私は、君とこうやって一緒にこの景色を見ているだけで良かった、本当にそれだけで良かったんだ。


「平古場。」


名前が名前を呼ぶと平古場はぬぅーがや、と云い名前の事を見る。

名前は何か云おうと口を少し開いたが、思い返した様に開いた口をつぐんだ。


「…やっぱり何でもないや。」

「ふーん。」


平古場は少し不信がっていたが、詮索する事が面倒なのかそれ以上は何も云わず、また海を見始めた。

波の音だけが世界を満たしていた、名前も平古場も何も云わない、只海を見ていて、名前は目を閉じて波の音に耳を澄ませていた。

そんな名前を見て、平古場は喋った。


「名前、何か有ったのか?」


その平古場の問い掛けに名前はゆっくりと目を開けた。

そして平古場を見て、少し笑いながら云った。


「別に、何にもないよ。」


さっき云ったじゃん、と名前は続けたら、何故か平古場は更に問い掛けた。


「じゃあ、何でそんな悲しそうな顔してんだ?」

「…そうかな。」


名前ははぐらかす様にまた笑って、そんな名前を見て平古場は立ち上がり、名前を見下ろした。

名前は平古場の行動に驚きもせず、只平古場を見つめていた。


「名前は、自分が聞かれたくない話になると直ぐ笑ってはぐらかす。悪い癖さー。」


名前は何も云わない。


「何年やーといると思っとんばー。」


そう平古場は云うと、ムスっとした表情のまま、また座った、名前はやっぱり何も云わなかった。

あれから何時間かが過ぎ、平古場は立ち上がり「帰るぞ。」と云いながら、名前に手を差し出した。

しかし名前は首を横に振り、私はもう少しだけ、此処にいる、と云った。

平古場は何か云おうとしていたが、その言葉を飲み込み、早めに帰るんだぞ、とだけ残し、帰って行った。

砂浜に一人、名前は只とり憑かれた様に海を見つめていた。


「最初は、こんなんじゃなかったのになぁ。」


ポツリと名前は呟いたが、寄せる波音で殆ど掻き消される。

名前はゆっくりと立ち上がり、波打ち際に寄る、サンダルが濡れ、足先に冷たい物が染みた。

しかし名前は気にせず、更に暗い海の中に進む。

水が膝辺りまで来た時、名前の目からは泪が止めどなく溢れていた。


「何これ、変なの…。」


そう云いながら名前は泪を袖で拭いていると後ろから声が聞こえた。


「名前!」


振り返ると、其処には何時間か前に帰った筈の平古場がいた。

平古場は慌てて名前のいる所まで行き、手を掴み砂浜に戻った。

名前はまだ流れる泪を拭い、平古場に問い掛けた。


「何で、」

「は?」

「何で、平古場がいるの、」


俯いたまま話す名前に平古場は淡々と云った。


「やーの所のおばさんがやーがまだ家に帰ってないから知らないかって電話が掛かってきたからさー。」


そう云うと平古場は名前をキッと睨み、云った。


「じゃあ、次は俺が聞くが、やー何してた。」

「別に、」

「ちゃんと俺の質問に答えろ。」


名前がまたはぐらかそうとすると平古場は語気を強め、詰め寄ったが名前はどう答えて良いのか分からず、只口をはくはくさせていた。

そんな名前を見て平古場は溜め息をつき、もういい、と云った。


「俺は信用出来ないっつー事か…。ま、別に良いけど。」


平古場は苦虫を潰したような顔をし、帰るぞ、と云い、名前の手を掴んだ。

しかし名前は平古場の手を振り払った。


「…ぬぅーがや。」

「私は、平古場の事信じてる。」


平古場は名前の言葉に驚いたが、直ぐ元の苦い様な顔に戻り、その事はもういいって云ったさー、と云い、名前から目をそらした。

「でも、あのままだったら平古場は誤解したままだったでしょ?」


名前が確信を突く事を云い
平古場はばつが悪そうに何も云わず踵を返して歩き出した。

名前は平古場のその行動が怖くなって、気づけば名前は平古場に駆け寄り抱き着いた。


「うわ!?な、何すっさー、やーは!」

「行かないで。」

「は?」

「私を、独りにしないで。」


最初こそ平古場は嫌がっていたが、名前が泣いている事に気付き、何も云わなかった。

名前は止まる事を忘れた水の様に話始めた。


「私、怖いんだ。」

「何が。」

「大人になる事。我儘なのは分かってる。でも、もう独りは嫌だよ。別れるその時は笑っていられるのに。別れた後は、自分が自分じゃ無いみたいに泣いちゃうんだ。何で引き留めなかったんだろうって。何で独りにしないでって云えなかったんだろうって。でも、引き留めたとしても其れは私のエゴでしかない。誰かと別れるのは、生きていく中で沢山有るのにね。…何でこんな嫌な子になっちゃったんだろう。」


名前はそう云うと、平古場の背中に顔を埋めた。

平古場は何も云わず、名前の話を聞いていた。

何分位経っただろうか、暫くして名前は掠れた声で小さくごめん、と謝り、平古場から離れた。

少し腫れた目を袖で擦り、帰路につこうとした。

だけど、後ろから引っ張る力に名前はよろめき、その力に体を預けると、其処には平古場がおり名前を受け止める様に抱き締めた。

名前は突然の事に驚いていたが、平古場が何も云わないので名前も何も云わなかった。

静寂の中に、波の音だけが優しく響いていた。

少し時間が経ち、平古場はゆっくりと話始めた。


「名前は独りじゃない。何時だって俺がいる。俺だけじゃない。やーの友達も家族も、皆側にいる。そりゃ、何時かは別れる時も来る。その時はその時さー。」




そう云うと平古場は少しだけ笑った。


「それともぬぅーがや?名前が今まで築いてきた物はちょっと離れただけ直ぐ無くなる物なんがやー?」


平古場は名前に言い聞かせるように云った。

名前は首を横に振り、そんなこと、無い、と声は小さかったが、しっかりと云い切った。

そんな名前の言葉を聞き、平古場は少しだけ安堵して名前を腕の中から解放すると、名前に手を差し出し、何度目かの言葉を口にした。

「帰るぞ。」

「うん。」


名前は差し出された平古場の手を握り、笑った。

二人の回りには、波の音が優しく響いている。


2011/04/07
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