「まさか、謙也君から誘ってくれるとは思いませんでした。」


そう云いながら、俺の隣をするりと通り過ぎて波打ち際まで歩いていく名前。

乾いた笑いを浮かべながら、俺も名前の後について海に近付く。

近くにいた小さな蟹が、慌てて何処かに逃げていくのを少しだけ横目で追ってから、名前へと視線を戻した。

流れるような動作で垂れてきた横髪を耳に掛ける名前に見惚れとると、それに気付いた名前が不思議そうに俺を見詰め返す。


「どうかしましたか?」

「え?あ、いや…、えっと、あ、今日の服可愛えなーって、思って!」


名前はあまり腑に落ちんかったんか、少し首を傾げたけど、直ぐに地面の砂に目を向けた。

流石にさっきの云い訳は無かったか?何て、一人で悶々としとると、名前がおもむろにサンダルを脱いで、そのまま海に近寄る。

名前の白く細い足首に波が当たって砕けた。


「今日、謙也君が誘ってくれなかったら、私から誘おうと思ってたんです。」

「え、」


危うく彼女にデートの誘いさせる所やった…男としてそれだけは避けたかったから、本当に良か…いや、待てよ…名前、最初に"まさか謙也君から誘ってくれるなんて思ってなかった"っちゅーて、云ってたよな。

要するに、俺は男として期待されてないって事なんか…!?


「あ、別に謙也君を責めてる訳ではないですから。」


名前が、さっとフォローを入れるように言葉を繋いでくれたお陰で、傷は最小限に抑えられた。

やっぱり、もう少し早くデートの話を持ち出しとけば良かった…こういう事があるから、ヘタレだの何だのって云われんねん…。

いや、今はそんなん考えんと、名前との時間を目一杯楽しむんや!


「名前、ぶわっ!」

「隙だらけです、謙也君。」


名前に歩み寄ろうと、一歩足を踏み出したら、ぱしゃっと軽く海水を掛けられた。

俺が呆気に取られとると、悪戯っ子のように名前が笑う。


「謙也君。」

「何?」


少し熱くなった頬を隠しながら返事をすれば、名前は海に顔を向けながら口を開いた。


「…また、来ましょうね。」


今度は水着も持ってきましょうか、とはにかむ名前に更に顔が熱を持つ。

返事なんか考えんくても決まっとるから、俺は首が取れそうな程の勢いで頷いて見せると、名前はほんのり頬を染めてまた笑った。


2013/07/30
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