あー、お腹痛い。
私は覚束無い足取りで保健室に向かった。
ガラッとドアを開けて、先生の方を見た、筈なのに、視界に入ったのは先生ではなく、白石蔵ノ介で、私は驚いて後退る。
そんな私を見て白石は、何驚いてんねん、とニヤニヤしながら私の方に向かって歩いて来た。
「白石こそ、何で保健室にいんの。」
私は近寄ってくる白石に怯えながら言葉を紡いだ、しかし白石は私がやっと云った言葉をさらりと返した。
「保健委員やから。」
理由になっていない、だって今は授業中だ、私は一応先生に許可を得て授業を抜け出してきた訳で。
いや、そういえば白石休憩時間いなかったな、私は記憶を辿り、頭を整理していった、確か今日は保険医は出張だから代わりに白石が頼まれてた様な気がしなくもない。
私はこの空間というか、この余りにも白石にとって好都合な設定に背筋を震わせる。
そんな私を見て白石は、怖がってんねや?可愛いなあ、とか云っている。
足は止まらない、私は半歩下がる、白石は半歩進む。
ああ、何時までもこの距離が縮まらなかったら良いのに、私はそんな事を考えながら後退っていると、保健室は案外狭いもので、あっさりと壁と背中がぶつかった。
ヤバイかも。
もう後ろに引けない私を尻目に白石は更に歩みを進める。
しかも今は半歩じゃなくて一歩ずつ、確実に近づく距離、そして何時の間にやらお互いの顔が目と鼻の先位近付いていた。
何て云うか今直ぐに此処を抜け出したい、というか逃げ出したい、恥ずかし過ぎて心臓は無駄に早鐘を打つし、目なんか合わせられない、其れでも無しに遠くから見ても格好良いのに、こんなに近くにいたらどうかなりそう。
すると白石はふっと笑って私に話し掛けた、御丁寧に耳元で囁く様に。
「名前滅茶苦茶余裕無い顔しとる。可愛いなあ。」
「〜っ!」
態とらしく息を吹き掛けて来るから更に顔に熱が集まったのが手にとるように分かった。
逃げ出したい、早く白石から解放されたい、これ以上何かされたら溶けてなくなりそう。
私はギュッと目を瞑った、しかしそれが逆効果だったらしく、白石は喉の奥でクッと笑ったかと思うと私の鼻の頭をかぷっと甘噛みした。
私が驚いて目を開けると、其処には白石の顔。
近、い、私今何されてるんだ、可愛らしいリップ音と共に離れた白石の唇。
私、キスされた、白石に。
何となく自分の唇にそっと触れてみた。
まだ、白石のが残ってるみたい、気持ち悪、くは無いかも知れない。私がぼーっとしていると、白石は妖しく笑って私の顔の横に手をついた。
私は驚いてハッと我に帰ったが、時すでに遅し、また白石の顔が近付いてくる。
きっと今さら抵抗しても無理だろうなあと思い、私は目を瞑った。
さっきより少しだけ深いキス、息苦しくて、酸素を求めて口を開けば舌が侵入ってきた、最初は驚いたけど、段々慣れてきて。
小さく変な自分の声が出たけど、何だかどうでも良かった、反応する身体に反してやけに冷静な頭に嫌気がさした。
私は何時の間にか必死に白石のシャツにしがみついていた、少し強く握ってみれば簡単に皺が寄った。
何分位していたのか分からないが、白石がゆっくりと唇と離した、私達の間に厭らしく銀の糸が引いた。
私がまたぼーっとしていると白石は優しく云った。
「好きや。」
「…は?」
「名前の事、めっちゃ好きや。俺だけの物んなって…?」
小首を傾げて聞いてくる白石…一体その仕草で何人の女の子を泣かしてきたんだ、この女の敵。
私が何も云わず黙っているのを良い事に、白石は続ける。
「沈黙は肯定したちゅー事で良ぇんか?」
「…な、あ…、」
「ん?」
「んな訳有るかぁああ!!」
私が大声を出して白石を威嚇すると、流石に白石は驚いたのか私の顔の横についていた手を少しだけ浮かせた。
私はその僅かな隙をついて白石の拘束から逃れた、自分の腕から逃げた都合の良い獲物を逃がした肉食動物の様に白石は困った顔をした、実際本気で困ったのは此方なんだが。
私はキッと白石を睨み付けて身長差のお陰でかなり腕を伸ばさないといけないけど、それでも頑張って白石の首元を掴んで云ってやった。
例え白石の事好きな女の子に反感を買っても構わない。
「私はキス魔の白石なんか世界で一番大嫌い。」
私はそう云うとパッと白石のシャツを離し、足早に保健室を後にした。
あんなに痛かったお腹も何時の間にかおさまっていた、私は今だ残る熱さを鬱陶しく思った。唇を拭うとまだ白石の味が有るみたいで、嫌気がさした。
でも唇を拭わなかった。
気付けばこの時から私は白石の術中に嵌まっていたのだろう、私は屋上の爽やかな風を身体に感じながら、自分の膝で気持ち良さそうに眠る白石の頬に掛かった髪に優しく触れた。
するといきなり手を掴まれ、引っ張られた、重なる唇がどこか懐かしくて愛おしかったとは白石には云わない。
2011/05/02