(NZと呼ぼう)はまたスッと手を名前の額に向けた、名前は咄嗟に額をサッと隠す。

少しビクビクしながらNZを見ると、何がつぼに入ったのか喉の奥でくっくっと笑っている、もう何なんだこの人。

あまりにも笑うので名前が怪訝にその人物の顔を見ていると、やっと笑いが収まったのか口元に宛てていた手を離した。

ふっと、あたりが暗くなったと思い上を見上げると、太陽に雲が掛っていた。

名前は視線を元に戻してその人物を見た、しかし、顔を見た瞬間に名前は固まった。

何か、この人見た事有る。

整った顔立ち、キラキラ綺麗な黒髪、そして極めつけにカラフルなピアス…名前が考え込む様に唸り声を上げるとNZはちょっとだけ眉間に皺を寄せて話した。


「随分下手な鼻歌っスね。」


違うよ馬鹿。

名前はつい口の中に会った飴玉を噛み砕いてしまった。

ハッと我に帰って飴の安否を確認する、しかし飴玉は原形を留めておらず、見事に粉々になっていた。

落ち込む名前を尻目にNZは話し掛ける。


「あんた、オモロイっスね。」

「あ、あぁ…ありがとう…。」


飴を粉砕した事に落ち込みつつ力なく返すと、さっきより名前の元気が無くなった事に気付いたのか不思議そうに問い掛ける。


「何や、さっきより元気ないなっとるやん。」

「いや、別に…。」


名前はそう云うと、まだほんの少しだけ残っている飴の残骸をカリカリと名残惜しそうに食べた。

そして、勿体無い…と呟きながらポケットから新しい飴玉を取り出す。

残りは三つ、苺味と葡萄味と蜜柑味。

どれから食べようか悩んでいるとヒョイッと葡萄味の飴玉が手元から消えた。

驚いて顔を上げると名前の視界には既に飴玉を食べているNZが映っていた。

あまりの衝撃に口をパクパクさせていると、NZは、鯉みたいっスわ、と云って来た。

何なんだコイツ、本当何がしたいんだ、私の貴重な飴玉さん…私の…。

名前が俯いて何も云わないので、流石にNZも不審に思って顔を覗き込もうとするが、それよりも早く首元を力任せに持たれる。

NZは名前の気迫に押され少しだけよろけた。

そんな事も気にせず名前はNZをキッと睨み付ける。


「今日はしょうがないから許すけど、次やったらあんたの口の中に飴玉しこたまぶブチ込むから。」

「…………。」


女に有るまじき言葉に引きつつもNZは、しゃーないっスわ、と首を縦に振った。

それを確認するとパッと手を離しまだ少し不機嫌そうだが、踵を返して梯子に手を掛けた、しかし、上から覆いかぶさって来る物に阻まれる。

多少嫌悪感を抱きつつも、ゆっくりと振り返り覆いかぶさってきた人物を見る、NZは面白い玩具でも見付けたような顔で名前に怪しい笑みを向けた。

そのNZの笑みに名前は不安を覚え、バタバタと暴れてみせるが力の差は歴然で、全く歯が立たずに、体力だけ削られてしまった。

名前が諦めて抵抗するのを止めると、NZは喉の奥で笑う、やっぱり訳が分からない。

名前はNZの真意が分からず、頬を膨らませて拗ねる、そんな名前に向けてNZは妖しく笑いながら云った。


「明日も此処、来はりますか?」


来る気なんか無い。

第一そうそう授業サボれる訳無い、



なのに、何時の間にか首を縦に振っていた、変なの。

名前は少しだけ自嘲的に笑うと、NZを見た。


「明日も来る、けど。今日の代わりのお菓子持って来てよ。」


そう云うとNZはほんの少し目を見開いた、だが、直ぐにまた薄く笑う。


「あんま食ってたら太りますよ。」

「初対面の君に云われたくない。」


数分位云い合いをした後、二人は顔を見合わせて軽く笑った。

明日は今日より少しだけ多めに飴玉を持ってこよう。

別にこいつの為じゃ無いけど。

何故か今日は階段を降りる足が軽かった。






教室に帰ると涙で机を濡らす謙也と其れを面白がって笑っている白石がいた、あ、そういえば。


(名前聞くの忘れた。)
(ま、良いか。)


2011/06/11
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