白石と付き合って六年、今日は二人でゆっくり過ごせる久し振りの休日。

に、なる筈だった。

「…あー…」
「ごめんな、こんな大事な日に…、」
「決まったものは変えようがないよ、それだけ白石が必要とされてるんだって。」

朝早くに白石から電話が掛かってきたかと思ったら、日曜日なのに急遽仕事が入った、という特に聞きたくもない事を告げられた。

いや、別に全然ショックとかじゃないし、今日を楽しみにしてなかった訳じゃないけど、今までだって突然仕事が入ったりする事もあったし、その度に穴埋めはしてもらってるし、全然大丈夫、うん、たまたま仕事が入っただけ、今日じゃなくても白石とは予定合わせればいつでも会えるし、うん、平気平気。

一つだけ深い息を吸い込み、白石に返事をして電話を切った。

「…お互い子供じゃないんだから、」

そう呟きながら、一緒に見ようと思っていたDVDを片付けた。

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あれから何をするでもなくいつものように家事をこなし、晩御飯も済ませる、結局、白石から連絡は来なかった。(少しだけ期待してたけど)

あと数時間もすれば、今日が終わる。

淡い期待なんかするだけ無駄、別に一人だって良いじゃない、誰の目も気にしなくていいし、自分だけの自由な時間は約束される、気楽で生きやすい。

そう思ってはみるものの、本来いるべき人が自分の隣にいないのは、やっぱり寂しいと言えば寂しい。

本当は凄い会いたい、今日だってほんの少しだけど我が儘を言いたかった、行かないでって、一言だけでも言いたかった、そうすれば白石は優しいから私の事を傷付けないようにいつだって側にいてくれるから。

だけど、そんな子供みたいな事しても、私が白石に嫌われてしまうだけだって分かってるから、自分の気持ちに少しだけブレーキを掛けて送り出してあげる。

素直になれないのは、昔から私の悪い癖だとは自覚しているけども。

はぁ、と溜め息を吐いて時計を見れば、あと二十分もしたら日付が変わる時間帯になっていた。

流石に、こんな遅くに白石は私の家には来ないだろうなぁ、正直来られても何も振る舞えるようなものないし、そもそももうパジャマだし。

なんて思ってると、玄関の方から物音が聞こえてくる。

まさかとは思ったけど、恐る恐る玄関とリビングとを隔てるドアから覗いてみれば、見覚えのあるミルクティー色が人懐っこい笑顔でこちらを見ていた。

何か、もう、嬉しいやら吃驚やら色んな気持ちがない交ぜになって、気が付けば私は白石に抱き着いていた。

「今まで寂しい思いさせて、ホンマごめんな…にしても、今日は珍しく積極的やん?」
「…駄目なの?」
「まさか。」

寧ろ、名前からこうしてくれるん、めっちゃ嬉しいで、なんて言いながら白石は優しい手つきで私の頭を撫でる。

さっきまでは、一人でも良いなんて思ってたけど、やっぱり好きな人が目の前にいたら、側にいて欲しいと思うなんて、本当に私は意思が弱いなぁ。

暫くお互いに何を言うでもなく抱き合っていたら、白石が体を離し、今日は名前に大事な話があんねん、と言って私をリビングに誘導する。

何?と問い掛けてみても、白石はにこにこしたまま、ちょっと待っててな、なんて言い残してリビングを後にした。

大人しく待っていると、またしても玄関から物音がする。(近所迷惑になってないといいけど)

「名前、こっち向いてみい。」
「ん?…んん?」

言う通りに声のした方に向けば、そこには、赤い薔薇の花束を持った白石が立っていた。

取り敢えず、それは何だ、と私が言うよりも先に、白石が話を始める。

「今日で付き合って六年やな。」
「え…あ、そう、だね、」
「何や、名前と一緒におったら、時間が経つの、あっという間に感じたわ。話とって楽しいし、めっちゃリラックス出来んねん。」
「あ、ありがとう…?」

そこは疑問符付けんで良えやろ、と言われて思わず苦笑いしていると、もう一度名前を呼ばれる。

「何…?」
「あんまごちゃごちゃ前置きしても無駄やし、シンプルに言うわ。俺と結婚して下さい。」

…え、何言ってんの、結婚…?私と白石が?何で?いや、確かに私達は恋人同士だし、いつかこうなるのかもなんて思ってたけど、え、何言ってんの。

私の瞬きが異常に多い事に気付いた白石が、落ち着いてからで良えで、と私の頭を撫でる。(薔薇の良い匂いがする)

取り敢えず、頭の中で整理して、自分が白石にプロポーズされた事は理解した、けど。

「どうして…、」
「名前が驚くのも当たり前やな。確かに付き合って長いけど、一緒に棲んどる訳やないし、呼び方も何故か微妙に距離あるし。」
「それはごめん。学生の時の癖が…、」
「別に気にしてへんよ。そういう自然な名前が良えねん。せやから、これから先も一緒におりたい。」

返事はちゃんと考えてからで良え、大切な事やし簡単には決められんって分かっとるから、と白石は少しだけ眉を下げて笑う。

確かに、付き合うのは簡単だと思う、だって気に入らなければ別れられるから、だけど、一度結婚してしまうと簡単に別れる事は出来ない。(と私は勝手に思ってる。お互いの体裁を考えて)

だけど、この人となら、ここまで私の事を思ってくれる白石となら、私も。

「一緒にいたい、」

きっと赤くなっているであろう頬を、指で撫でながらそう告げると、ふわりと体が暖かいものに包まれる。

多少吃驚したけど、抱き着いてきた白石の背中に控えめながらも手を添えると、白石は息でも止めていたみたいに、深い溜め息を吐いた。

「大丈夫?」
「大丈夫、ではないな、うん…ちゅーか、こんな事言うたら怒ってまうかも知れんけど、絶対断られるって思った…。」
「何で?」

何でって…いきなり言うたし、名前は割りと一人で自由に生きたいっちゅータイプやから、結婚したらしんどいって感じるかも知れんやん、と最後は殆ど独り言のように白石は話す。

こういう所で気が弱いのは、白石も変わらないなぁ。

私は少しだけ笑って、ふんわりと薔薇の香りがする白石のコートに顔を埋めた。

(名前、薔薇って本数にも意味があるって知っとった?)
(いや…)
(ちなみに、これは百八本あるんやけど、どんな意味があるでしょうか)
(煩悩を断て)
(強いな!ホンマの意味は、結婚して下さいっちゅー意味やねん)
(…ベタだなぁ)
(アカンかった?)
(めちゃくちゃ良いです)

2016/02/22
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